片蔭
コンコンとリーナが扉をノックする音が耳に響く。すぐに中から「どうぞ」というバレットの声が聞こえる。扉を開ける前に自分の名前を言ってから生徒会室の扉を開けた。
「久しぶり。ロージスくん、リーナちゃん。元気にしてた?」
机の上に書類を広げたままこちらを向いてくるバレットは快活そうな顔つきはそのままで窶れているようにも見える。その対面に座っているソロンは顔も上げずに書類とにらめっこをしていた。
「何のようだロージス。僕たちは忙しい」
「夏休みは実家帰らずに学園に残るつもりだからさ。書類出しに来たんだよ」
胸元から事前に準備してあった書類をソロンの元へと渡しに行く。その書類を手に取ることもせず、顔を上げたソロンは眉間にしわを寄せて俺の方を見てくる。
「なんだよ」
「お前実家に戻らないのか?」
「ああ。別に問題はないだろ。書類さえ提出すれば夏休み学園に残ってもいいって聞いたぞ」
教師がクラス内に向けての連絡事項としてそう言っていた。だから態々生徒会室にまで足を運んで書類提出をしに来たのだ。却下されるようなことでもないはずだから安心していたのだが雲行きが少し怪しい。
「本来なら問題はない」
「本来ならってどういう意味だよ」
「ロージスくん個人に問題があるっていうよりはロージスくんとリーナちゃん、大きくはリーナちゃんに問題があるんだよね」
「私?」
俺とリーナが一緒に行動しているのはソロンだって知っているはずだ。リーナだけに問題があるというのはアーティファクトに問題があるということ。
「ソロン達はどうするんだよ」
「私たちは帰るよ。身の安全のためにもね」
「身の安全?」
アーティファクトは強い。ソロンとバレットもその例に漏れず戦闘を行えば一般の戦士相手ならば圧倒することが出来るだろう。その2人が身の安全のために実家に帰るというのは学園か王都で何かが起こっている可能性がある。
「お前たちから尋ねてきてくれたのはタイミングが良かった」
「危ないことがなんかあるって感じだよな。ソロン達が身の安全っていうくらいだし」
「一応の対策だ。まだ公にはやっていない情報だがアーティファクトは関係者に当たるだろう」
「なんなんだよ」
話が長くなるからとバレットは椅子に座るように促す。前とは違いバレットは席を移動することはなかったが、生徒会室には以前はなかった椅子が置かれていたため俺たちはそこに座った。目の前に菓子受けを渡されてリーナがそのお菓子を手に取る。その事を確認した後、ソロンは語り始める。
「簡単に言うぞ。アーティファクトを壊して回っている連中がいる」
「は?なんだよそれ」
「学園の夏休みと言うのは王都に人が集まる。どんな人達でもだ。王都の外でアーティファクトだけが被害に合うという事例が報告されており、被害に遭った人の言葉ではアーティファクトを壊して回っていると当人たちが言っていたそうだ」
「何のために?」
「知らん。だが本人達は自分のことを『クリエイト』と呼んでいたらしい。恐らく集団による犯行だろうと推測されている。そいつらが王都に入り込んでアーティファクトに目をつける可能性がある」
「だからロージスくんたちには実家に帰ってもらいたかったんだけどね」
アーティファクトを破壊する集団『クリエイト』。その目的などはまだ分かっては居ないらしいが強力なアーティファクトを破壊できるほどの力を持つ奴らがこの世に存在しているというのはただただ恐怖である。
今の話を聞く限り実家に戻ったほうがいいのは分かる。だがアーティファクトと契約をしている俺とリーナなら万が一の場合は戦闘が出来るがヘイルのことを考えると1人では放っておけない。
「前も言ったけど、今はヘイルっていうアーティファクトと一緒に色々やってんだ。そいつが学園に残るなら俺たちも残ろうと思う」
「自分たちの力を過信していないか?何かあってからでは遅いぞ」
「何かあった時に何も出来ないのも嫌だろ」
「お前がそうだとしてもリーナ・ローグはどうなる?狙われるのはお前じゃなくてリーナ・ローグだぞ」
俺だって今の話を聞いて楽観的になれるわけじゃない。いくらリーナが強かったとしても相手は幾つものアーティファクトを壊している集団。リーナが死んでしまう可能性もある。それでも俺達のために色々とやってくれているヘイルを置いて実家に戻ることは出来ない。
ヘイルを俺の実家に呼ぼうにも断られてしまうだろう。リーナは俺と契約していたから良かったがヘイルは野良のアーティファクト。何かあった時にグレンバード家では責任が取れない。
「私は大丈夫。ヘイルと一緒に居たい」
「2人とも危険なことはしないでね。何かあったらすぐに逃げて大通りにでるんだよ」
「まだ何か起こるって決まったわけじゃないだろ」
「何事も備えが大切だ。この後、学園にいるアーティファクトには個々に連絡をいれるつもりだ。全員にちゃんと通達をするつもりだが、ロージスからも知り合いのアーティファクトには一言言っておいてくれ」
知り合いのアーティファクトって言ってもヘイルとシルキーしか居ない。ソロンの口ぶりからすると学園には俺たちの知らないアーティファクトがまだいるということだ。ヘイルのように隠している者もいれば契約している者もいるだろう。
今のところアーティファクトとその契約者はリーナに対して悪感情を持っている人が少ない。もしかしたら学園内にいるアーティファクトもリーナのことを受け入れてくれるかも知れない。自分から動き出して接触するのも悪くはないか。
「そういえばさ」
「なんだ?」
「ソロンってシルキーって知ってるよな。保健室にいる」
「当たり前だ。シルキー・ヒーレンがどうした?」
「最近関わることが多くてさ、アーティファクトのクリスっていう生徒のこと知りたいんだよ」
この学園にいるという事はクリスも生徒として在籍しているだろう。ずっと鎌の状態とは言え学園に籍はあるはずだ。アーティファクトは王国でも大事にされている存在。
「いや、生徒としてクリス・イクリールは登録されていない。あくまでシルキー・ヒーレンのアーティファクトとして登録されている。そもそもシルキーはこの学園に入ってから一度もクリス・イクリールを人型にはしていない」
「まじで?」
「うん。本当だよ。私たちも何度か話したんだけどね。『クリスちゃんは人型にはしません』の一点張り。理由を聞いても答えてはくれない。一応攻撃性は皆無だから見逃してるけど」
俺達が聞いた答えと同じ事をソロン達にも言っていたようだ。運良くソロン達からシルキーのことが聞ければいいと思っては居たがそう都合良くはいかなかった。横でモソモソとお菓子を食べているリーナが顔を上げて一言。
「シルキーは王都に住んでるって言ってた。王都が危険ならシルキーも危険。私たちが毎日送り届けるっていうのはどう?」
口元に少しだけお菓子のカスが付着したリーナの提案にソロンは頭を抱えていた。




