その武器は
ソロンが銃を構え引き金に手を掛ける。その銃口は確かに俺たちの方を向いていて此方を標的にしていることが見て分かる。
撃鉄の行進という武器がただの銃ではないことだけしか分からない俺にとって、未知の攻撃が仕掛けられることが確定しておりそれを対処するにはリーナの武器化をすぐにしなければならない。
「降りしきる雨の如く。放たれた想いは地を穿つ」
ソロンは聞こえるように何かを唱え始める。俺には何となく分かる。これは俺が殺人鬼と対峙し、そいつを斬った時にリーナと唱えた詠唱だ。
俺達のときは見えない剣で相手を斬り、その断面が燃えていた。
リーナは剣であり、バレットは銃だ。同じようなことが起こるとも思えないし何が起こるか分からない。
なりふり構っていまられない俺は差し出されたリーナの手を取る。
「リーナ!武器化してくれ!」
「うん」
サロンの周りにはいつの間にか沢山の銃が浮いており、その銃口は全て此方を向いている。銃は徐々に光を帯び始め、赤い光を纏った。
「足並揃えて射出せよ。1つの弾丸から無数の弾丸へ。進み行け」
「リーナ、早く!」
「うん」
ソロンの銃が纏っていた光は消えた。これは詠唱が失敗したからではなく、準備が完了した合図だ。
気がつけば観客の歓声は消えており、この場では自然の音しか聞こえてこない。先ほどまでの爆発音との差によって、風の音が鮮明に聞こえてくる。
俺とリーナは手を重ねている。恐らくソロンは俺達の武器化を待ってくれている。だから準備が終わってもすぐには攻撃をせずに構えるだけだ。
「ロージス」
「なんだ、早くしてくれ!」
「出来ない」
「え?」
「武器化出来ない」
リーナの言葉の意味が一瞬分からなかった。確かに俺たちは契約をしたし、心のなかに繋がりのようなものを感じている。
最初のときはちゃんと武器化出来た。どうしてこの土壇場になって武器化が出来ない?
理由は何も分からないままリーナの手は俺を手放す。そのままソロンの方へと数歩歩み寄り両手を上げた。
「降参。私達の負け。ロージスはもう無理」
他の音がなくなった今、リーナの声だけが鮮明に俺の耳に届いた。
・
リーナから「ロージスはもう無理」と言われた時、ショックよりも胸にストンと落ちる納得感があった。それと同時に少しだけ安堵してしまった。
リーナの力からすれば俺の実力なんてカスみたいなものだろう。その俺がリーナと契約しているという事実が俺の存在を卑屈にさせていたのだ。
この先何があってもリーナのお飾りとして生きていくしかない。アーティファクトの契約者としての俺。悪魔の子の近くにいる俺。何処まで行っても俺自身ではなくリーナの付属品だ。
だからこそ「もう無理」と言われた時、見放されたと感じて納得してしまったのだ。やっとリーナも俺の駄目さに気付いてくれたと。
俺の言うことを聞くリーナを見るたびにどうして俺がリーナに命令しているのかと思うこともあった。
リーナが守ると言ってくれてもそれに従うしか無かった。
俺はリーナの横に立てない。
武器化も出来なくなった今、俺が死ぬまでリーナを縛り付ける楔になってしまったのだ。
空を見上げると雲一つない快晴が広がっている。鳥は自由に羽ばたき、風は何処へ向かうのか。
俺は誰に負けたわけでもない。自分自身の心の弱さに負けて立ち上がれなくなっただけのことだ。
・
Sideリーナ
「降参……か。」
「うん。武器化できないし負け」
ソロンがアーティファクトを解除すると持っていた銃は消え、バレットが姿を現した。アーティファクトは武器である、撃鉄の行進というのがバレットの真名だけど今のバレットはロージス曰く人間であるらしいからバレットと呼ぶのが正しいだろう。
「お前はそれで良いのか?リーナ・ローグ」
「仕方ない。理由は分からないけど、今は無理」
「分かった。後ほど2人で生徒会室に来い」
「場所が分からない」
「案内板を見ろ」
これで私達の正式な負け。確か負けたらこの人達の下僕になるようなことを言っていた。ロージスと一緒だし何があっても大体は許せるだろう。
戦闘中にもソロンは直接ロージスを狙うことはせず、手加減をしていた。命の危険は感じなかった為、約束通り私は手助けをしなかった。それに魔法での攻撃も約束を守った。ロージスが離れていて相談も出来なかったから。
「諸君!」
初めと同じようにソロンは両手を大きく上げ、観衆に向けてアピールをし始めた。
「この勝負、僕たちの勝ちだ!」
そう高々に宣言すると一呼吸置いて観客席からは歓声が上がった。
「さすが生徒会長!」
「っていうか新入生何もしてなかったじゃん」
「逃げてるだけだったよね」
「アーティファクトって言うから何をするのか楽しみにしてたけどな」
「そのまま悪魔の子殺しちゃえばよかったのに」
「学園だし殺せねーよ」
「これでコイツらが学校ででかい顔出来なくなるな」
「そのまま退学しないかしら」
観客から私達に対する非難の野次が飛ぶ。私は気にしないけどロージスが気にするだろうからやめてほしい。学園の中でも私が悪く言われるたびに少し苦しそうな顔をしていた。きっとロージスは私のことを心配してくれている。だって私のことを隙って言ってくれていたから。
ロージスの方を見ると、やっぱり地面に座り込んだまま拳を握っていた。負けて悔しいのか、観衆の野次に怒っているのか分からないがそれも私のことを思っているからだろう。
「これでロージスとリーナは私達の下僕だ!これ以降勝手にコイツらに手を出すことは僕が許さん!分かったな!」
マイクパフォーマンスのように観客に宣言すると観客からは大きな歓声が上がり、ついにはソロンを称える声まで上がっていた。
誰一人として私達に対する労いの言葉はない。
「それではまたあとでな」
ソロンはそのまま訓練場から出ていった。それが合図となったのか観客もどんどんと訓練所から出ていき、次第に訓練場の中には私たちとバレットしか残っていなかった。そのバレットも訓練場を軽く片付けてから出ていってしまう。
「じゃあね、ロージスくんとアーティファクトちゃん」
「私の名前はリーナ」
「うーん。今の君は名前で呼ぶに値しないかな?ごめんね」
ロージスの事を名前で呼んで私のことは名前で呼ばない。もしかしてバレットはロージスが好きなのだろうか。ソロンと契約している以上、基本的に2人と契約なんて出来ないはずだし契約以外でただ好きになってるのか。許せない。私のロージスなのに。
観客が皆居なくなっても地面に座り続けるロージス。よっぽど疲れたのだろう。そういえばロージスが模擬戦とは言え実戦を行うのは私と契約をした時以来だったはず。
初めての実戦で疲れたであろうロージスを労うために私は近付いて、再度手を伸ばす。
「終わり。ロージスも帰って」




