私に対して何を思う?
リーナの真名。"静かなる焔"
それを聞いた時、何故か俺の中に違和感が生まれることはなかった。
リーナという人間を知ることができたからなのか分からないがその名前はリーナを表すのに適していた。
さっきの俺への提案。
普通に生きていて女性から向けられる感情としては重く、束縛のようなものを感じるだろう。それ以上突き詰めるのは少し怖かったから話をそらしてしまったが、皆がリーナに向ける忌避感を俺は持っていないこともリーナの感情が重くなった理由の一つにあるだろう。
一見すると表情の変化が乏しく何を考えているのか分からないように見える。俺もほんの少し前まではリーナのことが分からなかった。
でもちゃんと話してみると、澄ましたような風貌の内に燃えるような感情を抱えていた。
静かなる焔。
武器化からもとに戻ったリーナは再度椅子に座った。
「悪いんだけどさ」
「なに?」
「真名を知ることで何か変わることってあるのか?」
「あるよ。繋がりが深くなる事で強くなる」
「強くなる?」
「私も何となくでしかわからない。でも前の時と比べて明らかに力が湧いてくる感じ。ロージスも感じない?」
「力ねぇ」
正直言うと俺には分からない。初めて武器化したときは俺も必死だったし記憶に残っているのは人を殺してしまったということだけだ。
リーナの言う力が湧いてくる感じというのは俺には感じ取れなかった。
「分からなくてもいい。アーティファクトの感覚かもしれない」
「それで何ができるんだ?」
「?分からないよ」
「ん?」
「え?」
リーナが分からなければ俺にも分からない。
「ま、まぁ戦闘になってみないと分からないか。もしかしたら前の時みたいに見えない剣になるかもしれないしな」
「あれは武器としての私の力。詠唱をすることでイメージを2人で共有して互いの魔力を融合させる事で出来ること。さっきの戦いの時にソロンがバレットを使って爆発する魔力の弾を撃っていたようなもの」
「沢山の銃が空中に浮かんでるように見えたのが真名を使った時の力ってことか?」
「多分そう。私も自分の真名を使ったことはないから何となくしか分からない。でも使う時になったらイメージが湧いてくるんだと思う。契約者との繋がりってそういうものだから」
つまりは戦闘になったら行き当たりばったりでどうにかするしか方法はないと言うことだ。リーナの強さは分かっている。それをどう使うかは俺の手にかかってる。2人で力を合わせないと勝てるものも勝てない。それを知れたのも今日の成果の一つだ。
外を見ると日が傾いており、耳を澄ませば寮の中が騒がしくなっていた。
きっと門限近くなり生徒が戻ってきたのだろう。
リーナのいる女子寮も男子寮と同じく門限があるためそろそろ帰らせないと面倒なことになる。
「そろそろ帰ったほうがいいだろ?門限もあるだろうし」
「うん。私が門限破ったりすると必要以上に責められるだろうし面倒だから戻るね」
「エリスさんには――」
「私が言っておくからロージスは態々会いに行く必要はない。偶然顔を合わせた時にお礼だけは言っていいよ」
「なんで許可制なんだよ」
ここ最近は笑うことも出来なくなっていたことに今気づいた。笑顔を浮かべる時に使う顔の筋肉が少しだけ違和感を覚えたからだ。
今日までの俺が徐々に限界に近付いていた事がわかる。
この転機はソロンと行った決闘のおかげだ。ソロンは言葉は決して優しいとは言えないが裏表のない人間のように思えた。自分の非は認め謝罪もする、そんな人間がいきなり俺たちが問題を起こすと決めつけて決闘を挑んでくるのには違和感があった。
どうせあの人の下で犬のように働くことが決まっているのだ。機会があったら聞けばいいだろう。
ソロンが答えてくれなくてもバレットに聞けば答えてくれるだろうし、なんていうかバレットの尻に敷かれているソロンの図がいとも容易く想像できるのだ。
「それじゃ戻るね」
椅子から立ち上がり扉の前に歩いていくリーナ。
ここに入ってきた時とは全く違う表情になっていたため、緊張や痼が少しは無くなったようだ。
「また明日な」
「キスとか、する?」
「しねーよ。そういうのはもっとちゃんとした時だ」
明らかにリーナの箍が外れているが気にしない。もしかしたらこれが本来の性格なのかもしれない。周りからの評価や扱いによって変化していただけで。
「最後に1つだけ聞いても良い?」
「なんだ?」
「私は武器。ロージスは武器である私に何を思うの?」
「簡単だ。リーナは武器じゃない。俺からしたら女の子だ。思うことなんて好きって感情以外ないよ」
「じゃあ私も人になれるように頑張るから色々教えて。これからもよろしくね」
「ああ。一生よろしくな」
部屋を出て去っていくリーナの後を俺は追うことはなく、部屋の鍵を掛けベッドに腰掛ける。
今日の別れがあっても俺たちの先は長い。どうせ明日もその次の日だって毎日顔を合わせるだろう。
だからリーナの後を追うことはしない。
俺がリーナの後を追うときはリーナが先を歩いてしまった時だけにしようと心に決めた。
・
sideリーナ
「おいアイツ契約者の部屋から出てきたぞ」
「この寮に悪魔の子が来てたのかよ」
「大丈夫か?俺たち……」
「なんかあったら寮母に言えばいいだろ。ってか寮母も何してんだよこんな奴入れるなんて」
「いっそのことボコボコにするか?」
「いや、会長の下に付いたって言ってたしその事が会長に知られたら俺たちもただじゃ済まないぞ」
「チッ。取り敢えず放置でいいだろ」
ロージスと沢山話せた。話してみたら私たちは互いのことを何も知らなかった。きっと今も知らないことはある。
その時になってみないと言えないことはあるし、今思い出せないこともある。でも私は隠し事はもうしない。全部を言葉にするのは難しいけど、頑張ってロージスに伝えようと思う。
この世界でただ一人の私の契約者だから。
「エリス、さん。帰ります」
寮母室をノックすると中からエリスさんが出てくる。
「分かりました。お気をつけて」
「あの、入れてくれてありがとうございました」
「……早く帰りなさい」
お辞儀を一回して男子寮を後にする。きっとエリスさんも私のことを好いてはいない。でも寮母としての立場と私情を天秤にかけて仕事を取ってくれたのだ。
そのことだけでも少しだけ嬉しく感じる。
今日はバレットには厳しいことを言われたけど私のことを思って言ってくれたのはなんとなく分かる。エリスさんも私情を隠して私のことを案内してくれた。
ロージスと話したことで少しだけ、少しだけれど見える景色が変わった気がする。
私に対してちゃんと話してくれる人の言葉はしっかりと聞こうかな。




