強さとは
夏休みに入ると想像していたよりも学校が静かになっていた。いくら生徒が実家に帰るとは言っても、教師や残る生徒たちもいるため人の気配や音がするものだと思っていたのだ。
この学園は広く、大半の人がいなくなるだけで自然の環境音だけしか耳に入ってこないほどの静寂に包まれていた。
寮母のエリスさんは夏休みの間も寮に泊まり込みをするらしい。俺が残る事を伝えると食事の準備をしてくれると提案された。申し訳ないので断ろうとしたが、1人で食べるのも味気ないと言われ断ることは出来なかった。
意外だったのは俺が残っていることから察したのかリーナも一緒にどうかと誘ってくれたことだった。エリスさんは仕事として生徒に関わっているとは言え、リーナのことを良い目では見ていなかったはずだ。風の吹き回しがあったわけではなく、学園内に生徒が残っているのならば面倒を見るという信念で動いているだけだろう。
ヘイルに関してはよく分からない。寮に住んでいるらしい
がリーナ曰く、寮に一緒に帰ることがあっても何処にいるのかは知らないと言っていた。同じ寮にいるはずのリーナが知らないことを俺が知っている訳もなく、その事をヘイルに聞くこともない。修行に付き合ってもらっている手前、余計なことを聞いて関係がこじれるきっかけを作りたくはないのだ。
「そろそろ休憩終わりでもいいですか?」
「悪いな。もう大丈夫だ」
学園が休みになってしまえば暇になる。それを体現するかのように俺達は朝から修行に励んでいた。
朝食を食べてから少し休憩をしたら裏の森へ行く。そしていつもより長めの時間をとって修行をしている。自分でも分かるくらいに成長を実感している。普通に鍛えているよりも明らかに成長速度が早い。確かなことは分からないがアーティファクトと契約をすることでその辺にも変化が現れているのかもしれない。
「それにしてもロージスさんの成長には目を見張る物がありますね」
「まだヘイルから1本も取れていないけどな」
「そう簡単に取られてしまっては私の十数年が水の泡ですよ。殺しに来るつもりで来てくれなければ1本は取れません」
「冗談きついぜ」
ヘイルから1本を取るどころか、本気を出してもらうことも出来ていない。多少マシになったとは言え俺の動きを見切っているかのように捌かれてしまう。
「悲観しないでください。ロージスさんはきちんと剣を扱えていますよ」
「ヘイルが力任せに振るなって教えてくれたからな」
俺が元々使っていたのは両手剣用の剣技。両手で持てばその分力を入れることが出来て体重も乗りやすい。俺が目指すのは英雄の二番煎じ。力任せに動いてはリーナを上手く扱うことが出来ないのだ。それにリーナの武器化状態は切れ味がとてもいい。力任せに振るう必要は殆どないのだ。
「相手が力を入れて来たのなら力を抜く。相手の動きに合わせて剣を添えれば相手が勝手にやられていくのです。態々自分から相手を痛めつけにいく必要はありません」
「必要最低限の動きってことだよな」
「そうです」
「強くなるためには何でもやる」
修行している俺とヘイルの事を特等席となった木陰からリーナは見ている。リーナが見ているからこそ手を抜かずに修行が出来ているのだ。ひとりだったら簡単に諦めてしまったかもしれない。2人で強くなると決めたからリーナにも俺の成長を見ていて欲しい。
一度だけリーナに「ずっと見ているだけで暇じゃないのか」と聞いたことがある。返答は首を振るだけだったが嘘をついているようには見えなかった。その後はリーナも少しずつアドバイスをくれるようになった。俺の動きを観察して駄目なところを指摘してくれる。俺は2人に育てられている。
「強くなるため、ですか」
「ん?どうかしたのか?」
「いえ、ロージスさんにとっての強さってなんなんですか?」
構えを解いてからヘイルは質問をしてくる。構えていないと言うのに隙は殆ど無く、不意打ちをしても対処されてしまうだろう。
強さとは何かと問われても勝つこととしか答えられない。勝ったものが強くて負けたものが弱いというのは自然界にも存在するこの世の摂理だ。強くなければ何も出来ない。俺は強くなることでリーナの評判を上げたい、だから勝てるように修行をしているのだ。
「そりゃ相手を負かすことだろ。勝てば強い。今だって俺が弱いから負けてるし」
俺のその返答を聞くとヘイルはにっこりと笑った。修行のため約10歩分の距離を取っていた為、表情が変化したことだけしか分からなかった。
ヘイルはもう一度構え直すことはせず、一歩ずつ俺に近付いてきた。にこにことした表情を顔面に張り付かせながら距離を詰めてくる。近付いてくる事でいつものヘイルとは雰囲気が少し違うことに気が付いた。
「どうしたんだよ、ヘイル」
「どうもしませんよ。ただロージスさんの返答にひとつ疑問が浮かんでしまいまして」
遠くにいるリーナは相変わらず此方を見つめているが動き出す気配は微塵も見せていない。ヘイルの雰囲気が怖いので助けてほしいが声を出すことも出来ない。
「な、なんだよ。おかしな事を言ったか?」
「いえいえ。勝った者が強いというのはシンプルで素晴らしいと思います」
「それじゃ何が聞きたいんだよ」
既に目の前で立ち止まっていたヘイルは顔だけをさらに近づけてきた。その視線は俺の目と繋がったまま反れることは一切無く、蛇に睨まれた蛙のように俺の身体は動かなくなってしまった。
「勝ち負けに殺しは入りますか?」
「なんだよ、それ」
「ですから殺した人は強いってことでいいんですか?ロージスさんの考えだと相手を殺してしまえばそれで勝ち。圧倒的な強者ですよね?」
「何言ってんだ、ヘイルちょっと変だぞ」
ヘイルの口から殺すなんて物騒な言葉が出てきたことは一度もなかった。剣の修業も相手の力を受け流すことを主にしております、相手を傷つけるような剣技は一切見せて居ない。俺の答えが何かしらの琴線に触れてしまったようでヘイルの様子はみるみるおかしくなっていく。見た目や行動に変化はないが雰囲気だけが重く変わっていくのだ。
「何か変ですか?ロージスさんも殺しの練習してるじゃないですか」
「してねーよ。俺がやってるのは剣術の練習であって殺しの練習じゃない」
「同じですよ」
表情は張り付いたような笑顔のまま一切変わらず、俺から視線を逸らすこともしないヘイルに恐怖している。
「剣っていうのは殺しの道具です。頸動脈に当てて引けば相手は死にます。ロージスさんは剣術を学んでいるつもりでも殺しの技術を学んでいることと差異はありませんよ。私はてっきりロージスさんが殺しの方法を知りたいのかと思っていました」
息継ぎをすることもなく、淡々と言葉を紡いでいくヘイル。動いている時とは別の汗が頬を伝う。夏になり気温も高くなっているとはいえ、立っているだけで汗が出るほどではない。ヘイルに詰められてしまい冷や汗が止まらない。
「ち、違う。俺はリーナと過ごすために」
「反抗してくる人達を殺すために強くなる、そうですよね?知ってますよ。リーナさんの印象を良くしたい。そのために強くなりたい。英雄のようになればきっとリーナさんのことを悪い目で見られなくなると、そう言ってましたよね」
「そうだよ」
「英雄は沢山の人も魔族も殺した大量殺人鬼ですよ。あの人は英雄なんて器じゃない。ロージスさんが目指すのは自分に反抗してくる人達を力でねじ伏せる英雄なんですよね?」
しっかりと話し合って居なかった俺も悪いのだが、ヘイルの中では重大な勘違いが生まれてしまっていた。




