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夜襲

 その日の夜はグレンバード家は非常に静かだっただろう。当主も、その息子も兵士でさえも奴隷商人を摘発するために動いており、グレンバード家には僅かな人しか居なかった。

 勿論俺もグレンバード家には居ない。親父たちが来るよりも先に奴隷商人のアジトに潜伏していた。


 アジトの回りを見て回っていると1つだけ立て付けの悪い窓があった。その窓は木の窓であったため簡単に外せる。中を確認すると、そこは通路らしく、観察をしていても人が通ることは少なかった。何回か通る人がいるがその人は食べ物を持って行き、戻る時にはその手に食べ物がなかった。食べ物は質素なものであり、奴隷商人が食べるようなものではなかったため恐らく奴隷たちはあの先にいると考えられる。


 夜が深くなる頃に、俺は窓から潜入し奴隷たちのもとに向かった。親父たちが来るまでにはほんの少しだけ時間がある。見張り番のようなものも居ない扉を開けると地下に階段が続いていた。


 その階段を降りると薄暗いが明かりが灯っている。等間隔に蝋燭の火が付いており、歩くのには不便無さそうだ。何があるかわからないため物陰に隠れながら進むも、進めど進めど奴隷の姿も奴隷商の姿もない。


「もしかしてハズレか?あの子はどこに……」


 あるのは開け放たれた牢屋のみ。奴隷の数が少ないのだろうか。人の立てる音すら聞こえない。奥に進むと嫌な匂いがだんだんと強くなる。地下であるため換気が確りとされていないのだろう。


「くっさいな……。こんな臭い今まで嗅いだことないぞ」


 ただ暗闇を進むと開け放たれた牢屋に人の影が見えた。影と言うよりも人の手が見えただけだが。牢屋扉から手だけを出している。俺の立てた物音で誰かが来たのだと分かったのだろう。

 多分、ここの奴隷商たちはコソコソこの場に来たりはしない。その違いで何か別の人が来たことを察知したのだ。ここから出られさえすれば何とかなると思っているのだ。


 俺の目的はあの子だけだが、態々助けられる命を見捨てるほど残忍な性格もしていない。

 ゆっくりと牢屋に近づきながら小さな声で問いかける。


「俺は奴隷商じゃないぞ。助けに来た。牢の扉が開いているから出てきてくれ」


 助けに来たと言ってもそれをやるのは兄貴と親父だろう。先に助けたということを刷り込みたいがために俺は今この場にいるのだ。混乱に乗じてあの子と逃げ出せば良いわけだし。


「おい。聞こえてるのか?もしかして気を失ってる?」


 牢屋の近くまで歩いていき、声を掛ける。薄暗くてよく見えないが人の手で間違いないだろう。牢の外に手を伸ばしている。応答が無いため気を失っていると判断し、その手をつかみ牢屋から引っ張り出そうとする。


「は?」


 思いの外、簡単に手を牢屋から出すことが出来た。


"手だけを掴んだまま"。


「うわぁ!なんだコレ!なんで、えっこれ手……」


 俺は引っ張った手を投げ捨ててしまった。尻もちを付いて後退り向かいにあった牢屋にぶつかった。そして前方の牢屋を見る。やはり暗くて中は見えない。右を見ると俺がぶつかった牢屋の扉は開いていた。


 恐る恐る牢の隙間から中を覗き込む。蝋燭の火のおかげで見たくないものも薄っすらと見えてしまった。

 そこにあったのは首と手と足と胴。全てがバラバラに、乱雑に置かれていた。


「っぷ……オエッ!ゴホッゴホッ!」


 堪らずに吐いてしまった。遊び呆けていた俺はこんな物を見たことがない。奴隷商と言っても子供を売る程度にしか考えていなかった。

 それが、こんな。奴隷商ってなんなんだ。


 俺は今来た道をもう一度見る。

 その道は物音がせず、牢が沢山並んでいる。そして、その牢の扉はほとんど全て開いていた。


「もしかして、物音がしなかったり変な匂いがしていたのって」


 先の道も見る。その先も牢屋はすべて空いていた。


「な、なぁ誰か居ないのか?」


 必死に声を掛けるも応答は何もない。横も見ずにただ進む。

 上からは大きな物音がした。恐らく親父たちが入ってきたのだろう。俺は戻ることも考えた。親父たちに怒られても良い。何を言われても良い。この状況から逃げ出したかった。でも戻れない。あの子がまだ生きているかもしれない。それに戻ったら、この惨状を生み出した何かと相対してしまうかもしれない。

 

「おい、だれか……だれか……」


 もはや入ってきた時の意気揚々とした様は鳴りを潜めていた。今まで味わったことのない恐怖からか涙も鼻水も身体から流しながらただただ前に進む。進み続ければ終わりがある。目の前には壁が現れた。見ていなかったから気付かなかったがこのあたりの牢屋は鍵が閉まっている。


「終わりだ……」


 誰も居ない。戻っても殺されるかもしれない。最初はただの好奇心だったのだ。楽しそうとかあの子にモテたいとか不純な気持ち。好奇心が俺を殺すのだ。家のものにも行き先を告げていない。この場所に俺がいることを知っている物はいない。


「頼む……親父……兄貴……。謝るから助けてくれ……」


 俺は自分一人では何も出来ない。


「汚い」


 一番奥の牢屋から声が聞こえた。生きている人がいるのだろうか。俺は這いずるようにその檻に向かった。

 檻の奥は暗くて見えない。ただ、蝋燭の光に反射するように赤いものが2つ光った。


「ひぃっ」


「貴方は何?あの男の仲間?」


 奥の人は俺に話しかける。


「ち、違う!助けに来たんだ!」


「無様ね」


「俺もそう思う。でも助けに来たのは本当なんだ。でもこんなことになってるとは思わなくて……」


「私が来た時にはみんな死んでいた」


 繋がれた手錠の音をジャラジャラと無らしながらひたひたという足音が鳴る。牢の奥の人は此方に近付いてくる。


「君は……」


「来る時外にいた人ね」


 奥にいたのは俺が助けたかった人。一目惚れをして格好つけたかったがために今の状況になってしまった無様な俺を彼女の赤い瞳は見ている。先程反射したのは彼女の宝石のような赤い瞳だった。


「誰を助けたかったの?みんな死んでる」


「君だ!君を助けたかった」


「私を?悪魔の子と言われている私?なぜ?」


「一目見て好きになったからだ」


「その結果がこれ?無様ね」


 正直、こんなことをしている時ではない。騒音は次第に大きくなっており、上の方では争いが起こっていることがうかがえる。彼女の言葉は辛辣だが少しだけ気分は落ち着いて冷静になれた気がする。この場でどうなった所で解決策は浮かばないが。


「それより気をつけたほうが良いわ」


「え?」


 彼女の言葉を聞き返す。気を付けるも何もこの場ではどうしようもない。親父達が助けに来てくれるのを待つしか無いのに。


「あいつ来るわよ」


 その声を聞き廊下の奥を見る。蝋燭によってところどころ照らされた通路。奥の方は見えない。いや、見えなくなっている。段々と蝋燭の光が消えている。誰かが火を消しているように。消える蝋燭は段々と此方に近づいてくる。


「おや?ネズミが一匹居るじゃないか。捕まる前に二人も殺せるなんてラッキー」


 前方から現れたのは食事を運んでいた男だった。


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