路地
俺達は本日寝泊まりするところを探すため宿屋を探している。宿屋にも高級なところから安価なところまで様々なものがあるが、貴族といえど金は有限である。それに俺はまだ家からの補助を受けている身のため散財をすることは出来ない。
人によっては見栄のために高級宿に泊まる学生もいるが貴族の本分は高い金を出して宿に泊まることではない。宿にいるのは寝る時のみのため、必要最低限のものがそろっていれば俺は良いのだ。
「そうだ」
「どうしたの?」
王都に入った以上、人として生活しなければならない。そのためグレンバー家でリーナに教えられていることをもう一度理解できているか確認する必要がある。
「グレンバード家でも言われたと思うけど確認だ。まず、無闇矢鱈に人を攻撃してはいけない。勿論殺すのも駄目だ」
「うん」
「命の危機に瀕している時は止むを得ないけど極力危害を加えるの控えてくれ」
「分かってる」
「俺はリーナのことを普通の子だと思ってるけど周りは違う。諍いを起こしてしまえば後に響くからな」
「大丈夫」
相槌は適当そうに聞こえるがリーナは確りと理解しているだろう。先ほども俺の言ったことは律儀に守ってくれていた。俺の言う事を聞いたというよりは合理的な判断が出来るだけなのかも知れないが、約束を守ってくれるのならなんでもいい。
当然のことだが王都でも人を殺せば重罪だ。それがアーティファクトという特別視されている存在でも。アーティファクトには人権が与えられているのは人と同じように罪を裁くためでもある。
「それならよかった。ま、王都だし治安が悪いってこともないだろ」
王都は国が管理している土地であり、隅々まで目を光らせているだろう。うちの領のように遠くまでは目が届かないということもないはずだ。様々な人が来るはずだが、被害に遭った人の声を聞かない。確りと衛兵などの見回りによって対策されている。
「そんな事はない」
「え?」
リーナは店と店の間の路地を指さす。深夜のため暗くてよく見えない。路地には灯りも付いておらず何も見えなかった。
「声が聞こえる。多分嫌がってる声」
「それが本当なら大変じゃねーか。すぐに衛兵に知らせないと」
あたりを見回すも、深夜のため見回りの衛兵は見えない。日中に比べ人が多くないためか、見回りに人数を割いていないようだ。詰所に行けば常駐している人がいるだろうがこの場所からは遠く、時間を掛けてしまえば被害に遭っている人がどうなるかわからない。
「それじゃ宿探そう」
リーナの提案に驚く。
今、嫌がっている人がいることを俺に伝えてそれを放置するのか。
困っている人を助けたいと胸を張って言えるような善人ではないが、そこに俺しか居ないならやるしかないとは思う。ここで無視をしたら後になって気になってしまい、何かが出来たのではないかと自己嫌悪に陥ってしまうだろう。
「え、いや、助けないの?」
「助けたいの?それならいいけど」
「あー、おう。助けに行くか」
リーナの態度によって少し冷静になった気がする。焦って考えなしに突っ込んでいってもどうにもならないだろう。リーナには俺を落ち着かせるつもりは無かっただろうが結果オーライだ。
路地裏の方に近づく。近づけば先程まで聞こえなかった声が建物の壁に反響して微かに聞こえ始めた。「やめて、助けて」と叫ぶ声が。
一瞬奴隷商人のアジトにいた奴隷のことを思い出してしまった。手だけになっていた奴隷の子もこんな声を出して死んでいったのだろうか。
「行くか。音を立てないように慎重にな」
「分かった」
俺達は暗がりの路地を進む。外からは見えなかったが路地は月の光がガラスや窓に反射してギリギリ見える程度の明るさは持っていた。
進めば進むほど声は小さく聞こえてくる。それと同時に衝撃音も何度か聞こえてくる。何かを叩いたり蹴ったりする音に似ている。
「多分暴行されている」
「わかるの?」
「えっと、人を殴ったり蹴ったりする時の音が聞こえた」
領の中にある酒場では酔っぱらった大人達の喧嘩を何度か見たことがあり、その時にも似たような音を聞いたことがある。今聞こえる音はその時に聞こえたものに似ていた。
「見えた」
「俺にはまだ見えない。どんな状況だ?」
「女が太い棒みたいな物で女の子を殴ってる。あの棒多分アーティファクト」
「は?なんでアーティファクト使いが人を殴ってるんだよ」
「分かんない。あ、戻った。やっぱりアーティファクトだった。男女2人組になった。女の子の方は動いてない。多分死んだ」
「とりあえず助けないと」
「手遅れだと思うけど」
「まだ分かんねぇだろ。手遅れか決めるのは今じゃない」
まだ生きている可能性がある。動かなくなっているのも気絶しているだけかも知れない。新だと判断するのはまだ早い。それにあの女の子が生きたいと思っているなら手遅れかどうかを決めるのは俺たちじゃない。
「行くぞ」
俺の声と同時にリーナも動き出した。わざと音を出し、相手にこちらの居場所を教えるように動く。興味をあの女の子から逸らさなければ追撃する可能性もある。あの2人はまだ話しており此方に気付いていない。
「なんだこのガキ。動かなくなったな。死んだんじゃねーか?」
「あんたとは大違い。同じアーティファクトでもこんな弱いなら生きてる意味ないし死んでもいいでしょ」
近づくと共に捨て置けない言葉が聞こえてきた。
一旦進むのを止め、物陰に隠れる。
「あの殴られてる女の子はアーティファクトなのか?」
確かにあの女は殴られた少女を見てアーティファクトと言った。俺の知っている話ではアーティファクトは死ぬ時には武器の状態で死ぬと聞いている。つまり、あの女の子は生きている。
「うん。弱すぎて気づかなかったけど言われてみればそんな気がする」
「そんな気って確証はないのか?」
「アーティファクト同士だからわかる雰囲気。はっきり分かるわけじゃない」
書かれていることや勉強したことは全てが人間視点で書かれていたこと。アーティファクトはアーティファクトで未だに知られていないことがたくさんあるのかも知れない。
「じゃあ、まだあの子は助けられるってことだ。行くぞ」
「?。わかった」
もう隠れていてもアイツらの顔は見える。
殴った女の子の事を何も思っていないような醜悪な顔。顔の造形の話ではなく、表情の話。自分が上位にいることを微塵も疑わず、弱者を虐げるそんな表情。腹が立つ。
「こいつを売れば金になるのに拒否するからなぁ」
「仕方ないよね?未契約のアーティファクトなんて売れるのに拒否するこいつが悪い。それに自分のことも分からないで生きてるような奴なんて死ん出るのも当然よ」
ただ自分たちの私腹を肥やすために誰かを虐げるの貴族として、いやグレンバード家の者として生きてきた俺では考えつかないような愚行。俺の生き方と全く違う許せない生き方をしているからコイツらに腹が立っていることが分かった。それなら俺がやることは変わらない。
女の子を助ける。
「おい、カス共。その女の子から離れろよ」
「言葉が汚い」
チンピラじゃん




