真っ赤な
息を切らしながら走ってくるシルキーを受け止めことが出来たのは学園内に入ってきてからだった。
過呼吸になるほど、全速力で走ってきたため立ち止まろうともすぐに話すことは出来ない。
「はあ、はあ、あの、ク、はあ……。えっ、と」
必死に伝えようとするも、シルキーは自分の状況が理解出来ていないのか言葉になっていない。断片を聞き取ることも出来なかった。
シルキーを支えていると、後ろからリーナとヘイルもやってきた。異常な状況ということに感づいたのか2人の顔も険しくなっている。
「シルキー大丈夫?」
「少し落ち着いたほうが良いかもしれませんね」
心配をする2人を他所にシルキーは息を切らしたまま顔を上げて俺のふくを引っ張ってきた。
未だに言葉を紡ぐことは出来ていないが、シルキーの目が俺に何かを訴えかけてくる。
「シルキー、深呼吸だ。大きく息を吸って大きく息を吐け」
医療に携わるものとしてその程度のことはすぐにやるはずだが、それすらも頭のなかから抜け落ちていたようだ。俺の服から手を離して、胸に手を当てながらシルキーは深く呼吸をする。数度深呼吸を行うことでシルキーの息遣いは徐々に整っていった。
「それで焦って来てどうし」
「クリスちゃんが……クリスちゃんが攫われてしまったんです!」
「クリスが攫われた?どういうことだよ」
「悠長にしゃべってる時間はないんですよ!早く行かないと!」
呼吸は落ち着いたが、シルキー自体が落ち着くことはなかったようだ。シルキーがクリスを持っていないことは異常事態だ。さらに攫われてしまったと言っている。
昨日のことがあった為、戸締まり等はしっかりと行ってから寝ていたはずだ。もしかしてひとりで宿から出て出歩いていたのだろうか。
「ちょ、落ち着けって」
「落ち着いています!早く行かないと!」
「行くって何処にだよ」
「クリスちゃんが攫われた場所ですよ!ロージスくんたちを連れてこいって」
「シルキー、詳しく話して」
リーナが会話に参加してくる。クリスが攫われてしまった事件を俺達がどうにかするのはシルキーのためにもやってあげたいことだが、俺達を連れてこいと言われたことが引っかかる。
クリスを攫って俺達を誘き出そうとする相手はシェラタンくらいしか思いつかないのだが、あいつが言っていたのは1週間後だ。他のクリエイトの可能性を考えたほうがいいかもしれない。
クリスが酷く狼狽しているため、逆に冷静に物事を考えることができる。今はリーナがシルキーの相手をしてくれていため尚更だろう。ヘイルの方を見ると状況にそぐわない笑みを浮かべていた為、頼るのを諦めた。元よりヘイルはシルキーの件には関係ないのだ。
「詳しく離している時間が」
「私達を誘き出そうとしているのならその間はクリスの安全は保証されているはず。交渉材料に危害を加えてしまえば話し合うことも出来ない。クリスとの繋がりを感じることは出来る?」
リーナの言うことにも一理ある。俺達を連れてくる餌としてクリスを攫ったのならば、少なくとも俺達が行くまではクリスに危害を加えることはないだろう。時間を掛けてしまえばその限りではないが、シルキーが状況説明をする時間はあるはずだ。
シルキーを落ち着かせるためか、クリスとシルキーの繋がりを確認するように伝えた。アーティファクトと契約者は目に見えない繋がりを持っており、互いに感じ取ることが出来る。
「出来ないんです。あ、えっと、今できないって言うよりクリスちゃんに触れ合ってる時しか感じられなくて」
「そう。それなら早く助けに行くためにもちゃんと説明して。状況を知ることでクリスを助ける成功率が上がると思うから」
「分かりました」
何とかシルキーを落ち着かせ、会話をすることができそうだ。俺だけだったらシルキーに気圧されて何も出来なかった。いきなり実力行使に出てくるクリエイトと相対した場合、戦闘になることは必至だろう。俺は俺で戦う覚悟を決めなければならない。
シルキーは胸元から一通の手紙を取り出した。既に封は開けられていた。無機質な封筒の中には1枚の紙が入っており、シルキーがそれを取り出すと俺たちの方へと渡してきた。
「手紙だよな」
「読んでください」
「私も一緒に読んでもいいですか?」
ヘイルは俺の肩口から顔を出してシルキーに確認を取る。
「どうぞ」
ヘイルは「ありがとうございます」と一言お礼を言ってから俺の持つ手紙を確認した。リーナも俺の手元を覗き込むように書かれている文章を読んでいく。
「これは……」
ヘイルの声を合図に俺も手紙の内容を読むことにした。
「えっと
『親愛なるアーティファクト使いの少女へ。貴方のこれからの人生に不要な膿を取り除くためアーティファクトを私共が回収いたします。感謝の言葉は不要です。ただ、貴方がこのアーティファクトを大切に思っている事も知っています。ロージスくんとそのアーティファクトと一緒に学園の近くにある酒場に来てください。大きな通りにある草臥れた酒場です。店の名前はワースターレといいます。そこのマスターに話は通しておきます。連れてきてくれればアーティファクトは必ず返しましょう。今日の夕方までは待っていますので来てくれると嬉しいです。シェラタンより』」
シルキーが持ってきた手紙はシェラタンからのものだった。
書かれている内容も自分本意なもので交渉というよりもただの脅しであった。
「どうやってクリスを攫っていったんだ?シルキーは戸締まりをしてたんだろ?」
「はい。そもそも部屋自体が高いところにあるので外からは入れないはずなんです」
シルキーが住んでいる階層は3階であり、外には登れそうなところもなかった。中から行く場合は宿の従業員などに見られる為、盗みを行う輩は避けるだろう。空を飛べない限り侵入は不可能なのだ。
「ロージス。昨日シェラタンが帰っていく時に空中に浮いていった。もしかするとその魔法を使ったのかも」
「ハマルの魔法か。確かにそれなら3階まで誰の目にも留まらずにいけるな。窓の鍵とかは」
「すみません。窓は鍵がついてなくて」
シェラタンはハマルの魔法を使って宙に浮き、空いている窓から侵入してクリスを攫っていったということだ。
「なんで、あいつは1週間後って言ったのに」
シェラタンは去り際に1週間後に顔を合わせると言っていたはずだ。だから1週間の間に作戦を練って解決策を考え出そうとしていたのに、1日も経たずに仕掛けてくるのは誤算だった。
「ひとつ良いでしょうか」
肩口から喋りかけてくるヘイル。息遣いまで耳に聞こえてくる。
「何だ?」
近くにいることは分かっているため敢えて首を動かさず返答をした。
「このシェラタンという方はロージスさんと1週間後に顔を合わせると言ったんですよね?」
「確かに言った。リーナも聞いてる。だから今日仕掛けてきたことに驚いてるんだ」
「驚いているのは私も同じですよ。どうしてロージスさんは敵であるシェラタンの言葉を真に受けているんですか?猶予を敢えて与えるなんて、どう考えたって真っ赤な嘘でしょう?」




