何もわからない
Sideロージス
リーナは俺に手を差し出していることは見えている。なかなか手を取らない俺に疑問の表情を浮かべているリーナをみても俺の心は動かなかった。
この先の自分を考えてリーナのお飾りとして生きていくならば差し出された手を取って、リーナに引かれて歩いていくのが一番楽だ。
そんな事は俺にも分かっている。
誰かに認められる為でもなく、リーナの隣にたちたいわけでも無くなった。俺は俺として皆に見てもらいたかった。
思い出してみれば、三男ということで家を継がなくていい立場の俺は親からも兄弟からも血のつながった存在としか見られていなかったと思う。自分の後を継ぐ存在や、自分の補佐をする存在など俺でなければ出来ない役割は与えられなかった。
そんな俺だけに与えられた立場がリーナの契約者だった。最初は浮かれていたんだと思う。凄く可愛くて美人な人が契約者で一生繋がりが持てることに。
蓋を開けてみれば、周りからは忌避の目で見られ、契約者として何も出来ない俺は、必要とされていない。
俺を俺として見る人は誰一人として居なく、悪魔の子の近くに居る異常者や、悪魔の子の契約者など全てがリーナ主体で俺は付属品だった。
そしてリーナにすらも「無理」と言われてしまったことで、俺の心は折れてしまったのかも知れない。
だからリーナの手を取るべきだ。これ以上傷つかないためにも。
「いや、いい。一人で帰る」
それなのに俺の身体は一人で立ち上がり、出口へと向かっていた。
「生徒会室来てって」
「悪い、1人で行ってくれ」
「でも」
「頼む。1人にしてくれ」
「分かった」
リーナは動かず、俺が外に向かうのをただ見ているだけだった。
一歩一歩進む足取りは重く、自分の体ではないみたいに。
頭は動いているのに何も考えられない。
俺は一体何のために生きているのだろう。
・
「何をしている」
訓練場から出ると、入り口にもたれかかっているソロンが居た。リーナの話だと生徒会室に居るはずだが何故ここにいるのだろう。
負けた俺を笑いに来たのか。
「疲れたから部屋に戻る。生徒会室にはリーナを連れて行ってくれ」
「ふん。そんな状態で何を言っている」
「負けたからな。なんだよ?笑いに来たのか?あんだけデカい口叩いておいて無様に負けた俺をさ」
「確かにあそこまで何も出来ないとは思わなかった。お前たちのことを過大評価していたみたいだったしな」
「じゃあもう放っておいてくれ。明日からならあんたの下僕としても何でも言うこと聞いてやる」
「明日からではない。今日からだ。最初の命令としよう」
ソロンは訓練場の中に入り、そこに立っているリーナに声を掛ける。
「リーナ・ローグ!ロージスを借りていくぞ!お前はここで待っていろ。バレットをここに呼んだ」
「分かった」
姿は見えないが会話が聞こえる。俺は物じゃないが今の俺に選択権は無いだろう。ただ流れに身を任せるだけだ。
訓練場からソロンがでてくる。何かを考えているような表情をしているが俺に言う命令を考えているのだろう。
「それではロージス。付いてこい」
「はいよ」
ソロンが俺の前を歩く。堂々たる立ち振舞、そして確りとした歩みの後ろを俺は只々ついていく。
俺から話すことは何もない。聞きたいことは山程あるがそれを聞いてもどうにもならない。
真名とはなんなのかとかどうして武器化でき無かったのかなど今更聞いても後の祭りだ。
俺から話しかけなくてもソロンからは話しかけてくる。
「ロージス。お前がどうして負けたのか分かるか?」
わざわざ立ち止まることもせず、歩きながら会話をしているため互いの顔は見えない。
「武器化出来無かったから」
「本当にそう思っているのか?」
「それ以外になにがあんだよ」
「山程あるだろう。武器化出来なかったのは結果に過ぎん。その過程が大事なのだ」
「何言ってんのか分かんねーよ」
