刈り取る形
俺達2人だけが分かったような会話をしているとリーナは段々と俺の方へと近付いてくる。
「どういうことって聞いてるの」
顔の距離が近づいて拳1つ分も無くなった。ロマンチックな雰囲気ならばキスを期待していたかも知れないが今のリーナの形相からはそんなものは一切感じない。
いつも通り表情の変化には乏しいが俺には何となく分かる。嫉妬とかではなく、自分だけが除け者にされているようで不機嫌になっているのだ。
「悪いリーナ。ちゃんと説明するから落ち着いてくれ」
リーナの肩を押して俺から引き離す。さっきまでリーナの座っていた木の陰が丁度陽の光を遮っていたので3人でそこに移動する。
これ以上汚れても同じな俺は地面に直で座るが、ヘイルはハンカチを敷いてから座っていた。それを見ていたリーナも真似をするようにハンカチを敷いていた。
アーティファクトに年齢の概念があるのかは分からないが同い年のはずなのに姉妹のようにも見えて微笑ましい。
「何が起こったか教えて」
息をつく暇もなくリーナの追及が俺へと向く。俺だけの問題ではなくヘイルにも関わることなのに何故か俺に向けて圧を出してくる。
「簡単に言うとヘイルと触れ合った瞬間、魔力が繋がった感じがした」
「魔力が繋がる?それって」
「リーナと契約をした時と似たような感覚だった」
「私も感じました。知らないはずなのにアーティファクトの本能と言うのでしょうか、契約するならばこの人とでも言いたげに私の魔力が反応していました。ロージスさんはリーナさんと契約しているためそのようなことはあり得ないはずなのですが」
「そもそも契約するにはそれ相応の儀式が必要。2人で詠唱をして契約を受理することで契約は成り立つ。手で触れ合った程度では繋がりが生まれることはない」
「そうなのか?」
「多分そう」
手で触れ合っただけで契約が成立してしまうのならアーティファクトに触れたもの勝ちになってしまう。ヘイルもその辺は分かっているだろう。窓の外を見て話さなかった彼女も生まれてからこれまで一度も他人に触れたことが無いとは考えにくい。
契約をしていなかったのはヘイルの感情が動くことがなかったことに他ならない。それは俺に対しても同じはずで出会って数日しか経っていない俺と契約をするほどの関係性があるはずがない。
「まだ契約できると決まったわけではありません」
「それはそうだな」
「事が事なので試してみるなんてことは気軽には出来ませんしね」
「ヘイルは誰かと契約したいと思ってない?」
「全く思っていません。私は私自身の力で生きていきます。アーティファクトとして契約をすることは武器の誉れですが、私は今この時を人と同じように生きています。それに疲れた時にでも契約をしますよ」
ヘイルも自分のことを武器だと思ってはいるが人に使われる道具だとは思っておらず自分の足で立って歩いていく選択をしている。仮に俺と契約をすることが出来たとしてもヘイルはそれに満足はしないだろう。
「なら勘違いだったってことでいいな」
「ロージスさんはそれでよろしいのですか?」
「アーティファクトとの問題は俺一人で決めることじゃないからな。アーティファクト側がどう思うかも大切だろ」
「ロージスは優しい」
「優しくなんてねーよ」
微笑ましいものを観るような目を向けられて照れてしまう。本当に俺は優しくなんてない。ヘイルのためと言い聞かせて自分が面倒事に巻き込まれるリスクを少しでも減らしたいだけなのだ。
今はリーナの事、そして戦う術を習得するのに集中したい。余計なことが起こらないのが一番いいのだ。
・
その後、ヘイルとリーナは2人で女子寮へ帰って行った。リーナが俺を1人にする事が珍しく、1人の移動はなんだか落ち着かない。隣にリーナがいることが当たり前になってしまっていた為か、事あるごとにリーナに話しかけそうになってしまう。男子寮の直ぐ側で修行していたのにわざわざ校内まで戻るのは面倒だったが明日に痛みを残さないためにも重い腰を上げて学園へと向かう。
リーナはリーナで「ヘイルに聞きたいことがあるからロージスは1人で保健室に行って。でも――分かってるよね?」なんて無表情で言ってくるものだから素直に頷くしか無かった。保健室で塗り薬を貰えればそれでいいので下手に女子生徒と鉢合わせしないように願いながら校内を進んでいく。
生徒はほとんど下校して人は殆ど居ない。これならば保健室に生徒が居ることもなく教師がいるだけで話は早く済みそうだ。最悪回復魔法を掛けてもらえればいいだろう。
「失礼します」
保健室の引き戸を開ける。
「どうかしましたか?」
中に居たのは1人の女子生徒。
あとでリーナに説明しないとイケないことが増えて頭が重くなるが目的のために引き返すわけにもいかない。
その女子生徒は何故か医療従事者のような格好をしており、一目では生徒とは分からないのだが幼い顔立ちから教師とも思えなかった。
「えっと学園の生徒ですよね?」
「はい。2年のシルキー・ヒーレンと言います」
「どうしてそんな格好を?」
「可愛くありませんか?この恰好」
そんな事を聞かれても何と答えればいいんだ。確かにシルキーに似合っているため可愛らしく見える。だがここで素直に褒めてしまって良いのだろうか。俺は女性なら誰にでも可愛いや綺麗などと面と向かって言えるほど恥のない人間ではないのだ。
「まぁ良いとは思います」
正直シルキーの恰好や保健室に堂々と居座っていることよりも大きな違和感が目の前にあるのだ。シルキーは椅子に座りながら何かを抱えている。抱えているものが医療従事者の恰好をしているシルキーとは不釣り合いな程大きな武器。
「その、抱えている武器ってなんですか?」
「気になりますか?」
大きな武器を抱えている小柄な少女を気にならない人間がいるのなら教えて欲しい。今にも夜に溶けてしまいそうな先端が湾曲した漆黒の武器。抱えているのは農業で使う鎌を巨大化させたような大鎌だ。
「滅茶苦茶気になります。」
「貴方には教えてあげますよ。ロージス・グレンバードくん」
名乗っていないのにも関わらずシルキーは俺の名前を知っていた。
「知っていたんですね」
「それはもう有名ですからね。アーティファクトの契約者としても。この大鎌もアーティファクトなんですよ」




