同じ気持ち
ロージスにどう思われているかなんて私からしたら至極明瞭で、態々考えるまでもないことだった。
だって出会った時にそう言われたから。
私にそう言える人の想いが変わるはずないから。
「どう思ってるって、私のこと好きだよ」
「それを言えるのはすごいことだけど……。でもそういうことじゃないんだよ。勿論ロージスくんはリーナちゃんの事を好きかもしれない。その裏にある想いをリーナちゃんは分かってるのかな?」
「裏にある想い?」
「そう。好きでも不満に思うことがあるし、好きって想いが揺らぐこともある。リーナちゃんはロージスくんと確り話してる?」
「うん」
「本当に?」
今日だってちゃんと話した。私の問いかけに答えてくれたし、ロージスからも話しかけてくれた。話していないことはない。目の前のバレットだってその様子を見ていたはずだ。
「バレットも見てた」
「言葉を交わしているのは見たけどね。アーティファクトと契約者に大切なのは心のつながり。心を伝える会話をしたことがあるのかって聞いてるの」
心を伝える会話とは一体なんだろうか。態々自分の心を晒す必要が分からない。ロージスは私のことを好きってことだけが分かればそれで良いはず。
良いはずなのに。
「ロージスが、私のことを好きって言ってくれた。でもそれ以外の事が分からない」
「うん」
「私の行動に対して色々言ってくる。でもロージスが何を考えて何を思っているのか私には分からない」
「きっと知らず知らずのうちにリーナちゃんは、ロージスくんが自分のことを好きっていう想いだけを重要視して他のことを疎かにしちゃったんだよ。ロージスくんが何を思っているか分からないから」
バレットの言葉でロージスに出会ってからの私を思い出す。
ロージスが最初に好きと伝えてくれた時はその好意に対して好意を持った。段々と過ごしていくうちに、ロージスの行動は私のためを思うものになっていった。私がいけない行動を取った時にはロージスは私のことを諌めた。
その時、私はロージスの顔を見ていただろうか。
ロージスの顔は悔しさや悲痛に暮れていなかっただろうか。
ロージスの言葉だけを信じて、ロージスという人間の事をみていなかったのではないだろうか。
「ロージスの考えてることがわからないのが不安……かもしれない」
「全部教えてくれるわけないからね」
「でも私は武器だから……。人の考えることがわからない」
「リーナちゃん、人間と私達アーティファクトって何が同じか分かる?」
バレットの質問は話の流れを変えるようでいて、その実、話の結論へと向かっていた。
アーティファクトと人間の違い。ロージスは私も人間に見えると言っていたが私にはそうは思えない。悪魔の子として見た目で蔑まれてきた経験からも同じ人間として扱われたこともないし、そもそも武器になれる人間なんて存在しない。
「わからない」
「私が同じだと思うのは心だよ。何かに対して悩んだり迷ったりするのは人もアーティファクトも同じ。大差ないんだ。だから契約者と心を通わせることができる。リーナちゃんが一歩踏み出して、ロージスくんも一歩踏み出せばそこから2人で歩んでいけば良いんだ」
心。私は何に迷って、何に悩んで居るのか今なら分かる。ロージスとの関係に迷って、ロージスとの今後に悩んでいる。気が付けば前までは一切感じなかった不安や焦りなどの感情が私の中にあることに気付いた。
「私、ロージスを守りたいの。人間は弱くてすぐ死んじゃうから私が守らないと」
言おうと思って喋ったわけではなかった。
何故かその言葉が自分でも無意識のうちにこぼれ落ち、バレットはそれを拾う。
「好きな人を守りたいっていうのは大切。でもそれはリーナちゃんだけじゃないと思うよ」
「私だけじゃない?」
「もしかしたらの話。ロージスくんもリーナちゃんを守りたいって思ってるかもしれない。だって男の子だもん」
どこか、過去を思い出すように優しい笑みを浮かべながら呟く声は温かさを感じる。
ロージスが私を守りたいなんて思うのだろうか。私のほうが強いし、ロージスは凄く弱い。私を守れるほどの力があるとは思えなかった。
今までも結局ロージスは何も出来なくて、私が何でもしてあげた。
ロージスは死なないように私の後ろにいて生きててくれればいいのに。
「でもロージスは弱い」
バレットは深い溜息を吐く。そして片手で頭を抱えるような素振りを見せる。
「さっきからリーナちゃんは自分のことばっかり。ロージスくんのことを好きっていう割にロージスくんの事を考えてない」
「む。私はロージスのことを何時も考えている」
どんな時だってロージスの事を考えて行動している私に的外れな指摘をするバレット。
先程からの会話を聞いていれば私がロージスのことを考えているのは分かってくれたと思っていたけど思い過ごしだったようだ。
「リーナちゃんが考えてるのは頭の中で作り上げたリーナちゃんだけのロージス君だよ。ロージスくんは君の頭の中じゃなくてちゃんと意思を持って生きてる。目の前にいる本物のロージスくんの事をしっかり理解しないとだめ」
「わからない。バレットの言っていることが……」
難しい。武器である私をバレットもロージスも人だって言ってくれるけど、何を言っているのか分からない。
人が何を思っているのか。どんな感情なのか私には――。
「そうしないとロージスくんに捨てられちゃうよ?」
バレットのその言葉だけが私の頭に響いた。
・
気がついた時には周りには誰もおらず、日も暮れていた。私はどれだけの間このベンチに座っていたのだろう。
バレットに言われた最後の言葉。
『ロージスに捨てられる』
そんな事は考えたこともなかった。そもそも、私とロージスは契約者の関係で捨てられるということはない。どちらかが死ぬ事で契約は切れるがそれは捨てられる事には繋がらない。
捨てられるということは事実としては存在しないのだ。
でも、その言葉を言われた時の胸の締め付けは何だったんだろう。気が付いたら日が暮れていたこの感覚は何だったんだろう。
ロージスから捨てられると考えると心拍数が上がり、焦ってしまうこの気持ちは一体なんだろう。
ロージスに注意される事が多々ある私は思い当たる節が多すぎる。それがロージスの気に障って私が見放されてしまったとしたら、考えるだけでも頭が真っ白になる。
もっとしっかり言うことを聞けば良いのかと思うけど、それは今までの私と同じでロージスに見放されてしまうかもしれない。
ロージスの前に立って守るどころか、横に立つことも出来ないかもしれない。
ロージスは弱い。でも、私よりも人間としてしっかりと生きている。
武器の私はロージスの横にちゃんと立つことはできるのかな。




