整理
「飲み物は要るか?」
「いや、いい」
「そうか」
生徒会室に着いた俺は勧められるがまま椅子に座る。室内を見回しても、書類の入った棚と机と椅子以外は目ぼしい物が何も無い部屋だった。
ソロンは自分のことを生徒会長と言っていたが、この部屋で仕事をしているのだろう。
「単刀直入に聞こう」
俺の座った椅子の対面に腰掛け、自分で入れた飲み物を一口飲むとソロンは喋りだす。この部屋には俺以外いないため、その質問は俺に対してのものだと自然と理解できた。
「なんだよ」
「あのリーナ・ローグの事をどう思っている?」
「え、あ、は?」
もっと今日の決闘のことを聞かれると思っていたので、肩透かしを食らった気分だ。仮に聞かれたとしても何も答えることは無かったと思うが。
「どう思ってるって……」
改めて他人に聞かれると小っ恥ずかしくなる。同じ学校の先輩と恋バナをすることになるとは思わなかった。頭に浮かぶリーナの顔は、俺が一目惚れした時の顔で、それを考えると顔が熱くなる。
「その反応でだいたい分かるが、その事について話がある」
「悪魔の子だからどうこうって話なら聞かないぞ」
「そんな低俗な話をするわけがないだろう。アーティファクトを武器化出来なかった件の話しだ」
恋バナだと思って気を抜いてしまった自分を後悔した。ソロンの性格的にも恋バナをするために話しかけたりするわけもなく、此方の緊張をほぐそうともするわけはない。
リーナが武器化出来なかった理由と俺がリーナのことをどう思っているのかが関係あるのだろうか。
「聞き方が悪かった。リーナ・ローグへの負の感情を聞きたい。リーナ・ローグに話していない事をだ」
戦いの中で俺がリーナに対して劣等感や猜疑心を抱いていたことに気づかれてしまっていた事は明確だった。
リーナに対しての負の感情は俺の弱みを他人に言うことにも繋がる。今ここで口にすることは恥ずかしくて出来ない。
「それより、あんたはリーナのことを悪魔の子って呼ばないんだな」
ソロンは最初に会った時以降、リーナのことを悪魔の子とは呼ばなかった。バレットに至っては悪魔の子とは1回も呼んでいない。リーナの名前も呼んでいなかったが。
周りの生徒は皆、忌避感を込めて悪魔の子という呼び名をリーナに対してぶつける。ソロンはそれをしない。その事がふと気になり、自分に対しての問を誤魔化すように問い返した。
「お前が呼ばないように言ったのだろう?」
「それは俺が勝った時の条件で……」
「そんな物、僕が変えればいいだけだ。勝ち負けの問題ではない。嫌がっている事が分かった以上それを続けるというのは正しい行いか?それでバレットに胸を張れるか?」
「いや、そうか……。ありがとう」
「気にするな。後でリーナ・ローグにも謝罪するつもりだ」
「でも、昔から伝承で忌み嫌われてるって……。それで周りの生徒は……」
「自分の目を信じろ。お前が見るべきは周りの目ではない。リーナ・ローグだろう。それに俺は忌み嫌われる者の気持ちを知っている。僕は自分で気付ける範囲では加害者になりたくないのだ」
俺が気にしていたのは何時だって他人からの目だった。
家にいた時も、学園の中でも、周りからの目線ばかり気にしていた。俺の評価をつけるのはいつも他人だったから。
リーナを言い訳にして、俺は人の目から逃れようとしていたのかも知れない。
ソロンがどうして俺達に決闘を申し込んできたのかは分からない。聞いたら答えてくれるかも知れないが、今はその時ではないはず。今は、ソロンから今日の決闘について色々教えてもらうべきだろう。
サロンに対して敬意を持って話すことにする。多分この先輩は信用してもいいと、そんな気がする。
「俺がリーナに対して思っていることを話す、いや、話します」
「もう今更敬語はいい。態度で分かる」
「分かった。俺がリーナに思っていることは――」
俺は自分の感情を吐露する。その言葉は思いついたことをただ並べるだけで支離滅裂としていた。ソロンは俺の言ったことを相槌も打たずに聞いていた。
他人に話していると、段々と視界がひらけていく。自分の弱さを他人に見せているのと同時に自分でも客観視出来ているような感覚。
つらつらとただ喋った俺の話が終わるとソロンは口を開く。
「今なら自分で纏められるんじゃないか?リーナ・ローグに対しての感情を」
「俺はリーナのことが好きだと思う。確定しないのはリーナのことを良く知らないから。持っていた負の感情は凄すぎるリーナと俺を比べて勝手に抱いている劣等感だ。その劣等感ばかりが膨れ上がって、リーナに対して疑心暗鬼になっている」
「なるほどな。それが全部ではないと思うが、まあいい。自分の中で感情の整理を付けるのが第一歩だ。それでお前はどうしたいんだ?」
「どうしたいって、どういうことだ?」
「金輪際リーナ・ローグと関わらなければお前の劣等感がこれ以上膨れ上がることはないかも知れない。逆に関わっていくならばその劣等感を常に抱えて生きていくかも知れない」
リーナとは契約しているため、俺が死ぬかリーナが死なない限り契約が途切れることはない。だから関わらないというのは俺の人生を楽にする代わりにリーナのアーティファクトとしての人生を拘束するということだ。
俺の弱さで好きな人を不幸にはしたくない。世の中に嫌われていたって俺だけはリーナのことを想ってあげていたい。
「俺だって実力があればリーナと一緒にいたいし幸せに出来るもんならしたい。でも俺の弱さが……」
「お前の欠点はそこだ」
「欠点?」
「アーティファクトと一緒にいるのに必要なことは実力ではない」
アーティファクトを俺が使う事が出来なかったのは実力が足りていなかったからではないのか?
一緒にいるために必要なものは契約だと思っていたがそれも違うだろう。
ソロンがバレットと一緒に戦っている時、相手ながらとても手強く感じた。ソロンが相当な使い手でバレットも強い武器だとその時は感じていたが、それも違うのだろうか。
「その話の答えとともに、どうして武器化が出来なかったのかを解説してやる」
下ばっかり見てんじゃねぇ




