村明かり
今日は学園へ向かう日。まずは俺達が今いる所を整理しよう。
今俺たちがいるのはサンドラ王国。その中にあるサンドラ国立学園という所へ入学する。学び舎という側面もあるが、剣技や魔術等を本格的に学べる場所となっている。普通の平民などは王都にある小さな学び舎で学習をしている。
地方に行くと文字書きや計算が出来ない者が居るらしいが王都では殆ど居ないだろう。ここで暮らす平民は、平民とは言え王都で暮らすことを許されている者たちだ。
その者たちが今後生きていく上で必要になる技能は国にとっても国益とされ、勉強する場を提供しているらしい。
学園には貴族と平民の区別はあるが差別的なものは無いと聞いている。学園側も無駄な諍いを避けるために貴族と平民は分けているようだが、教師は平等に接するらしい。
「平等か……。貴族と平民だけじゃなくてリーナにだって……」
見た目だけで忌避されるのは平等とは程遠い。学園ではリーナの事を忌避する目が少なければいいと一縷の望みを持って俺は起き上がった。
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まだ学園として授業が始まる訳では無いが一応制服に着替えて部屋を出る。そこには制服姿のリーナが立っていた。
見た目は最高に可愛いし綺麗だ。白色の髪も赤い瞳も俺にとっては調度品の如く美しく見える。でもその美しい手では人を殺して、その体は武器となり人を切っている。美しい花には棘があるものがあるらしいが、リーナはそれを体現している。
「あー、リーナ。おはよう」
「おはよう」
「わざわざ部屋の前で待って無くてもノックくらいしてくれても良かったぞ?」
「出てくるの分かってたからいい」
「そ、そうか」
どうしても、リーナと話すと少しだけ緊張してしまう。昨日まではそんな事が無かったのに、何をしでかすか分からない相手に対して刺激をしないように立ち回ってしまうのだ。
「朝飯は行きながらでいいか?」
「うん」
会話の往復も無く、俺達は宿を出て学園に向かう。
その道中にある露店で適当にパンに肉を腸詰めしたものを挟んだ食い物を食べ学園に向かう。俺たちが歩いていると人が避けていく。リーナは学園に向かうにあたって制服を着ており、フードの付いている服を着ていない。そのため、周りの人がリーナを見て避けていくのだ。
「あのさ、リーナ」
「なに?」
「髪だけでも隠したほうがよくないか?」
「ロージスはどう思う?」
「いや、周りの人の目もあるし隠したほうがいいと思うが」
「そう」
俺の言葉を聞くと、道の端に寄ったリーナはカバンの中からフード付きの服を取り出し、制服の上に羽織った。長い髪はゴムで括り、大きめのフードの中に髪を隠すようにフードを被る。
「これでいい?」
「ああ」
人通りの多い朝ではリーナの髪は目立つ。周りの目が気になってしまい、俺もリーナと距離をとって歩いてしまっていたかもしれない。
フードを深く被っているため怪しく見えるが先ほどよりは道行く人の視線がマシになった。歩いていると色々な人の話し声が聞こえる。商売をしている人の声やこれからの仕事を嘆く声。そして噂話の声。
丁度、俺たちと同じ方向に進んでいる男二人組の会話が聞こえた。
「なぁ知ってるか?王都近くの村の話」
「あー冒険者が装備整える村?名前なんだっけか」
「名前は俺も知らん。昨日の夜火事があったんだと」
「火事くらい普通にあるだろ」
「それが不思議でな。見張りのやつがいきなり燃え始めて火事になったらしい。民家には被害がなくそいつだけが燃えたみたいだ」
「なんだそりゃ。そいつ大丈夫だったのかよ」
「両腕だけ綺麗に焼けてそこで火が消えたらしい。そいつは『呪いだ!悪魔の子の呪いだ!』って叫んでたみたいだ」
「悪魔の子?そんなの現実に居たら大ごとだろ」
その言葉を聞き、俺はリーナの方を振り向く。リーナはただまっすぐに道を進むのみで俺の振り替えりにも気づかなかった。恐らく通行人の声も聞こえていなかったのだろう。
二人組が話していた村は、多分俺たちが昨日通ってきた村だ。見張りに止められて中に入れなかった村。その村の見張りの腕が燃えたと言っていた。
人の身体がいきなり燃えるということはありえないが魔法などの可能性もあるためリーナの所為とは言えない。しかし、腕だけを燃やすという人体の一部分を燃やしてほかに被害無いような燃やし方はアーティファクトの男を燃やしたことと同じように思える。
「なぁリーナ」
「なに?」
人混みの中でも俺の声はリーナの耳に届いたようだ。
「昨日の村覚えてるか?」
「うん。入れなかったところ」
「そうだ。そこに見張りが居ただろ?」
「うん」
「その見張りの腕が燃えたらしい。何か知ってるか?」
「知ってる」
「やったのはお前か?」
「うん。殺してないし、人に危害を加えないっていう約束の前だったから」
見張りが悪魔の子の仕業だと叫んでいたらしいが強ち嘘ではない。リーナが悪魔の子と呼ばれているのは事実であり、そのリーナが見張りを燃やしたと言ったのだ。
「なんで……。なんでそんなことしたんだよ」
「突き飛ばしたから」
「え?」
「私を両腕で突き飛ばしたから命の危険を感じた。だから腕だけ燃やした。殺しては居ない」
やっぱり俺とは感覚が違うのだ。リーナは強い。強いのにも関わらず、弱い人間の僅かばかりの危害だけでも大きな反撃をしてしまう。約束の前だからと言ってやっていいことと駄目なことの区別が分かっていないのだ。
グレンバード家では皆が優しく、リーナが手を出すことがなかった為、何も考えなかったがいざ外に出てみると問題行動が多すぎる。一体今迄どのようにして生きてきたのか知りたい。もしも人を沢山殺して生きてきたとするなら一緒に居られないかもしれない。
「……。今後は絶対に人を殺すな。いや、生物を殺すのも危害を加えるのもやめろ。もしやるなら絶対に俺に言え」
「分かった」
「……。何でも言うこと聞くんだなお前。今迄どうやって生きてきたんだよ」
「知らない」
「は?自分のことなんだから知らないわけないだろ」
「知らないよ。生きてるなんて思ったこと無いから」
汚え花火だってこと。




