燈
エリスさんがリーナを連れてくるまでそう時間はかからないはずだ。それにも関わらず俺は部屋の中を落ち着きもなく彷徨っている。
いつも会っているはずなのに、敢えて会おうとすると緊張してしまう。
椅子に座ってみたり、ベッドに腰掛けてみたりと部屋の中を転々としていても落ち着かない。椅子は2つあるためリーナが来ても特に問題はないのだがどっちに座るかやベッドに座らせたほうがいいか等のどうでもいいことが頭を過ってしまう。
今から話すことはそんな浮ついたことじゃないはずたが、どうにも緊張感が足りていない気がする。
「なんていうか、何を話しても大丈夫な気がするんだよな」
この部屋にはまだ俺しかいないが、虚空に向かって語りかけた。
まるでそこに自分自身が映っているかのように。
「リーナとは一生一緒にいる覚悟ができた。リーナが俺と一緒に居てくれるかは置いておいて」
「だからリーナに何を言われても俺は何とかするつもりだ」
「契約解除したいから死んで欲しいって言われたら困るけどな」
言っては見たもののリーナがそんなことをするとは微塵も思っていない。
まだリーナのことは全然知らないけど俺のことを何度も守ってくれた。失望していたとしても俺に死んで欲しいと思っているとは考えられないし考えたくない。
それに先ほどの様子を考えてもリーナは俺に「捨てないで」と縋るように言ってきた。あの時は動揺してしまっていたが、思い返すと嬉しい気持ちになってくる。リーナも俺との繋がりを大事に思ってくれているという表れだった。
「兎にも角にも、リーナと話さないとな。俺の考えも伝えてリーナの考えも知る。そして対等に話し合える関係になる」
俺の決心と同時にドアが数回叩かれた。
「ロージスくん。リーナさんをお連れしました」
「はい。今開けます」
歩いて扉まで行く。開けると目の前にはエリスさんがおり、その後ろにはリーナがいた。
「私はこれから仕事がありますのでリーナさんが帰るときには一言お願いしますね」
「あ、はい。分かりました」
「それでは失礼します」
お辞儀をしてエリスさんはドアの前から移動する。所作の一つ一つが丁寧で少し見惚れてしまう。エリスさんが移動したことでリーナと俺が向かい合う形になったのはいいがリーナは俺の肩をグイグイ押して部屋の中へと入ってくる。
「あの人、あんま見ないで」
「いやちゃんとお礼言わないと」
「私が後で言うから」
「いや俺も」
「いいから」
何故だか強情なリーナに押され、部屋の中に入った俺とリーナ。後ろ手に扉が閉められ2人きりの空間が出来上がった。
コンコン
再び扉をたたく音。
「なんですか?」
「言い忘れてましたが、部屋の壁は厚くないので大きな声は出さないようお願いしますね」
「はい。分かりました」
「それと学生ですので避妊はしっかりと」
「しませんよ!」
「大きな声は控えてくださいね」
扉越しの廊下から聞こえる歩くことによってエリスさんが遠ざかっていくのが分かる。確かに女の子が男の部屋に来るというのはそういう事だと思われてもおかしくはない。
ただ敢えて言ったということはエリスさんにもそういう目的で来たわけじゃないということが分かっているのだろう。
誂いで性的なことを言われてしまうと反応に困るからやめて欲しい。
横で見ているリーナにも不思議な目で見られている。
「しないの?」
「しないっ」
「シャワー浴びてきたけど」
「今はそういうつもりがないっ」
「分かった」
エリスさんの冗談を真に受けてしまう人もいるのだ。後でちゃんとリーナのことを伝えて置かなければならない。
きっと今後もこの部屋に来ることがあるはずだ。
・
俺が悩んでいたのが嘘のように、2人とも自然と椅子に座り対面で話し合う形に落ち着いていた。
「さて、何から話そうか」
話したいことは考えていたはずなのに、いざ目の前にしてみると言葉が詰まって出てこない。伝えたいことを伝えるというのは簡単なようで難しい。相手がちゃんと分かってくれないと意味がない、それが原因で俺はリーナが信じられなくなっていたんだ。
「私は」
リーナは俺の顔をまっすぐと見つめて言葉を紡ぐ。
「ん?」
「私は、ロージスのことが好き。ロージスは今の私のこと好き?」
「ああ」
思わず即答してしまうような質問だった。リーナが好きかと聞かれれば答えは一つだ。嫌いになったこともなければ無関心になったこともない。
不安になってしまったことはあるが。
「ああ、じゃなくてちゃんと言葉にして」
「いや、えっと。なんで?」
改めて言葉にして伝えるとなると急に恥ずかしくなってしまい顔を背ける。ベンチでのことを考えれば今言う事は恥ずかしい内に入らないはず無のだが場の空気などもあって誤魔化してしまった。
「言ってくれないと、私が、不安だから」
リーナへと視線を戻し顔を見る。いつもの無表情とは少し違う少しだけ力の入った顔。よく見ればリーナは両手を膝の上で握りしめている。
「(落ち着けよ俺。リーナもきっと色々考えてここに来たんだ。本音をぶつけて話し合うって決めただろ。怯えるな、恥ずかしがるな)」
自分たちの不安を取り払う、そのためにも今ここで言葉にしなければならない。
リーナにとって言葉は自分に対しての悪意のあるものが多い。俺の言葉だけでもリーナの安寧の一助になりたい。
「そっか。ごめんな。俺もリーナのことが好きだよ。でも俺はリーナのこと何も知らない。だからちゃんと話し合って互いのことを知り合おう」
「うん。えっと、私はリーナ・ローグ。アーティファクト。えっとあとは……」
すぐに自己紹介を始めるリーナに少しだけ微笑ましく思う。そんな自己紹介は出会ってすぐに聞いたものだ。無表情だから分からないがリーナも緊張しているし動揺しているのかも知れない。
「落ち着いていいぞ。この場には俺とリーナしかいない。ゆっくり話そう」
「うん」
「大変かもしれないけどちゃんと言葉にして欲しい。ゆっくりでもいい。どうせ俺たちは一生一緒なんだ。この場で急いだって何も変わらない。ゆっくり行こうぜ」
どちらかが速くてもどちらかが遅くても俺たちは駄目になる気がする。同じ歩幅で同じ景色を見て、それぞれ違う感想を持って語らい合う。そういう未来を手にするための第一歩が今日なんだ。
「ロージスに聞きたいことがある」
「ん?なんだ?」
「ロージスは私のことどう思ってた?出会ってから今日までロージスが何を思って私に色々言っていたのかを知りたい。ロージスに私がどう思われていたのかを知りたい」
リーナの赤い目は炎のように燃えていた。




