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弱さ

 俺達と兄貴は先にグレンバード家に戻ることになった。それよりも先に親父は家に帰っているらしい。

 一緒にいた兵はあの場の後片付けをするようだ。牢の中には沢山の死体があり、その全てが残忍な方法で殺されていた。それを処理すると言っていた為俺達は先に帰る。

 幾ら死体とは言え、生きていた人だ。処理をする等という物のような扱いをされるのは見ていられなかった。


 自分がどれだけ甘かったのかを認識した。兄貴はあの場に来ても特に動揺もせず、現場に指示を出していた。慣れているのか、確りとその場を予期していたのか分からないが俺とは大違いだった。


 人を殺してから、手の震えが止まらない。人を殺してしまった俺に対して何が起こるのか分からない恐怖に心が支配されている。家族には知られて居るんだろうか。いっそこのままリーナがやったことにして逃げてしまえばいいのではないだろうか。そんな心の弱さが自分でも分かる。それが堪らなく嫌になる。


「それじゃロージス。報告をしてくれ」


 気が付いたら家に付いて着席をしていた。目の前には親父と兄貴。横にはリーナが座っている。

 報告とは今日のことだろう。俺が人を殺したことを言えと言っているのだ。自分の家の子が人を殺したと認識するために。その後、俺をどうするんだ。勘当で済むのか。相手は犯罪者。それを殺すのは貴族ではなく法律だ。貴族が独断で犯罪者を殺すことは合ってはならない。

 家族に白い目で見られるのは嫌だ。散々遊び呆けて家族からは呆れられていたけど、それでも家族としては扱ってくれていた。


「ロージス?」


 なにか言わなきゃいけない。何でもいい。何とか反応して誤魔化さないと。まだ、家族が全部知っているという確証があるわけじゃない。まだ、まだ。


「ロージス」


 俺の隣に座るリーナの声。その声は距離が近いからか、俺の耳に響いてきた。彼女の方を向く。温かい炎を持つ彼女なら今の俺の心を落ち着かせてくれるかもしれない。


 彼女の目を見る。赤いその瞳には情けない顔をした俺の顔が映っていた。リーナの表情は冷たい。リーナの顔を明るい所ではっきりと見たのも初めてなのだが、こんなに冷たい目はしていなかった。その眼には俺が映っているのか?


「な、なに?」


 彼女の顔は美しい。でも今はとても怖い。無機質な目で口角がゆっくり上がり笑っている。そして耳元に口を近づけた。


「貴方、弱いのね。あそこで死んだほうがマシだったんじゃない?」


 悪魔のささやきのように聞こえた。そこからは頭が真っ白になって周りの声が聞こえない。ただ俯き、思考すらまとまらない。


「ロージスは多分疲れてる。私から説明する。ロージスが私を助けに来――――」


 リーナが何かを喋っている。誰かに対して何かを言っている。


「では――を―――殺したのは―――」


 兄貴も何かを言っている。殺した。リーナのことだ。リーナが殺した。あの殺人鬼を。リーナは武器だから。


「私が―――。アーティファクトだから」


 違う。俺が殺した。リーナは人だから。それを使ったのは俺で。俺が殺した。






「ロージス。大丈夫か?」


 俺の肩を揺らす兄貴の声。俯いていた顔を上げるとそこには兄貴しかいなかった。リーナも親父も何処かに行ったみたいだ。


「ああ、大丈夫。部屋に戻るよ」


「お疲れ様。よくやった」


 兄貴は俺の頭を撫でてきた。今までそのようなことがあっただろうか。何もしていない俺を褒めることなど無いのは当然である。幼い頃の記憶はあやふやなので覚えていない。初めて人を殺した。そのことをよくやったと褒められている。おかしいだろ。俺は何もいいことなんてしていない。


「褒めないでくれ」


「え?」


「俺は何もやってないんだ!褒めないでくれ!そんなことで!」


 俺は叫び部屋から飛び出す。

 呼び止める兄貴の声も聞こえないふりをした。早く一人になりたかった。誰も居ない空間に閉じこもりたかった。

 何で死なずに生きて帰ってこれたのに心がこんなにも辛いんだよ。本当にあそこで死んだほうがマジだったんじゃないか。





『貴方、弱いのね』


 リーナのその言葉が俺の頭に響いている。この場にリーナは居ない。それでも声が頭の中に残っている。自分で弱さを自覚するのと他人に言われるのでは全く違う。


 掛け布団をかぶって閉じこもっても逃げられない。悪い想像ばかりが頭を巡る。今も、家族では俺のことをどうするか話し合っているかもしれない。家族のことを信じてい無いわけではない。それでも怖いのだ。俺の狭い世界が終わってしまうのが。


 コンコンと部屋の扉を叩く音がする。誰にも会いたくない為反応をしない。家のものならばノックをした後に反応がなかった場合、急用でも無い限り入ってこない。だから俺は黙って相手が過ぎ去るのを待つ。

 しかし、相手が過ぎ去る音よりも先に部屋の扉が開く音がなる。


 最初に思ったのは俺が寝ていると思って、その隙に俺を処分しようとされる可能性だった。先ほどの兵士の死体を処分という言葉が頭に残っている。俺も処分されるのではないかとそう思った。


「ロージス。起きてるよね」


 その可能性は俺の名前を呼ぶ鈴の音のような声によって潰された。リーナが部屋にやってきた。どうして俺の部屋を知っている。兄貴に聞いたのか。どうして態々俺の部屋に。頭の処理が追いつかなく疑問だけが浮かぶ。浮ついた気持ちは全くない。リーナの事も怖い。

 人を殺すことを何とも思わない武器。俺の心を見透かすような瞳。全てが怖く感じる。


「布団かぶったままでいい。お話しよっか」


 俺は何も答えない。彼女はそれでも話し続ける。


「ロージスは人を殺してない」

「殺したのは私」

「貴方のお兄さんにも私がアーティファクトだから相手を殺してロージスは震えていただけって伝えた」

「だからあの場のことを知っているのは私と貴方だけ」

「貴方は私を助けてくれただけ」

「誰も知らなければ貴方は人を殺したことになんてならない」

「大丈夫。貴方が怖がることは何もない」

「貴方が言ったんでしょ?私をただの女の子って」

「そんな事を言うのはロージスだけ。だから私が守ってあげる」

「だって貴方は弱いもの」


 彼女はそれだけを言うと俺の入った布団に手を当ててから部屋から出ていく。布団の中が温かくなっていく。

 彼女の言葉に俺は何も言えない。弱い俺は何もいい返せない。


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