英雄アブソリュート
280という数字の書かれた場所は歴史や伝記の集まる場所。俺たちの求めている情報は専門的なものではなく、この国に住んでいる人だけではなくそれ以外の国の人でも知っているような話だ。
いきなり専門的なものを読んでも基礎がわかっていなければ意味がない。まずはソロンの言っていた伝説を俺自身の目で確認する必要がある。
絵本などにもなっている話みたいで本棚の中には子供向けの本も揃えられていた。
「どれを読めばいいの?」
「わからねー。取り敢えず絵本みたいなやつから読んでみるか?それならすぐ読めるだろうし立ち読みでもいいだろ」
リーナはしゃがみ込み、本棚の一番下にある絵本を手に取る。タイトルは『英雄アブソリュート』。ページ数は絵本なだけあって少なく挿絵も入っているため読みやすい。
本を手に取ったリーナはその本を俺へと手渡す。受け取りはしたものの手分けして本を調べるものだと思っていたから少しだけ拍子抜けしてしまった。
俺が絵本を開くと横から覗き込むようにリーナの顔が俺の顔に近づく。
「近いな……」
「私?」
「いや、別にいいんだけどよ」
「ロージスは嫌?」
「今更だろ。ちょっとびっくりしただけだ。嫌なわけじゃない」
「そう」
照れてしまうのは間違いないのだが仕方ないことだと思って割り切る。それよりもリーナも一緒に絵本を読んで欲しい。
「『アブソリュートの伝説』か。俺たちが知りたいのは」
「どんな話かはソロンに大体聞いた。だから戦い方」
「一応ソロンの話を踏まえた上で物語も気にはなるけどな」
絵本なので簡単に読み進めることが出来る。ページを捲るごとに目まぐるしく場面転換する様は子供心を擽るのだろう。
「アブソリュートは貴族出身ってわけじゃなくて農民の出だったんだな」
「農民の自分に嫌気が差して村を出た。抜いたものが世界を救うを言われる二本の剣を抜いた」
「二本の剣は別々のものじゃなくて二本で一つのものって書いてあるな」
「だから二刀流。どちらかの長所を伸ばし、何方かの短所を補う。そんな剣」
「絵に描かれてる様子だと大きめの剣と少し細めの剣を持ってるな」
「大きい剣で攻撃して細めの剣で相手の攻撃を受け流す。これは昨日聞いた話と同じだね」
「リーナの考えている戦い方もこんな感じか?」
「概ねそう」
話をみるまでは分からなかったがアブソリュートは女性だった。
農民出身の女性は他の家に入り家事をすることくらいしかやることはなく退屈に思えたらしい。一念発起し、村を飛び出して各地を旅することにした。その道中で剣も触ったことのない農民だったのにも関わらず世界を救うという剣を二振りも抜いてしまい、そこから剣の腕を鍛えられた。そして世界は闇包まれ悪魔の軍勢が攻めてきた。悪魔の軍勢を倒しながら前に進むアブソリュートは悪魔の王と戦い、見事勝利した。
悪魔の居なくなった土地は安全になり、何もなかった所を1から国造りを始めてサンドラ王国は建国された。
そんなお話。
「本当に子供向けのお話って感じだな」
「うん。でもこのお話は少し悲しい」
「悲しい?ハッピーエンドだろ」
最後のページ。アブソリュートが民に囲まれて喜びが溢れている。悲しくなるような話ではなかったはずなのにリーナは悲しさを訴える。
リーナの細い指が、絵本の中のアブソリュートの顔を撫でる。その手つきにどんな感情が込められているのか俺には分からなかった。
「これは民や国からのお話。アブソリュートは殺して殺して祭り上げられている。きっと殺すことで得られる平和なんて嬉しくなかったと思う。それでも皆は喜ぶ。悪魔でも徒党をなして攻めてきたのに、この世界に自分は一人だって思ったかもね」
「どうして、そう思ったんだ?」
「何となく。私も1人だったから。皆に理解されない事は分かっても、それを嘆いてもどうにもならない。それだけの話」
英雄に祭り上げられても、迫害されても一人ぼっちの感じる孤独は同じなのだろう。慢心ではないがリーナには俺がいる。リーナにもそう思ってもらえてると思う。でも英雄アブソリュートには理解者が居ない。彼女の心の内などお構い無しに英雄とされ、弱音も吐けず、清廉潔白なものとして後世にも語り継がれている。
「きっとアブソリュートは泣いていた。人知れず、1人で」
「そうかも知れないな」
俺もソロンに窘められなかったら1人孤独に悩んで居ただろう。リーナがこんなにも感情移入してしまうのはどこか自分と同じようなものを感じたからなのだろう。
そこからアブソリュートに関する様々本を読んだが書かれていることは彼女の英雄譚や功績で、存在を称える本ばかりだった。アブソリュート本人に関する記述は殆ど見られなかった。
戦い方に関しても俺たちが感じたもの以上の情報はなく、結局自分達でどうにかするほかないという結論になった。
「無駄足ってほどじゃなかったけど戦い方に関してはよく分からなかったな」
「私がわかる範囲で色々試してみよう」
「そうだな。取り敢えず明日からは剣術の授業があるから剣の振り方の基礎を覚えないとな」
学園が始まり数日が経ち、実技の授業も明日から始まる。剣術の授業と言っても最初は基礎からやるだろう。いくら貴族出身の者が多いとは言え、剣術の基礎もままならない者もいるだろう。俺もその1人なのだが。
「私もそっちにすれば良かった」
「リーナはそもそも剣なんだし剣術習っても仕方ないだろ。それなら人の状態でも戦える魔法を習ってもらったほうが俺も嬉しい」
「嬉しいの?」
「いや、まあ、嬉しいっていうか助かるっていうか」
何時でもリーナを剣にして戦えるわけじゃない。アーティファクトや強い相手ならばリーナを武器化して戦えるが普通の相手にアーティファクトを使うのは過剰な攻撃になってしまう気がする。
それにいつもアーティファクトを使っていてはいざという時に自分の実力で対処出来なくなる。俺が自分の実力を付けるためにもリーナに頼らないようにしたいのだ。
「ロージスがそういうならいいけど他の女の子と仲良くしないで」
「剣術でペアになるかも知れないだろ」
2人で話した日から包み隠すことをしなくなったリーナの感情を一身に受ける。リーナの感情と現実問題は比例しない。いくらリーナが嫌がっていても、授業として成立させるには女子生徒とペアを組む可能性もある。
リーナは小さく唸り声を上げて必死に声を絞り出す。
「授業中だけなら……。でも誰と組んだか教えて」
「そこまでか。分かった分かった。お互い頑張ろうな」




