俺の剣
「いいですよ」
意を決して言った俺に対するヘイルの反応はあっさりとしたものだった。
他に使っている人のいない剣術は貴重なものかも知れない。それなのに今日初めて話したような奴に教えて良いものなのか、教えを請う側の俺が心配になる。
「いや、本当にいいのか?その剣術、珍しいものだろ?」
「いいですよ。私しか使う人いませんし」
「ヘイルがいいならいいが……」
「それに貴方はリーナ・ローグさんと契約しているんですよね?」
「ああ」
「それなら問題はありません。力を貸してあげますよ」
リーナのことを知ってか知らずか、俺がリーナのために何かをしようとしていることには気付いているらしい。
力を貸してくれると言うのならば俺が断る道理は全く無い。同学年とは言え、優れた生徒なら教えてもらうのは当然だ。
「そういえばそんなにすごい剣術持っているのにどうしてDクラスにいるんだ?」
話し方や所作などからも高い階級の雰囲気を感じる。それに貴重な剣術とその強さからももっと上のクラスに所属していてもおかしくないと思ったのだ。
ヘイルは俺の質問に対して朗らかに笑う。
「いえ、私は平民ですのでDクラスで間違いありませんよ」
「平民は敬語とか苦手ってイメージがあるんだが」
「これは昔の名残でしょうか」
「昔の名残?」
「詳しくは言えません」
「そうだよな。悪い」
アーティファクトの知り合いが居たとも言っていたし、何かしら過去に合ったのだろう。さっき自分でも決めたが人の過去には深入りしない。それを聞いても俺にどうにか出来るような責任感もない。
大事なのはリーナと俺のこと。その次に俺たちがどんな人と関わっていくかだ。
仮にヘイルともっと仲が深まったならその時、自分から話してくれるのを待てばいいのだ。
「気にしないでください。それで教えるのは良いのですがいつしますか?」
「授業が全部終わったら俺は暇だからいつでもいいけど」
「奇遇ですね。私も授業が終わったら暇なんですよ」
2人とも学園には友達と呼べる人がいないのだ。俺にはリーナがいる分まだ話し相手には苦労していない。
「それじゃ明日の放課後練習に付き合ってもらってもいいか?」
「大丈夫ですよ。場所はどうしましょう?」
「訓練場の一角を借りれるように頼んでみる」
ソロンにいえばなんとかなるかもしれない。何とかならなくても何処かしらで訓練できる所を教えてくれる可能性もある。取り敢えず今日の放課後にでもソロンの所にいって相談をするべきだろう。
「分かりました」
「それと多分練習にはリーナも付いてくるけど大丈夫か?」
「大丈夫ですよ。アーティファクトと契約者は一心同体ですし」
ヘイルも知り合いのアーティファクトからその辺の話は聞いているようだ。
「助かるよ」
「いえ、私も学園で話す人が居なくて暇だったので丁度良かったです」
「いつも外見てるもんな」
「それは……。そうですね」
歯切れの悪い顔になるヘイルを見て何かしらの事情があることを察する。過去だけに限らず人には聞かれたくないこともあるのだ。先程からヘイルの困ることを何度か言ってしまうため、ヘイルの地雷が意外と多いことに気をつけなければならない。
「丁度授業も終わりましたし」
座ったままだった俺は立ち上がり、服に付いた土ぼこりを軽く払う。ヘイルの服には全く汚れが付いていなかった事からも、打ち合いでの実力差を感じる。
「今日はありがとな」
「はい。これからもよろしくお願いします」
「こちらこそ」
剣術の授業でペアになったからと言って教室でも話すわけではない。勿論教えを請う相手だからといって無理に話しかけることもしない。ヘイルが1人でいることにも何かしらの事情があると思うし、なにより教室ではリーナが見ているため面倒なことにならないのが一番なのだ。
・
「それで誰とペア組んだの」
前言撤回。リーナは見ていなくても面倒なことになっていた。剣術よりも早くに授業が終わったらしいリーナは当然俺よりも先に教室にいた。教室に戻った俺が見たのは、何故か俺の席に座っていたリーナだった。ほんの1限分離れていただけなのに、戻ってきた俺に対して開口一番に嫉妬を剥き出してきた。
前の席を見てもヘイルはまだ戻ってきていない。男子に比べて女子は色々と時間がかかるのだろう。
「前の席の」
「名前は?」
「ヘイル・リズレット」
「どんな子?」
「いや、リーナはいつもここに来てるんだから知ってるだろ」
「見た目だけ。それ以外知らない」
外を見て誰とも話していないヘイルのことをリーナは知る由もない。他の生徒と話していることもないため、俺しかヘイルのことを知らない可能性すらある。声すらも初めて聞いたという人がいてもおかしくないだろう。
「えっと丁寧な奴だったよ。あ、そうだ」
「なに?」
リーナにはヘイルの戦い方とそれを教えてもらうことを伝えておかなければならない。2人の間に隠し事はしない。わざわざ隠すようなことではないが後で言うよりも先に言っておいたほうがいい気がするのだ。
「ヘイルの戦い方っていうか剣術って俺たちが求めてるやつに近いんだよ」
「二刀流なの?」
「いや、受け流す剣術ってやつ。今日打ち合いしたんだけどさ、俺の剣が綺麗に受け流された」
「ヘイルが強いの?ロージスが弱いの?」
「両方だよ。それでヘイルに明日の放課後からその剣術を教えてもらうように頼んだ」
それを聞いたリーナは少しだけ頬を膨らませた。予想通り、俺が女子生徒と放課後を過ごすと聞けば何かしらの嫉妬反応をすることは想像に難くなかった。だからこそ早めに伝えたのだ。
俺だってリーナ以外の女子生徒には興味はないし、仮にリーナが男子生徒と仲睦まじく話していたら嫉妬してしまうだろう。今はリーナの感情が目立っているだけで立場が変われば同じようなことをしてしまうかもしれない。だから俺はリーナに強く言えないのだ。
「私もついていく」
「最初からそのつもりだよ」
リーナならそう言うと思って3人で練習する約束を取り付けたのだ。リーナは俺の剣。剣術の練習をするのに剣なしでは成り立たない。
「それならいい」
「リーナは俺の剣だ。一緒に強くなろうぜ」




