受け流す
俺の振り上げた剣は予定していた軌道をなぞり、ヘイルの腰目掛けて空気を切っていく。
だが、それを確りと目で追っていたヘイルは半歩後ろに下がり体を少し反らせると回避する体勢に入った。
これは予想していた通り。勢いよく振った剣は遠心力によって俺の体の外側を回る。リーナを使っている場合、剣の軌跡には熱を持つ。それを利用して身体を回すように体勢を立て直す。
今回はヘイルが避ける体勢を取った瞬間、振り上げた剣を途中で止めるつもりだった。リーナを使っていない以上、想定している戦い方は出来ないからだ。リーナありきの戦い方にはなってしまうが、それが俺たちの戦い方だ。
「甘いですよ」
俺の剣はヘイルの腰を狙った。しかしそれが避けられてしまい、その剣は空を切るはずだった。
俺の剣の軌道にはヘイルの剣が置かれており剣同士がぶつかりあう。剣を振るったり受けたりする訳ではなく、ただ俺の剣の行先にヘイルの剣があるだけだ。しかし、木剣同士がぶつかりあう甲高い音は聞こえず、気がついた時には体勢を崩した俺が地面に転んでいた。
「いってぇ」
思いっきり振り上げたはずの剣は力を込めたはずなのに、ヘイルの剣に触れた後その力に引き摺られるように身体が地面に吸い寄せられてしまった。
剣を振ることに集中していた俺は何が起こっていたのかがわからない。
避けられて剣と剣がぶつかり合ったところまでは分かるのだが、その時に手で感じた感覚は剣同士がぶつかりあう感覚ではなく剣の軌道を変えられるような感覚だった。
「大丈夫ですか?」
「悪い。大丈夫だ」
こちらを見下ろすように心配してくれるヘイル。ヘイルも少し驚いた顔をしているのは俺がここまで弱いとは思わなかったからだろう。
「それよりも今のって……」
「王国剣術なのは構えだけど言ったでしょう?」
したり顔でそう言ってくるヘイルはもう一度先ほどの構えをとる。訓練ということは一回で終わるわけがない。もう一度打ち込んで来いと言う合図だろう。
俺はその場で立ち上がり、再度構えをとる。同じような攻め方をしても意味がない。ヘイルが何をしたのかを知る必要がある。今度は剣がぶつかり合った瞬間を意識して振るうことにしてみる。
「もう一度いくぞ」
「どうぞ。お好きなように」
次は間合いを瞬間的に攻めることはせずに、少しずつヘイルの元へと足を進めて自分の剣の間合いへと近づいていく。ほぼ素人の俺にも分かるほどヘイルの構えには隙がない。いや、隙がないというよりは何処に打ちこめばいいのか分からないというのが正しいだろう。
直剣を両手で持ち、片足だけを半歩後ろに下げて正面を向く構え方。自分から攻撃をしてこないため、受けの剣のはずなのだが、そもそも打ち込む場所が見えないのだ。
分からないものは分からないので次は剣を振り上げてから袈裟斬りの要領でヘイルへと振り下ろす。丁度、木偶にやったように。
ヘイルは俺の袈裟斬りを避けると同時に、その剣を俺の剣へとぶつけてきた。ただ避ければ良いものを敢えて剣同士をぶつけに来ている。
今回分かったのは俺の剣の軌跡に合わせてヘイルの剣を傾けていることだ。
俺が右肩から左腰に振り下ろすのと同時に避けた後、ヘイルの胴体を空振りするタイミングに合わせて剣を俺の剣の軌道に合わせて置いている。
その結果、俺の剣は力のままヘイルの剣の上を滑り落ちる。剣同士がぶつかっていると言うよりも、俺の剣がヘイルの剣を流れていく感覚だ。
俺の力に合わせて攻撃が受け流されている。
「ぐべっ」
そのことに気付いたは良いものの、受け流されて体勢を崩した俺は再び地面との距離が零になってしまった。
座ったまま、口の中に入った砂ぼこりを軽く吐き出してからヘイルの方を見る。
ヘイルはしてやったりな顔でこちらを見下ろす。自分の思う通りに剣が扱えて嬉しいのだろう。明らかに一朝一夕で出来る芸当では無いため練習や実践の痕が垣間見える。それなのに俺みたいなへっぽこ剣士の攻撃を受け流せたのが嬉しいのだろうか。
「ヘイル、お前の剣ってカウンターだと思ってたよ」
「勿論カウンターはしますよ。今回は訓練なので」
訓練じゃなかったら俺は追撃を受けてやられていたということだろう。
「それよりもその剣術すごいな。かなり練習しただろ」
「は、はい。私と相性のいい剣術みたいなので」
一瞬だけ何かに焦ったような表情をしていたが過去のことで踏み込まれたら困ることがあるのかも知れない。それ以上は聞かないことにする。
「多分だけど相手の剣を受け流してるってことで合ってるか?」
「正しくは相手の力を利用して受け流してる、でしょうか。男性の力に対して女性である私の剣で受け止めるのはリスクが大きいです。なので相手の剣を受け流すほうが次の攻撃にも繋げやすいのです」
「それにしてもそれが防御になるのはすごいよ」
ふと頭の中に英雄アブソリュートの絵本が浮かぶ。アブソリュートは左手で細く長い剣を使っている絵が書かれており、他の書物には左の剣で相手の攻撃を往なしていたとも書かれていた。
右利きの俺が左で剣を使うことになれば、必然的に右よりも非力な左手で相手の攻撃を受けることになる。その時にヘイルの使う剣術が使えればなにかの役に立つかも知れない。
「なあヘイル」
「なんですか?」
「俺が英雄アブソリュートの戦い方を目指しているって言ったら笑うか?」
「笑いませんよ。面白いとは思いますが」
俺の話から一旦戦闘を中断する気配を感じ取ったのか、ヘイルは構えていた剣を下ろす。気が付けば周りの生徒も打ち合いを終えており、それぞれのペアが話し合っている。
「俺のアーティファクトが攻撃がすごい奴でさ、守りをどうするかって考えた時に二刀流で相手の攻撃を受け流したほうがその攻撃を活かせるんじゃないかって考えたんだよ」
「見てみないことには分からないですが面白い発想だと思いますよ」
「それでさ」
人に教えを請うことは初めてではない。自分のために頼み込むのは今までやってきたが、俺が今から頼もうとしているのは俺だけではなくリーナのことも考えた結果だ。俺の選択には2人分の人生が乗っているのだ。
だからこそ、2人で生きていくためには躊躇っては居られない。強くなることでリーナのことを見直してくれる人が少しでも増えればいい。
「良かったら俺にその剣術を教えてくれないか?」
それは俺とリーナを守る剣になりうるのだ。