ソロンは急に立ち止まる。俺は地面を見ながら歩いていたため、危うくソロンにぶつかりそうになった。
何か行動を移すなら一言言って欲しいものだ。
「お前が何も分からない様だから教えてやる。そのまま生徒会室に行くぞ。他には誰もいない」
俺に拒否権はない。
ただ前を進むソロンを追いかけるだけ。
そこからの会話は何もなく、人の目に晒されながら生徒会室に向かうのだった。
・
Sideリーナ
ソロンの言う通り訓練場で待っていると、さっき出ていったバレットが走りながら戻ってきた。
「ソロンから訓練場に来いって言われたから来たけど、居るのは君だけなんだね」
「ソロンに待っててって言われたから」
いつの間に連絡したのか知らないけど、契約者とアーティファクトは意思疎通の手段として頭の中で会話できるって聞いたことがある。遠距離武器ということも関係してるのだろうか。
「あの2人は?」
「一緒にどっか行った」
「あー。ソロンがロージスくんと話すから私が君と話してってことだろうね」
「よく分かるね」
「そりゃ信頼してるから」
バレットは訓練場の外から私を手招きする。それに従うように私は訓練場を後にした。そのままバレットの後を付いていくと、近くのベンチに腰掛けた為私も少し距離を開けて座る。
「そんなに離れなくてもいいのに」
「私と一緒にいると面倒」
「それもそっか。じゃあその距離でいいよ」
私は悪魔の子。学園内に来てから嫌な目で見られることも嫌な言葉も言われた。私は気にしないけどロージスは気にしていた。多分、バレットも近くにいたら面倒なことになる。今、一緒に居るのは仕方ないことだけどなるべく距離を離したい。
「それで何?」
「私は特に何もないんだけどね。ソロンが私を呼んだってことは何かあると思うんだけど。あの人言葉足らずなところがあるから」
そうやって語るバレットの表情は見たことのないものだった。頬を赤く染め、手を忙しなく動かしながらソロンのことを語っている。確か、私の中になぜかある知識では。
「バレットってソロンが好きなの?」
その表情や仕草、そして雰囲気は男女間にある恋慕の情が関わってると知っている。
「うん。私はソロンが好きだよ」
「契約者だから?」
「関係ないよ。私は武器だけど心は人間なの。だから人を好きになるし、人を嫌いにもなる」
それを言うなら私だってロージスのことが好き。私のことを好きって言ってくれるから。そんな事を言ってくれた人は今まで誰一人としていなかったから。
「君は?ロージスくんのことどう思ってるの?」
「好き。私のことを好きって言ってくれたから」
バレットとの距離が離れていても、近くに人がいないため言葉は相手の耳に届く。
バレットは立ち上がり、私の近くまで寄ってきた。さっき言ってた人を嫌いにもなるっていうのはたぶん私のこと。私のことは、ロージス以外は殆どの人が嫌い。きっとバレットもそう。
それなのに近付いてきたバレットに私は警戒心を露わにする。
「そっか。君は何も分かってないんだね。本当は自分で気付くべきなんだけど特別に私が教えてあげる」
バレットの方を向くと、バレットもこちらを向いていた。互いに顔を合わせると視線が交差する。ロージス以外で初めて人と目を見て話している気がする。
「バレットは悪魔の子が嫌いじゃないの?」
「私はアーティファクトだし、人間の忌み嫌う物をあまりどうこうは思わないよ」
「じゃあ何で私の名前呼ばないの?」
「悪魔の子とは関係なしに君のことが気に入らないの。でも、気に入らないと思ってたところが分かったからそれも含めて教えてあげる」
そう言ってバレットは笑顔でこちらの手を取る。その手は普通の女性の手で、アーティファクトとはとても思えなかった。もしかして自分も周りからそう見られているのだろうか。
目の前の女性は見た目は人間だけど武器だ。それなのに血は流れるし、呼吸もしている。
ロージス以外の体温の温かさを私は初めて知った。




