堰を切る
俺の感じていたことを素直に伝えて良いのか逡巡してしまう。いつかは言わなければいけないことと同時に隠して置いても良いことだとも思っていた。
俺の弱さを曝け出すことだしリーナを傷付けることにもなるかもしれない。
本音をぶつけるというのは相手のことを考えずに好き勝手言っていいということではないのだ。
「そうだな。リーナのことをどう思ってたか……。恥ずかしいんだけど俺とは釣り合わないって思ってた」
「釣り合わない?」
「ここからの話はリーナを傷付けるかもしれないし嫌な気持ちにさせるかもしれない。それでも大丈夫か?」
「大丈夫」
「嫌になったら言ってくれ」
「分かった」
了承を取れたところで話を続ける。きっとリーナは話を止めることはしない。自分がどう思われているかを知ろうと覚悟を決めてきた、そんな熱が俺にも伝わってくるのだ。
「釣り合わないっていうのはリーナと俺の強さだ。リーナは強い。そして俺は弱い。だから俺は守られることしか出来ないし、リーナを守ることも出来ない」
「リーナが村の見張りを燃やした話も路地裏でアーティファクトを殺したのもそう。俺がちゃんとしていればリーナを止められたかもしれない。純粋な力は勿論ないけどリーナに対して強く言うことが怖かったんだと思う。リーナの力を見ていたから」
「契約はどちらかが死ねば解除される。リーナが俺を殺して契約を切るかもしれないと疑心暗鬼になったこともあった。そして今日の決闘で武器化も出来なくなった。それで俺はもう終わりだってそう思ったんだ」
「纏めるとな、リーナに対して思っていたって言うよりはリーナを信じられなかった」
何も言わずに俺の話を聞いていたリーナ。話している途中には手を此方に伸ばそうとして引っ込めるのを何度も見た。きっと俺の言葉を途中で止めさせないようにしたのだろう。
リーナが信じられなかった、それが積もりに積もって俺の重りになっていたのだ。
「それにな、リーナは良くも悪くも目立つ容姿をしている。さらにはアーティファクトっていうすごい力も持ってる。なら平凡な俺は?弱い俺は?何をしてもリーナを飾る装飾品だ。誰かに認められたかった俺はそんなふうに見られるのが怖かったんだよ」
「ごめんな。俺の弱さがリーナを不安にさせちゃってさ」
「違う。違うよロージス。謝ったりしないで。きっと謝るのはこういう時じゃない。だって誰も悪くない」
いつの間にか立ち上がっていたリーナは俺の頭を抱きしめる。ベンチでの逆のことが行われている。あの時のリーナは錯乱しているように見えたが今の俺は平常だ。抱きしめられると恥ずかしいが何故だかとても安心する。
ちゃんとリーナの心臓は動いていて音もする。抱きしめる腕は温かい。
「そうだな。それじゃ俺の話は終わり。次はリーナの番。俺に対してどう思っていたのか教えてくれ」
抱き締められたままだと話しにくいためリーナを引き剥がして椅子に座らせる。表情は変わらないのだが不満げに見える。やっぱり自分のことは話したくないのかもしれない。
「私がどう思っていたか。ロージスが好きって思ってた」
「いや、そうじゃなくて。その、俺の行動に対してだよ。リーナに怒ったり、突き放したり色々しただろ?それに対してどう思ってたかを聞きたいんだよ」
「だからロージスのことが好きって」
リーナが何を言いたいのかが分からなくなってきた。今までなら何が言いたいか分からなければ諦めてしまっていたが、今日は諦めずに根気よく話を聞く。
「もっと詳しく話してくれ。時間は沢山あるんだから」
「詳しく……。ロージスが私のこと好きって最初に言ってくれたから絶対に私のこと裏切るはずがないって思ってた。だから何を言われてもロージスの言う事は正しいって。ロージスが怒るってことはダメなこと。だからロージスの言う事を聞いていれば私のことを好きで居てくれるって、そう思ってた」
リーナにはリーナなりの俺が言ったことを聞く理由があった。何故か俺の言うことを聞く存在だと思っていたがちゃんと話をしなければ分からないことがあると今はっきりと分かった。
元々リーナは常識が欠如しているところがあった。それがどうしてダメなのかを本人が自覚するように伝えなければダメだったのだ。俺の言うことだからと守っていたならばいつかそれは瓦解する。
「それにロージスは弱いから。すぐに死んじゃうから。私が守らなければいけないって思ってた。私の心の中のロージスのことだけを考えてたの。そうしたらバレットに言われちゃった」
リーナは俯いて手を強く握る。
深呼吸してから言葉の続きをゆっくりと吐き出した。
「ロージスに捨てられるって」
ほんの数秒の間、俺は呼吸を忘れてしまっていたかもしれない。
リーナが俺に捨てないでと言ったのはバレットの言葉によって心が動いてしまったからだ。その前にも色々話していたのだろうがその言葉が決め手になってリーナは錯乱してしまっていた。
「今まで考えたこともなかった。ロージスは私のことを好きって言ってくれる、だからずっと私と一緒だって。でもバレットに言われて気づいた。独りよがりな私じゃロージスの横に立てないって」
「違う。俺だってリーナの横に立てないって悩んでた。隣で歩いて行きたいって思ってた。でも俺の弱さがそれを認めさせてくれなかった」
「なら私も弱いよ。ロージスが思うほど私は強くない」
きっとリーナの中で何か考えが変わったんだと思う。それこそ今まで閉じ込められていた空間に穴があいて堰を切ったように感情が溢れ出していた。
なんとなく分かるのだ。前よりも鮮明にリーナの感情がわかる。リーナも俺も、相手が自分のことをどう思っているのかを不安に思って不安定になっていた。
「なんだ。じゃあ俺たちは一緒じゃん」
「一緒?」
俺たちは一緒。力とかの強さじゃなくて精神の問題。2人とも1人では生きていけないんだと思う。でも誰かを支えにして生きていくことはできる。
「2人とも滅茶苦茶弱いってこと」
「そうかもね」
初めてリーナの笑顔を見た気がした。
やっぱり俺はリーナのことが好きみたいだ。僅かに口角を上げる程度の笑顔でもそれを守りたいと思ってしまうのだから。守り守られて支え合い生きて行く。きっと俺たちの道はこれしかない。
「弱いなら支え合って肩を並べて歩くしかないよな」
「置いてかないでね」
「引きずってでも連れて行く。一緒に生きていこうぜ」
きっとこれからも不安は抱えるし、後悔をすることもあるだろう。その度に今日みたいに2人で話し合うことにもなるはずだ。
でも俺たちは一蓮托生。何があっても袂を分かつ事はきっとない。2人で同じ歩幅で歩いていく。




