急転
シルキーを宿に迎えに行くよりも先にヘイルに一言伝えることにした。シルキーがいつもどのくらいの時間に学園へ来ているのかは分からないが、昨日の出来事があった以上ひとりで学園に来ることはないだろう。俺達が迎えに行くまで宿でクリスと待っているはずだ。
「おはようございます」
「おはようヘイル」
「おはよう」
男子寮裏の森に行くと既にヘイルは来ており、木の陰に座っていた。
ヘイルに話すことは沢山ある。アーティファクトを狙う連中が王都に現れたこと、ヘイルもアーティファクトだから気をつけてほしいこと、そして1週間後にはシェラタンと再度会うこと。1週間後に向けてヘイルには手助けをしてもらいたいのだ。
戦闘になったとしてもヘイルの戦闘力は俺よりも高いため、アーティファクトとしてではなく1人の剣士として戦って貰うことができるだろう。俺にしてくれたように相手を傷つけずに制圧する戦い方はヘイルの得意とするところだ。
「今日はいつもよりも早いですね」
「用事があってな」
「用事ですか?今日の修行はお休みということですか?」
「そういうことじゃないんだけどさ」
ヘイルにシルキーを迎えに行くことを伝える。それと同時に昨日起こったことを伝えられる限り教えた。俺自身も実感が湧いてこないのだ。
「クリエイト、本当に存在していたんですね」
「疑ってたのか?」
「この目で見てはいませんので。ロージスさんも悪運が強いことで」
「悪運も何も俺達を狙ってきてたんだ」
昨日の昼間まではいつもと同じように過ごしていたのに、数時間後には犯罪組織と相対すことになっていた。以前は日常が非日常へと転化する事を望んでいたが、ひと度平穏に慣れてしまうと非日常に恐れを抱く。それも人の命がかかるかもしれない事なら。
「また大層な事に巻き込まれましたね」
「巻き込まれたくはなかったよ」
ソロンからクリエイトの話を聞いたときは何処か他人事のように感じていた。自分たちには関係あるかもしれないが、何かが起こる前に国が対応してくれるだろうと高を括っていたのだ。
国が運営する学園にスパイが潜り込んでいた事から、国の偉い人達の中にクリエイトのメンバーが紛れ込んでいてもおかしくはない。もし国の中枢に潜り込んでいたのなら、クリエイトの摘発や排除に、国が動くタイミングが遅くなるかもしれない。自分の身を守るために俺たちがどうにかしなければならないのだ。
「シルキーが心配だから今から迎えに行く」
「そんな訳だから待っててもらってもいいか?」
「ふむ」
ヘイルは顎に手を当てて何やら考えているようだ。クリエイトの件について考えているのなら、シルキーを迎えに行った後に話を聞けばいい。考え込むヘイルを他所に俺たちはシルキーのいる宿へと向かおうとする。
「いいですね。私も一緒に行きましょう」
ヘイルから同行の提案をされた。日中は比較的安全な可能性が高いが、アーティファクトが2人も出歩いていてはクリエイトの標的にされるかもしれない。
シルキーの安全を考えるのなら護衛の戦力は少しでも多い方が良いが、護衛自身も狙われる対象になっていると俺の心労が計り知れない。
「いや、だからヘイルも危険なんだって」
「分かっていますよ。私なら大丈夫です。寧ろどんと来いと言ったところでしょうか」
ヘイルは自分の力に自信があるらしくクリエイトに対しての恐れは微塵も見せない。実際に会話した俺しかわからない不気味さを言語化して伝えることは出来なかった。何を言っても相手に伝わらず、相手の言葉が何を言っているのか分からない状況だったのだ。同じ言語を話しているはずなのに何一つ噛み合わない不気味さはその場にいないと分からない。
「でもさ」
「ロージスさんより私のほうが強いんですよ。王都の中でリーナさんを使う訳にもいきませんし、もしものことを考えて戦力は多いほうが良いと思いますが?」
言われなくても分かっている。
ヘイルの言う通りで俺はまだ弱い。昨日だって戦闘になった時に勝てるとは思えなかった。逃げることが精一杯だと無意識に思ってしまったのだ。
リーナに言われて気がついたが、俺が強さを求める理由は傷つけたくも傷つきたくもないから。そのために強くならなければならない。誰かが傷つくところも見たくない。だからなるべく見えている危険地帯に知り合いが来ることは避けたいのだ。
「ロージス。ヘイルなら大丈夫だよ」
「リーナが言うなら」
俺の意思に反してリーナはヘイルの動向を認めていた。俺が弱いからではなく、ヘイルの強さを知っているから。日々俺と修行をしているリーナは見ている。そのリーナが大丈夫と判断したのなら俺が食い下がって止めるのも間違っているのかもしれない。
ヘイルには自分の身の安全を第一にすることを伝えた。「善処しましょう」と納得はしてくれたようなので一安心だ。性格から考えるに突っ走って暴走するタイプではないため信用はしているのだが、言葉にしてもらうことで安心を得ることができた。
「それならば早くシルキーさんを迎えに行きましょう。修行の時間が少なくなってしまえばロージスさんも困るでしょう?」
「分かった」
俺達は学園を出ようと校門の方へと移動する。
前方から両手を振りながら走ってこちらへと向かってくるひとりの少女が見えた。いつものような看護師の服ではなく、普段着のシルキーだった。
宿から出ないように伝えていたにも関わらずひとりで学園に来たシルキーに対して呆れと怒りが湧き上がる。危険な目にあった後だというのに考えが足りなさすぎるだろう。
「ロージスくんっ」
俺のことに気付いたシルキーはまだ距離があるにも関わらず大きな声で俺の名前を呼ぶ。こちらに向かって来ているため、俺たちは敢えて近寄ることはせずにシルキーが来るのを待っていた。
シルキーがいつもの服では無いことに違和感を感じたがそれ以上にもっと大きな事が違っていた。それはシルキーというひとりの人間の雰囲気が違うほどだった。
両手を振りながら走る事を普段のシルキーなら絶対にしない。絶対に出来ない。
「なあ、リーナ」
「なに?」
「シルキーの様子、明らかに変だよな」
「うん。今日はクリスを持っていない」
両手を振っているシルキーの手にいつもの大鎌が握られては居なかった。
「シルキーがクリスを手放したところを見たことがあるか?」
「触っていないところは見たことあるけど、自分の側から離しているところは見たことがない」
「じゃあ、明らかにやばい状況じゃねーかっ」
走ってくるシルキーにいち早く情報を聞くために俺もシルキーの元へと走り出す。リーナが女子生徒と触れ合うことに難色を示す事を気にしている場合ではない。昨日の今日だ。何が起こってもおかしくない。




