飛べない鳥
校舎の外に出た俺は一応訓練場の付近にリーナが残っていないかを探すことにした。
リーナが生徒会室に来ていない以上、バレットと共に訓練場で会話している可能性があったからだ。
何故だかここ最近では全く感じていなかった感情が俺の中に芽生えている。リーナと会話をしたい。何でもいいから話をして、リーナのことをしっかり理解したい。分かっているつもりでも何も分かっていなかった。
リーナもきっと俺のことを知らない。2人で知っていくことから初めないと俺たちはスタートラインにも立つこともできないだろう。
周りの人達の目線など関係はない。これは俺達2人の問題だ。今後とも一緒にいて並び立つにはこの問題と向き合わなければならない。
今、周りが何かを言っても数年後には顔を合わせることもなくなる。リーナとはそれ以降も一緒にいるのだ。目先のフ不安よりも、先々の未来を俺達は考えなければならない。
足取りは軽くはなく、ソロンと話したことや自分の思ったことを1人で整理しながら訓練場へと向かう。訓練場での決闘を観たあとは興味をなくしたのか周りには人がいなく、俺にとっては都合が良かった。
歩いているとまばらにあるベンチの1つにリーナが座っているところが見えた。
ソロンはバレットと一緒にいると言っていたが付近に見えるのはリーナの姿だけだった。
「おーい、リーナ」
リーナは椅子の背もたれに背中を預け、空を見上げながら微動だにしなかった。心配なこともあり、少し距離があったが俺はリーナに声を掛ける。
「……」
リーナは俺の声が聞こえていないのか反応は何もない。先ほどの戦いで俺はリーナに失望されて見捨てられたという考えが一瞬だけ脳裏を過ったがその考えを振り払う。リーナから直接言われるまではただの空想だ。
リーナの座るベンチへと驚かせないようにゆっくりと近づき、リーナの肩を叩いて声をかけた。
「おい、リーナ。大丈夫か?」
「ロージス?」
俺の方をゆっくりと振り向いたリーナの顔はいつもの表情とは違った。髪が頬に張り付いている。綺麗な赤い目は少しだけ潤んでいて、もしかしたら泣いていたのかもしれない。
「どうした?体調悪いのか?」
「違う」
「周りの奴らになんか言われるのはやっぱりキツかったりするのか?」
「違う」
「取り敢えずここに居ても――」
違う。俺が今やるべきことはこの場から離れてリーナが落ち着くのを待つことじゃない。
それだと今までと一緒だ。
俺がまず変わらなきゃ、この関係は変わらない。
「違うな。リーナ聞いてくれ」
「いや。やめて。捨てないで」
捨てる?
リーナは一体何を言ってるんだ。俺がリーナに愛想を尽かされるのは分かる。実力が釣り合っていなく戦いでは役に立たなかったから。
しかし、俺がリーナに対して愛想を尽かすことは絶対にない。元々リーナのことが好きなのだ。一生一緒にいることの覚悟も決まった。
「何言ってんだよ」
「違う。違うの。私、ロージスの為に」
「待て待て、何言ってんのか分かんねぇよ。落ち着いてくれって」
俺の方を見ているはずなのに目が合うことは無かった。リーナは目の前に俺以外の何かを見ている。それに対して言い訳のように言葉を並べて、何かを否定しようとしている。
俺の為にリーナが何かをしてくれているのは薄々分かっている。助けてくれたことも一度や二度じゃない。それに対して俺が拗らせていたのも事実。
リーナが何を思って、今喋っているのかを聞き出さなければならないのに、リーナは落ち着く様子もなく錯乱しているような状態だった。
こんな姿は短い付き合いの中でも見たことがない。いつも表情を殆ど変えずに言葉数も少ない会話しかしないリーナが今は何かに縋るように俺の方を見ている。
「(この姿……。そうか。俺もこんな感じだったのかもしれない)」
きっとリーナは不安なんだ。バレットと何かを話して、それがリーナの心を動かしてしまった。俺はソロンと話すことで前向きになれたけど、リーナはきっと違うんだ。アーティファクト同士で話すことで何かを言われたのかもしれない。
