拭えない劣等感
武器化したバレットの声は俺達には聞こえない。
契約者であるソロンにしか聞こえていない。会話だって頭で思うだけで意思疎通ができる。会話から相手の行動を読み取ることは出来ない。
考えてみれば確りと他人の武器化を見るのは初めてだった。前に見たときは路地裏で暗かったし、アーティファクトの方はリーナが――。
そして俺とリーナは出会った時以降武器化をしていない。屋敷では俺が頑なにリーナを武器扱いしたくなくて避けていたし、屋敷を出た後はリーナの力に頼ることが多く武器化をするような相手は居なかった。
「それでは決闘を始める。このコインが落ちたらスタートだ」
此方の準備をわざわざ待つことはない。既に相手が武器化している以上突っ立っているのは俺たちの勝手なのだ。
ソロンはコインを高く投げ上げ、全ての参加者がそのコインの軌跡を目で追った。落ちる前に此方も武器化しなければならないと思い、俺はリーナの手を握る。
「リーナ!」
「うん」
コインが落ちるのと同時に俺たちの手は触れ合う。
その瞬間、俺たちの足元で何かが爆発した。この場で俺達に攻撃をするものは1人、いや一組しか居ない。
「何をしている。遅いぞ」
ソロンの構えた銃口からは煙が出ており、何かを射出した事が分かる。爆発が起こった場所には何もないため、本来の弾丸を撃ち出した訳では無い。
ソロンが引き金を引き、バンッという音共に俺たちの足元では爆発が起こる。直撃を避けるため、一旦手を離して左右に避けることにした。手を繋いですぐに武器化出来なかったことからリーナと俺はすぐに武器化するほどの練度が足りていないのだろう。
「何をしている。早く戦わないと何もせずに負けになるぞ」
「そんなこと!分かってるっての!」
俺達に当てないようにしているのか地面ばかりを狙って撃っている。十数発撃っても弾切れの様子がないことから装填数という概念は無さそうだ。
ソロンはリーナを狙わずに必要に俺だけを狙っている。
「アーティファクトとの戦闘で狙われるのは契約者だ。契約者は殺せる。だからこそ武器化をしなければならない。それなのに何故お前は武器化しないのだ」
「こんな攻撃の中、武器化できるわけねーだろ!」
俺は兎に角逃げ回っている。地面には無数の穴が空いており、バレットの強さが見て分かる。リーナの方を見ると自分の手を見て立ち止まっていた。
止まない攻撃の中、武器化の隙が見当たらない。それならば隙を作り出すしかない。俺は大きな声でリーナに指示を出す。
「リーナ!魔法で隙を作ってくれ!その隙に武器化する!」
「うん」
「待て、リーナ・ローグ」
リーナが手を前に突き出し、ソロンに標準を合わせた時に待ったの声が掛かった。発したのはソロンだった。リーナの魔法に対して危機感を覚えたから待ったを掛けたわけではないのは此方への攻撃を止めて、リーナの方へと向いていることからも明白だろう。
「なに?」
「俺が望んでいるのはアーティファクト同士の決闘だ。攻撃せずに待っていてやる。お前もロージス・グレンバードのアーティファクトとして武器化しろ」
「そう。お言葉に甘える」
攻撃を一旦やめて、俺ではなくリーナの方へと武器化を持ちかけた。俺ではなくリーナに。ソロンは俺の弱さや契約者としての未熟さに気付いているのかもしれない。だからリーナに指示を出し、攻撃すらもやめて武器化を待つと宣言した。
大衆の中でこのような舐めた事をされては此方が勝った所でソロンの手心によって勝ったと思われてしまってもおかしくない。最初から武器化さえ出来ればもっと戦えていたのに。
「ついでに俺たちの真名も教える」
「真名?」
「この学園では皆知っている。お前が特別というわけでない」
「いや、真名ってなんだ?」
「は?」
真名ということは名前ということだろう。リーナにはリーナ・ローグと言う名前があるがそれ以外に本当の名前があるということだろうか。
ソロンの顔はみるみると変化し、呆れの表情を超えて憐憫の情が浮かんでいた。
「お前、そんなことも知らないで契約者やってるのか?」
「そんなことって名前だろ?ちゃんとリーナの名前は知ってる」
「はぁ……。そういうことではない。リーナ・ローグのアーティファクトとしての名を知っているのかと聞いている」
アーティファクトとしての名前?それがリーナではないのか。人間として生きている名前がリーナ・ローグであって武器としての名前は別にあるのか?
「まぁいい。バレットの真名は『撃鉄の行進』だ。」
撃鉄の行進。人の名前には思えない、それが武器としてのバレット名前。それならばリーナにも武器としての名前があるということだろうか。
此方へと歩いて寄ってくるリーナに対して俺は聞く。
「リーナの真名って」
「馬鹿かお前は!」
その答えはリーナではなくソロンから発せられた。その声と同時に止まっていた俺の足元からは爆発が起こり、ソロンが引き金を引いたことが分かった。
来ると思っていなかった攻撃のため少し衝撃で吹き飛ばされ地面に尻もちをついたが、地面に当てたこともあってかかすり傷もない。
「アーティファクトに取っての真名をなんだと思っている!魂だぞ!僕とバレットは互いに話し合って表に出すことを決めているんだ!大衆の前で何をしているんだお前は!」
ソロンが何に怒っているのか分からない。俺はリーナの名前を聞いただけなのだ。それだけでソロンは怒っている。名前が魂というよく分からないことを言っているし大衆に聞かれることがそんなに困ることなのだろうか。
俺は改めてリーナの事を何も知らないと思う。今この場で土埃に塗れている俺と此方にただ歩いているリーナ。どちらが強者でどちらが弱者かすぐに分かるだろう。アーティファクトの契約者として対等ではなく、使われていることも今のやりとりで大衆には分かられてしまったかもしれない。
「ロージス」
「リーナ……」
此方に歩いてきたリーナを見上げる俺。
またリーナに助けられている。大衆の前で恥ずかしいし情けない。あれだけ皆の前では近くに居られるのが大変だと思っていたのにいざという時には何とかして欲しいと我儘を思ってしまう。
差し出されたリーナの手を取ってしまえば俺はリーナに手助けをされなければ立ち上がれない人間になってしまう気がした。自分の足で立ち上がらなければ、俺は下に見られる。
「早くその手を取って武器化しろ。撃鉄の行進の力を見せてやる。どうにかしないと怪我では済まないかもしれないぞ」
ソロンはこちらに向けて銃を構えた。
おバカでかわいいね。




