癒しの力
漆黒の大鎌を見てアーティファクトというシルキー。何となくアーティファクトのような気はしていた。普通に考えてあんな大きな鎌が実用的な理由もなく、作られる理由もないのだ。
「なんかそんな気はしてました」
「誰がどう見てもアーティファクトですからね」
「どうして武器化したままなんですか?」
保健室で武器化している必要はないはず。誰かが攻めてくるなどの理由があって武器化しているのかも知れないが保健室にまで攻めてくるような血気盛んな人がいるとは考えたくない。
「色々理由があるんですよ」
「色々ですか?」
俺よりも少し幼い容姿に医療従事者の服装をした先輩は入り口で立っている俺の近くへと歩いてきた。大鎌を持って此方にやってくるので身構えてしまったが、俺の背後に回ると背中を押して近くの椅子へと座らせた。
椅子に座ったことでシルキーは俺のことを見下ろす形になる。そしてそのまま耳元へと口を近づける。
「女の子には深い深い秘密があるんですよ。夜の森よりも真っ暗で深い秘密が」
その声色は先程まで緩やかに喋っていたシルキーとは同一人物とは思えないほどに重い声だった。咄嗟にシルキーの方へと振り向くとさっきまでと同じようににこにこと笑って此方を見下ろしている。
「なーんてびっくりしました?そんな深い理由はありませんよ。保健室にいるということは怪我や体調不良ということ」
俺の返答をまたずに喋り続けるシルキー。
「私のアーティファクトってこの見た目で攻撃をすることが出来ないんです。勿論、私が攻撃をしたくないということもありますが内側にも外側にも刃はついていませんし、先端が尖っているので刺さると痛い程度でしょうか」
確かに鎌の両側は切れるようには見えない。先端を見ても鋭利に尖っていると言うよりはペンの先程度の鋭さしか無く何かを貫くというようなことは出来なそうだ。
アーティファクトと言えば攻撃に使うという先入観があったが攻撃以外の特色を持ったアーティファクトがあることを初めて知った。
「私のアーティファクトは癒しの力を持っているので怪我を治せますよ。やり方はびっくりすると思いますが……。やってみますか?」
シルキーの恰好に対して不釣り合いな大鎌以上に驚くことはないだろう。
「んじゃ、よろしくお願いします」
「敬語とかは良いですよ」
「分かった」
「それでは早速。お願いねクリスちゃん」
大鎌の名前はクリスと言うらしい。今度ソロンに会った時にでもシルキーとクリスの事を聞いておこう。本人たちに直接聞けば良いのだがそこまでの仲にはならないだろうし、ソロンなら情報の取捨選択をして教えてくれそうだ。
そんな事を考えていると目の前に鎌の内側が現れた。
「いきますよ」
徐々に鎌は俺の首元へと迫ってくる。攻撃できないと言ったのはあくまでシルキーであってそれが事実とは限らない。本当は刃がついている可能性もあるし、アーティファクトなら触れた瞬間に何かが発動する可能性もあった。迂闊な行動だったが大鎌は俺の首へと狙いを定め、吸い付くように近付いてくる。椅子に座った状態で後ろにはシルキー、前には大鎌で逃げ道も無くなっている。
そして大鎌は俺の首を通り抜けた。
「は?あれ?」
俺は自分の首を何度も触る。呼吸もしっかり出来ている。心臓は早鐘を打っており、先ほどの焦りを身体が覚えている。確かに大鎌は俺の首へと向かってきて触れたはず。
だが、首に何かが触れた感触はなく大鎌はそこに何もなかったかのように俺の首を通り抜けた。
「びっくりしましたか?」
後ろからシルキーの声がしたためゆっくりと振り返る。子供がいたずらを成功させたような顔で此方をみているが俺からしたらそれどころではないのだ。
「なにが、起こったんだよ」
「説明した通りクリスちゃんには攻撃性能はなくて癒しの力しかありません。だから相手に危害を加えることは出来ないんです。その代わり相手を癒すことが出来ます。どうですか?ロージスくんの身体、楽になったでしょ?」
言われてから身体を少し動かす。ヘイルに軽く打たれた時の痛みや疲労感が無くなっている。癒しの力というものは事実だった。
「身体の不調のみを刈り取る。これがクリスちゃんと私の力です。どうですか?」
「……すごいな」
「ところでどうして怪我をしているのですか?」
簡単に放課後修行をしていることを伝える。それを伝えるとシルキーは笑顔になって保健室の椅子に座った。
「それなら放課後は毎日ここに来たらどうですか?」
「毎日?」
「放課後は私がここに居ていいと先生に許可をもらっています。どうせ放課後には殆ど誰も来ませんし、ロージスくんが怪我をしたなら癒してあげますよ」
「それは助かるが、本当に良いのか?」
「勿論です。癒しの力は使ってなんぼですよ。アーティファクトの力は使い方によって様々な効果を発揮します。私は誰かを助けるためにこの力を使いたいのでロージスくんの力になれるならそれは私の願いが叶うことにもなるのです」
「そういうことなら遠慮なく」
毎日修行するかはさておき、怪我や疲労というものは間違いなく溜まっていくだろう。それが無くなるのならばそれを利用しない手はない。
その事をちゃんと伝えればリーナも納得してくれるだろう。次回からはリーナも付いてくることになるとは思うがそれは仕方がない。むしろリーナにシルキーとの要らぬ誤解をされるよりは一緒について来てもらったほうが良い。
そう言えばヘイルはアーティファクトと言っていたがどのような能力を持っているのだろうか。リーナは炎を操れるしバレットは魔弾を打ち出せる。目の前にいるシルキーは相手を癒すことが出来る。
アーティファクトそれぞれに個性のような力を持っていることは間違いない。リーナが人間体でも魔法として炎魔法を使えることからヘイルも魔法か何かを使うことが出来るのではないだろうか。
それぞれのアーティファクトの特性を知ればなんだか面白くなってくる。ワクワクすると言ってもいいだろう。アーティファクト一つ一つにそれぞれ違う能力があり、契約者によってその能力の使い方は多岐にわたる。
出来るだけ戦いたくないないが、アーティファクトがどのような能力を持っているのかもっと見てみたい。この世界には俺の予想を超えるアーティファクトが沢山あるのだ。
「それじゃあ俺はもう帰るわ」
「修行の日は来てくださいねロージスくん。それでは、またね」
俺の目をまっすぐと見て別れの挨拶を告げる。
「おう」
それに対して一言だけ告げて帰ろうとする俺。椅子から立ち上がり、ロージスに背中を向けて出入り口へと向かい保健室から出ていこうとする俺のことを呼び止めるシルキーの大きな声が聞こえた。
「……ロージスくん!」
少しだけ窓が震えるような声量にシルキーの方へ振り返ってしまう。
「な、なんだよ」
「またね?」
先ほどと同じ言葉を繰り返すシルキー。挨拶をしっかりと返さなかったにしては怒りすぎに思える。またねと言われたら何と答えるのが正解なのだろうか。
「またな?でいいのか?」
「それでいいですよ」
再び背を向け、扉に手を掛けると今度は後ろから俺のことを呼ぶ声が聞こえることはなかった。




