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 目の前に現れた男は剣を持っている。この距離ならわかる。その剣には血がべっとりとついていた。

 考えてみればこの男が持っていた食事は少なかった。ここに大量の奴隷がいる場合明らかにおかしい。最初からここには生きている奴隷など居なかった。


「お前、だれだよ?」


「ここにいた奴隷を殺したのはお前か?」


「質問に質問で返してんじゃねぇよ殺すぞ。いや、殺すんだけどな。お前もそこの悪魔の子も2人とも殺す。悪魔の子を殺す機会なんて初めてだねぇ」


「他の仲間はどうした?」


「死んでんじゃね?知らねーけど」


 少し話しただけでも分かるくらいこいつはヤバいやつだ。仲間意識なんてものはない。自分が殺したいから殺している。


「そろそろ上の人が来ちゃうからさぁ、どっちが先に死にたい?お前が、そこの悪魔の子か」


 親父も兄貴もこの場所に来るまでは時間がかかるだろう。それまで、俺がこいつ相手に生き延びることのできる可能性は万に1つもない。少しでも長く生き残る方法としては彼女を売って先に殺させれば少しだけ長生きできるだろう。


 でもそんな事は出来ない。出会ったばかりだが、彼女は俺が惚れた女性だ。それを盾にして仮に生き残ったとしても俺は自分に胸を張れるだろうか。

 

 どうせ死ぬんだ。最後に少しでもかっこいい所を見せて死にたい。無様な姿しか見せていないんだ。マイナススタート、後は上がるだけ。最後にかっこいいと思わせてやる。


「さっきからさ悪魔の子、悪魔の子って言ってるけどよ。どこにいるんだよそんなやつ」


「お前勉強とかしてないのか?そこにいる白髮赤目の女だよ」


「知らないね。勉強なんてサボってたからさ。ここにいるのは綺麗な白髮に綺麗な赤い瞳を持つただの女の子だろ。悪魔の子?馬鹿にしてんのか。人を殺しまくってるお前の方が悪魔だろうが」


「威勢いいねお前。先に殺してやるよ」


 男はそう言うとゆっくりと此方に近づいてくる。距離は結構ある。此方の恐怖心を煽るようにわざとゆっくりと歩いてくる。人想いに殺られるよりもよっぽど怖いが、俺は彼女に格好つけると決めたのだ。牢屋に背中を付けるように、彼女を守るように俺は立つ。


「貴方、名前?」


 耳元で囁くような声が聞こえる。


「今!?」


「そう、今」


 彼女は俺の名前を聞いてきた。前からはゆっくりと、殺人鬼が迫ってきている。ゆっくり自己紹介をしている場合ではない。彼女も俺と同じで死ぬ覚悟を決めたから名前を教え合いたいのだろうか。それなら少し嬉しい。俺も好きな人の名前くらいは知ってから死にたい。


「ロージス・グレンバード。君の」


「ロージス。このままでは貴方は死ぬ。勿論私も死ぬ」


 俺の名前だけを聞いて自分の名前は言ってくれなかった。


「知ってる。でも仕方ないんだ。ただ君だけは助けたかった」


「2人とも助かる方法があるけどどうする?」


 渡りに船だがそんな方法はない。彼女は檻の中で武器もない。当然俺も武器など持っていないし、そもそも持っていても使えない。練習をサボっていたからだ。

 2人とも助かる方法があるのならそれがどんな方法でも試してみたい。彼女は俺の死の恐怖を和らげるために言ってくれているのが分かる。彼女も死ぬのは怖いはずなのに。


「そうだな。そんな方法があるならやってみてもいいかな」


「分かった。それなら」


 彼女は檻の隙間から手を伸ばし、俺の手を握った。あの男は彼女のことを悪魔の子と言ったが、彼女の手はこんなにも温かい。陽だまりのような温かさが俺の手を包む。これが悪魔の子だというのならば、この世の中は何も分かっていない。世界はきっと、温かさを知らない。


「私を使って」


「使うって一体何を……」


 彼女は俺の手を握り語りかける。使うってどういうことだ?冗談を言える状況ではないことは彼女も分かっている。もう目に見える距離にまで男は迫ってきている。無言で、ただただ歩いでこちらへ向かってくる。


「私は武器。この場を切り抜けるならその方法しかない」


「いや、お前は人間じゃないか」


「ちがう。私はアーティファクト。戦うために生まれた武器」


 何をどう見ても彼女は人間だった。

 ただ、彼女は自分のことを武器だという。戦うために生まれた武器と。本当に何を言っているのか分からない。分からないが、彼女の声は巫山戯ている訳でも諦めているわけでもなく真剣だった。


「私のあとに続いて同じ言葉を言って」


「いや、おい、待て」


「時間がない。そうすれば私と契約できる」


 何がなんだか分からない状況だが、このままでは俺も彼女も殺されてしまうかも知れない。背に腹は代えられない。彼女の真剣には真剣に答えたい。


「分かった。契約をするから頼む」


 ロージスのその一言のあと、リーナの身体は赤い光に包まれた。その光は燃え上がる炎のようだったが熱くはない。むしろ心地のいい、人の温もりのような熱を持っていた。


『熱き魂。焦がれるその身に何を望む』


 リーナのあとに習いロージスも同じ言葉を詠唱する。


『この身に望むは炎。燃え盛る火は何者にも消せはせぬ』


『幾許の時を掛け、燃えるその身に焦がれし思い』


『再びのその契約の火を灯す』


 リーナは口元に人差し指を持ってきて少し喋らないようにとジェスチャーで伝えていた。ロージスも声を出さずに頷く。


「我が名はリーナ・ローグ」


 ロージスの方を指差し、名乗りを促す。


「俺の名はロージス・グレンバード」


 名乗った瞬間、先ほどまでリーナを包んでいた赤い光が、ロービスも一緒に包み始めた。自分の身体が燃えるように見えていても、誰かに抱きしめられているような、そんな温かさを感じる。


「(一緒に唱えて)」


 頭の中にはリーナの声が響く。

 ついに、殺人犯の男は目の前にやってきた。男からは彼女の姿は見えていない。


「お二人さん。何やら楽しそうに話してたけど死ぬ前に仲良く出来たか?」


 男の言葉に俺達は答えない。答えることが出来ない。こっちはこっちでよく分からないことに真剣になっているのだ。男に意識を割く余裕など無い。


「ってなんだお前、なんか光って……。っ!お前アーティファクトか!」


『2つの炎。混ざり合い、1つの火となり業火となる。燃えて、燃えて、燃えて。消えぬ炎を魂で燃やせ』


 次に何を言えばいいかが頭の中に響いてくる。その言葉を俺と彼女は詠唱をした。男が此方を攻撃するよりも先に。


 最後の詠唱を終えた時、その場は炎に包まれた。その炎は熱くなく、彼女が握ってくれた手のような温かさがあった。

 そして炎が止まるとそこに立っていたのはロージス1人だった。


 そしてそのロージスが持っているのは真っ赤な刀身を持った一振りの燃えるような剣であった。


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