始まり
リーナと離れて過ごす時間が増えて数日が経った。
その間も毎日会っては居たのだが、常に同じ空間に居るということはなく、共に居る時間は明らかに減った。会っていた理由も学園生活を送るうえでリーナの常識と一般常識を擦り合わせる必要があったからだ。
俺も完璧に常識を弁えている訳では無いが学園のルールは一通り目を通した。それをリーナに伝えることで学園で無駄な問題を起こさせないようにする。
既に、リーナの存在は学園内に知られている。悪魔の子が学園内に制服を着て彷徨いていたという噂が耳に入ってくる。
何処から情報が漏れたのか、リーナがアーティファクトということも知られており、それと同時に俺が契約者ということも周知の事実になっていた。それもそのはずでリーナと外で一緒にいるのは俺であり、俺以外ありえないという消去法だった。
その噂が広がり続け、学園の入学式の日になった。次第に増え始める人が、俺に向けて忌避の目を向けてくる。悪魔の子と一緒にいる奴という異常者を見るような目で俺を見てくる。
学園に入って人気者になろうとしていた訳では無いが、初っ端から拒絶されていると心が痛くなる。リーナと一緒にいることが俺を生きにくくさせているのだ。
俺とリーナが配属されたのはDクラスであり、数少ない平民の生徒と成績の悪かった貴族が在籍するクラスだ。リーナは平民扱いのため当然である。俺も勉強も剣や魔法も碌にやってこなかった為Dクラスになってしまった。
学園でもリーナと一緒にいることになってしまい心の休まることはないだろう。リーナの行動の心配だけではなく、4年間は周囲からの目線にさらされ続けなければならないのだ。
・
入学式は学園長の長い話で終わった。貴族の集まる学校だけあり、豪華絢爛という感じだったが時間はさほど掛からず生徒は自分の教室に向かっている。
1年次Dクラスの教室は廊下の一番奥であり、学園の最も端にある。教室の中は他の教室と変わらないが、距離が遠いため不便ではある。
「ロージス」
「なんだ?」
「今日は何するの」
「今日は軽い説明があってそれで終わりだ。俺も疲れたし終わったら部屋で寝る」
「そっか」
教室の中でリーナが俺に話しかけると周囲の話し声がピタリと止んだ。そして目線が一斉に此方を向く。その中で話し続けるのは精神が持たないため話を早々に切る。
「あれ悪魔の子でしょ?実在したんだ」
「関わった人間を不幸にするとか殺すとか」
「こっわ。なんで学園にいるんだろ」
「アーティファクトらしいよ。だから入れるしか無かったって」
「隣の奴は契約者だろ?あんなのと契約するなんて頭おかしいんじゃないのか」
「正直気持ち悪いよね」
「同じ教室だけど呪われたりしないかな」
俺達のことなんて何も考えずに悪口を言う。俺が何をした。リーナがお前達に何をした。そう言ってやりたいが、それをした所で立場が悪くなるだけなのでやらない。
「?ロージスどうしたの」
そんな中でもいつも通り俺に話しかけてくるリーナ。
お前のせいで俺がこんな目に遭っているというのに、どうしてお前そうも平然としていられるんだ。
ふと、そんな考えが頭に浮かんでしまった。リーナは悪くない。悪いのは悪口を言っているやつらなのに。そう思ってしまう自分に自己嫌悪してしまう。
「……いや、何でもない。席に座ろう」
「うん」
昔の俺はこんな風だっただろうか。ほんの数か月前まではただ楽しいことだけを求めてやんちゃに動き回っていた。人の悪意に晒されて、俺は自分がいかに楽観的に行きてきたか気付いてしまったのだ。
・
教室に先生が入ってくると、生徒は席に着く。
俺の席は窓際の一番後ろ。リーナの席は同じ横列の端。
「えー、皆さん。入学おめでとうございます」
若い女性の先生だ。歳は俺たちとあまり変わらないように見えるが、その服装は魔術師のローブを着ており、一目で魔術師と分かる風貌をしていた。
「皆さんはDクラスという場所に分けられました。このクラスは入学時の成績によって決められるものです。つまり、年次が進むにつれ成績によって上のクラスへと上がれることもあります。あくまで入学時の成績ですし、授業の質は他のクラスと変わらりません。気にせず頑張っていきましょう」
その後、先生からの諸々の説明を受けて今日は解散となった。本格的な授業は明日からとなる。
自己紹介などは無かった。仲良くと言うよりも切磋琢磨して成長していくという主義を掲げている学園のため、仲良くなりたい人はその人たち同士で仲良くなればいい。
解散となり、俺はすぐに教室を出て帰ることにした。俺の後ろには既にリーナがいる。リーナを置いて帰ろうとした訳ではなく、教室で声を掛けるとまた変な視線を向けられると思い何も言わずにでたのだがすぐにリーナは俺の後を追ってきた。
どうせこの後は部屋に帰って寝るだけだしなんでも良いのだが、廊下を歩くと同じタイミングで出てきた学生が教室に引っ込むところが見えた。一瞬目線が合った為、俺たちを見て教室に戻ったのだろう。既に教室から出ていた生徒は廊下の隅に寄り、俺達に視線を向ける。
この学園にいる以上、もうこの視線を避けることが出来ない。リーナと話さずに距離を取ってもリーナと契約しているという事実は変わらない。回りからの評価も変わらないのだ。何とか時間が解決してくれるのを待つしかない。皆がリーナのことを危険な存在じゃないと認識してもらえれば俺に向けられる目線は変わるかもしれない。そんな淡い期待を持っしかないのだ。
「おい、お前」
俺達が学園の校門から出ようとすると声をかけられる。俺が呼びかけられた訳ではないと思い、そのまま校門から出ようとする。
「無視をするな。そこの悪魔の子を連れたお前に言っているのだ」
声のする方を振り返るとそこには2人の人が立っていた。片方は俺よりも少しだけ背が高い眼鏡をかけた男。その横には髪をふんわりと肩の当たりまで伸ばした女。学園の生徒であることは間違いないのだが俺はこの2人の顔も名前も知らない。
「なんだ?」
「1年だろう?敬語を使え」
先輩だったようだ。
「なんですか?」
「お前に決闘を申し込む」
一瞬思考回路が止まった。決闘とはこの学園ではよくあること。学園側も生徒の成長の促進という名目で認めている。そこに生徒独自のルールとして勝者が敗者に命令できるというものがある。皆の前で宣言する必要があり、見ている者が証人となると同時に邪な命令や残虐な命令などは他の生徒から非難の的ともなる。
「け、決闘ですか?なんで?それとあんた誰なんです?」
「僕を知らないのか?先ほど入学式で挨拶をしただろう?」
「知らないっすね」
「じゃあ自己紹介するね」
今迄男の横で笑顔を浮かべているだけだった女が急に喋りだした。リーナ以外の同年代の女性と話す機会はあまり無かった為、少し緊張してしまった。
「私の名前はバレット・クルコルニ。4年生。よろしくね」
「僕の名前はソロン・ギグルス。4年生。バレットの契約者だ」
話しかけてきたのは4年の先輩だった。契約者ということはバレット先輩はアーティファクトということだろう。
「俺はロージス・グレンバード。こっちが」
「リーナ・ローグ」
「よろしくねー」
「これから決闘を行うのだ。よろしくする必要はない」
自己紹介が終わった。そういえばこの先輩はいきなり決闘を申し込んできたのだ。その真意を知りたい。
「なんで急に決闘なんて」
「ふん。悪魔の子。お前をが問題を起こすことは目に見えている。決闘で僕が勝ったら私の命令を聞く犬になってもらおうか」




