編み込まれた糸
振り下ろされた剣は木偶の肩口を掠め、弾かれるようにして俺は尻餅をついた。
「いってぇ……」
思いっきり切りかかったためか持ち手にその反動が来てしまい手が痺れている。その拍子に手からは剣が離れてしまった。
剣のが飛んでいった方を見るとそこには剣ではなく、人間に戻ったリーナが俺の方に駆け寄ってくる姿が見えた。
「ロージス。大丈夫?」
「俺は大丈夫だけど、武器化とかなくても良かったんじゃないか?」
「私も初めて知ったんだけどロージスのそばから離れると武器化は切れちゃうみたい」
確かに武器化する時はいつも手に握っていた。それに手で触れ合うことで武器化をしていたためリーナを手放すことなど無かった。
「なら手放さないように気をつけないとな」
「どのくらいの距離が開くと武器化が切れるのかは分からない。でも放さないに越したことはない」
「そうだな。それよりも」
俺は切りかかった木偶の方を見る。肩口には傷もついておらず、俺の攻撃が不発に終わったことを物語っていた。俺の予想ではリーナの剣で斬りかかれば焼き切る事ができると思っていた。そこまではならずとも何らかのダメージを期待していたのだ。
だが実際には何も起こらず、ただ剣をぶつけただけ。
「おい、ロージス。お前何をやっている」
「何をやってるって見てただろ」
ため息混じりに歩いて近寄ってくるソロンは呆れた顔で尻餅をついたままの俺を見下ろす。
「どうしてもリーナ・ローグをちゃんと使わない?」
「ちゃんと使う?どういうことだ?」
「そこからか。分かった。少し見ていろ」
未だに武器化をしたままのバレットを構えるソロンを言われた通り見ていることにする。武器としての形は違えどもアーティファクトであることには変わりない。
ソロンには俺が何を出来ないかが分かっているようで丁寧に説明をしてくれる。
「バレットをちゃんと見ていろ。今から僕が引き金を1回引く」
総宣言した後、ソロンは木偶の方へと銃口を向け引き金を引いた。カチッという音とともに魔弾が射出されるものだと思っていたのだが、引き金を引いた音だけが響き、後には何も起こらなかった。
「失敗した……訳じゃないよな」
「当たり前だ。今の俺がやったことがさっきロージスが木偶に剣を振り下ろしたことと同じだ。そして」
もう一度ソロンは引き金を引く。今度は衝撃音と共に木偶の足元が爆発した。銃の角度が下を向いているためわざと地面に向かって発砲したのだ。俺達と戦った時と同じで木偶を傷付けないように。
「これが武器化したアーティファクトの使い方だ」
見ているだけでは何の条件があって魔弾が出た時と出なかった時に違いがあるか分からなかった。
「いや、全然分かんねぇけど」
「馬鹿が」
言葉による説明もなしに馬鹿と言われても腹立たしさが募るだけだ。分からない俺が悪いのは分かっているが教えてくれてもいいだろう。
尻餅をついたままの俺を見かねてか、立ち上がらせようとリーナが手を伸ばして来たので、その手を取り立ち上がった。履いていたズボンに着いた土ぼこりを払ってソロンに詳細を聞こうとするが、俺よりも先にリーナが声を発した。
「もしかして、魔力?」
「ほう。リーナ・ローグには分かるのか」
「何となくそんな気がしただけ」
「馬鹿な主人は捨てて優秀なものに変えたほうがいいのではないか?」
「やだ。私にはロージスだけだから」
ソロンが軽口を叩くのは別にいいのだが内容が癪に障る。勿論冗談で言っているのは分かるのだが、仮にもアーティファクトと契約をしている契約者が言うことでは無いだろう。
本人としても特段考えて発した言葉でもないだろう。
そして武器化していたバレットは人間の姿に戻る。パンッと乾いた音がなったかと思うとソロンの頬は赤みが指していた。
「ソロン。言っていいことと悪いことがあるよ。謝って。ちゃんと2人に」
思い切りソロンの頬をビンタしたバレットは俺たちの方を指差しながらソロンに詰め寄っていた。言い返そうとしていた俺も拍子抜けしてしまい怒るタイミングを逃してしまった。
「あ、あぁ」
ソロンはソロンで驚いているらしく、叩かれた頬を手で擦りながらバレットを見つめていた。いきなり武器化を解かれ動揺しているのが見て分かる。
「アーティファクトと契約者は一心同体なの。ソロンだって私と契約してるんだから分かるよね?覚悟を決めて一緒にいる人に向かって軽口でも変えるなんて言っちゃダメだよ」
言いたいことは分かるが、リーナに対して捨てられるなどとバレットも言ったと聞いている。あれは軽口とかじゃなくてリーナのことを考えていたからセーフと言う判定なのだろうか。
アーティファクトであるバレットも変えると言うのはどちらかの死を表していることは分かっているはずだ。きっと捨てられると言ったのも彼女なりの考えがあるのだろう。
「そうだな。本当にそうだ。調子に乗ってしまった。ありがとうバレット」
俺たちの方へと向き直り少し近づくと腰を曲げてから頭を下げるソロン。
そんなソロンを見つめて動くことも出来ない俺とリーナ。色々と事態が急変しすぎてついていけていないのだ。
「2人とも悪かったな。軽口が過ぎた」
「いや、別にいいけどよ」
「少し気にしてるけど許す」
「ごめんね。後でちゃんと言っておくからね」
「いや、もう謝ってもらったし」
「いや、いい。今回はバレットの言う事が正しい。後で説教の時間が増えただけでお前たちは気にする必要はない」
ソロンが自分の中で決めたことらしいので俺たちが何かを言うことはない。きっとソロンとバレット2人の問題になったのだ。これ以上は押し問答になるだけなので話を切り替える。
「それでさっきリーナが言っていた魔力ってどういうことだ?」
「アーティファクトは人間体では魔法が使えるが武器化した状態では自ら力を発することが出来ない」
「初めて契約した時はリーナの力を使うことが出来たぞ?」
「その時の状況が分からないから何とも言えないが、リーナ・ローグが詠唱を通してお前の中の魔力を使ったのではないか?」
あの時の見えない剣を使う時には詠唱をした。リーナの方を見るとコクリと頷きソロンの言うことに対して肯定を示した。
「詠唱をする事でアーティファクトは契約者との繋がりを一時的に強化して独自の力を発揮することができるがこれにはデメリットもある」
「デメリット?」
「時間と魔力だ。詠唱には時間がかかる。詠唱をすれば強力な技が使えるがその間に攻撃されては仕方がない。それに大きな技を使うのにはそれだけ大きな魔力を必要とする」
「契約者とアーティファクトの間には繋がりを感じるでしょ?武器化したときにも感じるその繋がりって実は魔力が繋がってる状態なの。そこに互いの魔力を流すことでアーティファクトの力は使える。私を使ってソロンが魔弾を撃つのはそういうことだね」
「つまり俺がリーナに魔力を通せばリーナの力を引き出せるってことか」
「勿論リーナちゃんの魔力も大事。2人の魔力を混ぜ合わせるイメージだよ」
ソロンの説明は少し堅苦しくて分かりにくいがそれを纏めてくれるバレットの説明は分かりやすい。
詠唱技は強いが隙も大きく、魔力消費も大きい。それ以外の方法で戦うために武器化したアーティファクトで戦う必要があるのだ。
確かにリーナとの繋がりは強く感じている。
2人のから聞いた説明を踏まえて、もう一度リーナとともに木偶の前へと足を運んだ。




