乾坤一擲
木偶と相対す。
動く的ではなく、そこに置かれているだけの的。
喋らず、叫ばず、血も流さず、敵でもない練習用の道具。
それに対して攻撃をするだけなのに変な緊張感が俺の心を蝕む。出来なかったらという負の考えを知らず知らずの内に抱えてしまっているのかもしれない。
でも、それも俺の感情だ。
剣を持つ手からは確かなリーナの繋がりと温かさを感じる。
「(失敗したらって考えると不安になるな)」
素直に抱える感情を吐露する。一人で悩まないと決めたから、リーナには俺が弱い人間だと知っていてほしくて
「(失敗したら出来るまで練習。時間は沢山ある)」
何度失敗しても何度でもやり直せばいい。どうしても問題に直面し、焦ってしまうと目の前しか見えなくなってしまう俺を落ち着かせてくれるリーナ。
そして静かなる物言いの中には諦めないでやり続けるという意思もしっかりと感じ取れた。
「(それじゃやってみるか)」
「(うん)」
剣を構える。剣術をサボっていた俺の構えは同年代と比べても劣っていて見窄らしいものだろう。それでも剣は振らねば応えてはくれない。
アーティファクトとの契約は乾坤一擲の勝負だ。契約した後はどちらかの力量が勝っているだけでは変化はない。2人で共に強くならなければならない。
リーナを使う俺も、俺に使われるリーナも。互いを知り、互いを認めることでアーティファクトとしての力を十全に使うことができる。
息を整え。構えた剣に集中する。
目標を見据え目を逸らさない。腕の力だけではなく体全体を使い体重を剣に乗せる。
そんな当たり前の教えを頭の中で反芻し、俺は剣を振り上げる。
視界の先には木偶しか見えていない。
人形の木偶の肩口から反対の腰までを切るイメージを頭の中で作り上げる。
剣を握る手からは魔力を流す。そして剣から来る魔力と俺の魔力が一つに合わさった感覚が生まれた。
そのタイミングを見計らい、木偶に向かって剣を振り下ろした。
「シッ」
大きな掛け声はいらない。思い切り息を吐くことで剣に力を乗せる。
俺の剣は木偶の身体をを焦がすように切り裂いていく。時間にしては一瞬のはずだが、俺の手には剣で木偶を切り裂く感覚が確かに残っていた。
剣が斬る対象を失い、地面にぶつかる前に剣の運動を俺の手で止めた。戦闘では使うことの出来ない、一撃限りの振り下ろし。相手が止まっているからこそ出来る動きだったが、今はそれでいい。
目の前の木偶は切り裂かれたことにより、身体がずれ落ちて地面に半身だけがぶつかった。
無事に木偶を切ることに成功したのだ。
そして。
「切り口から炎が出ているな」
「木偶に攻撃したときも斬るって言うよりは焼いてる感じだったね。炎が剣から出てるわけでもないし、魔力を通すと超高温になるのかな?」
「分からん。そんなに熱くなるのなら僕たちが触るわけにもいかん」
「そんな剣を使っててロージスくんは熱くないのかな」
「アーティファクトと契約者は特別だ。僕たちだって弾を撃つときの反動は感じない。そういうものだろう?」
切られた木偶は、自分が燃えているのに気付いたかのように時間差で炎を上げていた。
燃え盛る炎と言うよりは何かを鎮めるための炎にも見える。穏やかな炎だが、そこには確かに攻撃性を秘めていた。
リーナが人型に戻る。
「ロージス。出来たね」
「あ、あぁ」
先ほどまで剣となったリーナを握っていた手をまじまじと見つめる。俺にも出来ることがちゃんとあったと徐々に喜びが湧き上がってくる。
この喜びの元は1人では成し遂げられなかったことで、リーナがいたからこそ俺は俺を認められる気がした。
剣を握っている時と同じような暖かさが俺の手を包む。リーナの手が俺の手を握っていた。
リーナの顔を見ても普段と同じように表情の変化は少ない。でも繋がれた手からは喜びの感情が俺に流れてくる。リーナも俺がちゃんと使えることに喜んでくれているのだ。
「出来た。出来たぞ」
「うん。感覚もバッチリ」
「リーナありがとな」
「?」
俺からのお礼の意味も分からず小首を傾げるリーナ。分からないならそれでもいい。全ての感情が伝わらなくても、大事なことだけはしっかりと伝わっていれば、それでいい。
・
暫くすると木偶を燃やしていた炎は小さくなり消えていった。普通の火が燃えるのとは違い、魔力で出来た炎のため木偶を焼き尽くすことはなかった。
「ソロン、壊しちまった」
「問題ないと言っただろう?一つくらいなら経年劣化とでも言えばいい」
生徒会長がそれで良いのかと疑問に思ったが本人がいいと言っているなら突っ込むことではない。
「ちゃんとリーナちゃんを使えてよかったね」
「はい。アドバイスありがとうございました」
アドバイスがあったから出来たと言っても過言ではない。なんだかんだ俺たちの面倒を見てくれているこの2人には頭が上がらなくなりそうだ。
「ロージスに一つ聞きたいのだが」
「なんだよ」
「リーナ・ローグの攻撃性は分かった。防御面はどうなんだ?」
先ほど俺が考えていたことをソロンにも問われる。リーナを使って攻撃するイメージは湧くのだが、防御に徹するイメージは湧いてこない。
「何も考えつかねー。盾を持ってもいいけどそうするとリーナの攻撃が疎かになりそうなんだよな」
「私がロージスをちゃんと守るよ」
「お前が剣になってる時は俺が使わなきゃいけないんだから自分の身を守る術の話だよ」
自信満々に見える程度で宣言するリーナに対して少し呆れながらもその心は嬉しい。リーナが人型の時ならいざ知らず武器化している時には俺の身を守るのは俺自身なのだ。リーナを使って守るのは機動性の意味でも考えられない。
「盾は動けなくなるからやめたほうがいいだろう」
「だよなー」
防御なしで相手に突っ込むような事はリスクが高まるので行いたくはない。
「そういえばロージスくんは他の武器を持てるの?」
「他の武器?どういうことですか?アーティファクトは1人につき1人としか契約できないはずですけど」
「そうじゃなくてアーティファクトじゃない普通の武器」
「持てると思いますよ」
一応グレンバード家を出るまでの少しの期間は剣術の勉強もしていた。短過ぎる期間だったため剣の握り方や構え方程度しか教えてはもらえなかったが、真剣を持たせてもらう機会もあった。
「アーティファクトによっては自分以外の武器を持つのを嫌がる子もいるらしいの。リーナちゃんはどう?」
バレットはリーナの方をチラリと見る。
「武器には嫉妬はしない」
武器には。昨日のリーナの様子を見ると人間の女性に対しての嫉妬は凄そうだ。それこそ、静かに嫉妬の炎を滾らせて。
「ならばロージス。1つだけ案がある」
「案?」
「かつての英雄。奇縁にもお前たちとは相性が良いのか悪いのか。その英雄を倣ってみないか?」
ソロンが言う英雄というものを俺は知らない。
リーナが悪魔の子と言われていることも知らなかった俺は、英雄が何かも知らない。