そうだとしてもバレットに怒りなんて微塵もわかなかった。この状況で思うことではないが、リーナの人間らしい姿を見ることが出来たのだ。やっぱりアーティファクトだって人間だと、そう思えたのだ。
「リーナ、落ち着いてくれ」
「お願い。捨てないで。武器化もちゃんと出来るようにするし、ロージスの言うことだってちゃんと聞く」
「大丈夫だから」
「ロージスは私の見た目が好きって言ってくれた。孕むことは出来ないけどセックスも出来る。酷いことだってロージスならしてもいい。だから」
「リーナ!」
落ち着くのを待つなんて悠長なことを言ってられるような状況じゃない事に気付くのが少し遅かった。
明らかにいつものリーナじゃない。いつの間にか掴まれていた腕は強く握りしめられ、リーナの顔も近づいて来ている。リーナは俺に捨てられると考えて恐怖している。それは俺がリーナに感じていた感情と同じ物。
それならば俺がされたかったことは一体何だったのだろう。
きっと。
「大丈夫だリーナ。俺はさ、リーナが居ないと駄目なんだよ。ずっと一緒に居て欲しい。契約者とか関係なくリーナのことが好きなんだよ。だから安心してくれ」
掴まれていた腕をそっと話してリーナのことを抱きしめる。女の子なら、きっと泣き顔は見られたくないだろう。抱きしめてリーナの顔を俺の胸に引き寄せる。
リーナはされるがままに俺に身を委ねる。先程までの様子とは違い、リーナは喋ることも無くただ震えているだけだった。
俺が欲しかったものは多分、人の温もりだったんだ。
不安に思うのは人間にとって仕方のないことだ。その不安を共有して共に悩んでくれる人、包みこんでくれる人、そしてその悩みを肯定してくれる人。
それは俺がリーナにちゃんと話すことが出来なかったから拗れていたもので、リーナの不安は俺に話すことで楽になるかもしれない。
話せば楽になるなんて軽々しく言えないかもしれないけど。
「リーナ。一緒に苦しもう。俺たちは一生一緒に行きてくんだから」
話すことで同じ苦しみを分け合うことはきっと出来る。
「俺もさ、リーナに捨てられるかもって不安だったんだよ」
「私はそんなことしない」
「でも俺はそうは思えなかった。きっと今のリーナもいくら俺が捨てないって言っても信じられないと思う」
「私はロージスを信じる」
「そうだとしても心の中で蟠りは残るはずだ。俺たちは最初から間違えてたんだよ」
リーナ抱きしめていた手を、綺麗な白髪が傷つかないように頭に乗せゆっくりと撫でる。
くすぐったそうに身を捩る姿は少しだけ落ち着いてくれたようにも見える。
そういえばリーナにちゃんと触れるのは初めてだったかもしれない。本当に俺は何をしていたんだろう。
「だからさ、もう一度ちゃんと始めよう。俺たちは互いのことで知らない事が多すぎる。ちゃんと話して互いの好きなところも嫌いなところも理解しよう。そうしたらやっと俺たちは横に立って歩けるんだ。だから2人で話そう」
リーナの動きは止まっており、俺は続きの言葉を紡ぐことはなかった。
ただ、頭を撫でる手は止めることをせず、リーナの返答を待つ。
そこからどれくらいの時間が経っただろうか。きっと実際には数分しか経っていないのかもしれない。
それでも俺たちが何も無く過ごした時間としては今までで一番長かったと思う。
リーナの手が頭を撫でていた俺の手にそっと触れる。
そして、ゆっくりと俺の手を握った。俺の存在を確かめるように力を入れたり緩めたりを数度繰り返した後、俺の胸に頭を預けながらリーナはポツリと呟いた。
「今は顔見ないで」
「うん」
「それと話すなら外は嫌。2人きりで話したい」
「うん」
「あとでロージスの部屋に行く。だから待ってて」
「分かった。ちゃんと待ってるよ」
握ってきたリーナの手を強く握り返して、初めてリーナとの対等な約束が出来た気がした。
飛べ




