共依存性約束
「一つだけ約束をちゃんと決めよう」
今までしてきたのは約束という名の制約。リーナにとって俺とした約束はただの命令で、それを遵守することが大切だった。
約束を守ることではなく命令を聞くということが。
そのままでは俺たちの関係は変わらない。きっと今のリーナならば約束の意味がわかってくれるはずだ。
「約束、それは命令とは違うんだよね」
「違うよ。約束に強制力はない。だから各々が自分の意志で守ろうとしないといけないことなんだ。だから俺と約束をしよう」
「頑張る」
「最低限の人を傷つけないとかそういう倫理観的な物は勉強していこう。そういうものじゃなくて俺たち2人だけの約束だ」
「うん」
「不安に思ったり悩んだりしたら一人で抱え込まないで相談する。これだけは約束しよう。俺も出来るように努力をする。だからリーナも一緒に頑張ろうぜ」
「不安に思ったら言っていいってこと?ロージスに迷惑掛けない?」
若干此方の顔色を伺って話してくるリーナは少し変わったように思う。バレットと話して錯乱したのも悪い事ばかりじゃないみたいだ。
「確実に迷惑に思わないとは言えない。俺も人間だから。それでも絶対に跳ね除けたり無視したりはしない。むしろ迷惑に思うのならどうしてそう思ったのかも伝える。全部を伝えること、全部を聞くことが対等な関係じゃないって俺は思ってる。偶に喧嘩するかもしれないけどな」
「ちゃんと言ってね」
俺たちの関係はまだ何も変わっていないのかもしれない。だけど今日この時、確実にスタートラインには立てたと思う。
それからもリーナとは色々なことを話した。俺の好きな食べ物だったりリーナが興味あることだったり、日常的なことすらも俺たちは知らなかった。知っているつもりで日々を過ごしていた。
相手のことを思うフリをして自分のことしか考えていなかったのが如実に分かったのだ。
「それと不安なこととか悩むことあったら言っていいってロージスは言ってたよね?」
段々と饒舌になっていくリーナ。今までは下手なことを喋ると良い思いをしてこなかった経験から言葉数を少なくして必要なことだけを伝えるようにしていたみたいだ。
「言ったけど何かあるのか?」
「さっきエリス、さんの姿を目で追ってた。あれやめてほしい。あと他の女の人に触らないで。触らせもしないで。話しかけるのは問題ないけど私がいる時にして。それと」
前のめりになり捲し立てるように喋るリーナに圧倒されて俺は背中を後ろに傾ける。背もたれのない椅子に座っているため下手をしたら背中から落ちそうだ。
「ちょ、待て、落ち着け落ち着け」
「落ち着いてる。言いたいこと言っただけ」
「もう一回言ってくれ」
「他の女の人に触らないで。触らせもしないで。話しかけるのは問題ないけど私がいる時にして。私のことを思ってくれるのはロージスだけ。ならロージスも私のことを思っていて」
「お、おう……」
一言一句同じ言葉を言うリーナからは冗談を言っているような気配は見えない。おそらく本気でそう思って言っている。
世の中には束縛が強い女性がいると酒場で聞いた事があるが自分には関係ないことだと思って聞き流していた。こんな事ならもっとちゃんと話を聞いておくんだった。
リーナの態度からそういう事にはドライだと思っていたが内に潜めていただけだったようだ。
「いや、まぁ善処はする」
「うん」
再び元の体制に戻ったリーナは何事もなかったかのように会話を続ける。俺は未だにさっき言われたことがしっかりと理解できてはいないがリーナが良いなら良いことにする。
他の人に目移りするようなことは無いと思うが気をつけよう。
「そういえば聞きたいことが一つあんだけど、いいか?」
「なんでも」
「戦ってる最中にソロンがバレットの真名を呼んだだろ?」
「"撃鉄の行進"」
「そう、それだ」
「それがどうかした?」
「真名ってなんだ?大切なものってのは何となく分かるんだが」
決闘の最中にソロンが言っていた「真名は魂」という言葉が全く理解できなかった。アーティファクトの本当の名前ということなのだろうけどリーナにはリーナという名前がある。リーナの真名が何なのかも知らない。
「大切なものというか、私たち本来の力の名前」
「本来の力?」
「人間の姿をしている時の名前はリーナ・ローグ。アーティファクトとして武器化している時に力を発揮するための名前が真名」
「良く分からねぇ」
「武器としての名前だと思ってくれればいいよ。それが私たちの存在を表す、だからソロンは魂だって言った」
「じゃあリーナにも真名はあるってことか?」
真名が武器としての本来の名前ということだろう。本当の名前を知ることで互いに信頼を深め合いアーティファクトを使いこなすことが出来る。
ソロン達は互いを信頼していることがあの短い時間でも分かった。バレットの撃鉄の行進という真名を宣言することで特殊な技を使ったのはこの目で見ていた。
繋がりを強くすることで力を解放することが出来る可能性がある。
「あるよ」
「それって俺に言っても大丈夫なものか?」
リーナは首を横に振る。
やはり真名というのは本人にとって大切なものだから簡単に教えることは出来ないものなのかと内心では少しだけショックを受けたが、リーナの行動は俺の思うようなものではなかった。
「ロージス以外には言わない。ロージスにだから知ってほしい」
リーナは立ち上がり此方へ近づいてくる。座っている俺はリーナを見上げる形になる。
近付いてきたリーナは俺の右手を両手を使って包み込む。
「武器化して」
「え?」
「今なら武器化出来るはず」
「さっきできなかったのに今できるってなんでわかんだよ」
「何となく。でも私のこと信じてくれるんでしょ?」
そう言われたら断ることも出来ない。俺は心の中でリーナを武器化するイメージをする。目をつむり手に意識を集中するとリーナの手の温もりと、その熱が俺の中に入ってくる気がする。感覚で、これがリーナとの繋がりということが分かる。
「本当に出来てるじゃねーか」
「(だから言ったでしょ?)」
目を開けて右手を見ると真っ赤な刀身の燃えるような剣が俺の手に握られていた。
「(これでロージス以外には聞かれることはない。だから教えてあげる)」
武器化したリーナの声は俺の頭の中に響いてくるため他の人に聞かれることはない。やはり真名は人に聞かれたくないみたいだ。
「(私の真名は"静かなる焔")」
リーナにピッタリの真名だと心の中で思ったが武器化しているリーナには伝わっていた。




