髪と目
主人公くんの感情が定まらないのは仕様です
朝から歩き続けて既に日が暮れそうな時間。目の前には村が見えてきた。俺達が休憩する村だ。村とは言え王都にほど近い場所にある。冒険者などがあの村を中継点にすることもあるため、寝るところやご飯を食べるところもある。
今日は村で休み、明日また歩いて王都に向かう予定だ。
「リーナ、村が見えたぞ」
「私も見える。少し疲れたから休みたい」
「入ったら宿屋だな。そこで飯食って、明日また出発だ。それでいいか?」
「うん。大丈夫」
村の入り口には見張り番がいる。普通の村では居ないが、この村は王都から近いこともあり、人の出入りが多い。そのため万全を期して見張りのものがいる。
「入り口にいる見張りの人の許可を得たら村に入れるからそこまで行こうか」
「分かった」
今日は1日歩いた為、俺も疲れを感じる。早く休んで明日に備えたい。そんな思いで俺は見張りの人へ近づき話しかける。
「村に入りたい。ロージス・グレンバードだ。王都へ向かう前に休息を取りたい」
そういいながらグレンバード家の家紋の付いた書類を見せる。この書類は学園に提出するものだが、書類の入った封筒の封蝋印に紋章が使われている。貴族はそれぞれ家紋を持っており、それが貴族としての証明となる。偽装したり、奪ったものを使ったりすると発覚した場合重罪扱いで死刑になる。それほどまでに効力を持ったものなのだ。
「はっ!確認出来ました。お入りください」
書類の紋章を確認し、見張りから入る許可をもらう。
「後ろの彼女は俺の連れだから一緒に入ってもいい?」
「後ろの方……。もしかしてアレですか?」
失礼にも見張り番はリーナに向かって指を差した。それに、彼女のことをアレ呼ばわりしている。
「そうだ」
「村に入れるのは出来かねます」
「どうしてだ」
「アレは悪魔の子。入れて村が災いに見舞われたら目も当てられません」
「俺の連れでもか?」
「アレを入れて入るのならば貴方を入れるわけにも行きません」
このままではリーナだけ入れない。なんとかする方法を考えなければ。俺は失念していた。リーナの髪と瞳はこの世界の人々に悪魔の子と言われて忌み嫌われていることを。瞳はまだしも、髪はフードのある服などで隠すことが出来ただろう。
家で皆が普通に接するのでリーナに対しての悪感情のことを忘れてしまっていたのだ。
「そもそも、どうして貴族様があのような物を連れているのです?奴隷ですか?」
「違う。彼女は俺の」
俺のなんだ?友達でも恋人でもない。俺と彼女の関係性は契約を結んだもの。それだけの薄くて重い一生の関係性しか無く、それを形容する関係性は無い。
「さっさとアレをどうにかしてください。手に入れるのも不快ですので」
「貴族に対してその物言いはなんだ?」
「いくらお貴族様と言えどあのような物を連れているようでは程度がしれます。告げ口をしても、貴方が悪魔の子を連れていたというだけで私の方に温情はあるでしょう。アレを捨てれば貴方様は村に入れますよ」
「このっ!」
ただの見張り番の癖に、人に対しての態度がおかしい。俺は貴族ということを振るって他者に威圧を与えることはしない。それはグレンバード家では絶対にしてはならないこととして教わっている。
この見張りに対しては貴族に対する態度として怒っている訳では無い。リーナに対しての態度に怒っている。
村に入れなくてもいい。寧ろこんな村に入りたくはない。
「ロージス。やめて」
リーナは俺の服を軽く引っ張るように掴んだ。
「貴方もごめんなさい。私たちはこのまま行く」
リーナは見張りの近くに寄ると頭を下げた。リーナが謝ることなんて何もないのに、どうしてリーナが頭を下げているんだ。
「近寄るな化け物っ」
見張りはそう言うとリーナを突き飛ばした。突き飛ばされたリーナは尻もちを付いてしまう。俺達は何もしていないのにどうして暴力まで振るわれなきゃいけないんだ。こいつのことを殴ってやりたい。
「駄目よ、ロージス。ここは無視して先に進みましょう」
「二度と来んなよ。悪魔の子の癖に」
誰が二度とこんな村に来るか。村の中の人間がどうなのか知らないが見張り番のせいで印象は最悪だ。俺達は一切振り返らずに村の外を回るようにして、先に進んだ。
「なんなんだよあの見張り番。リーナのことを化け物って言ったり。リーナのことを知らないとは言えおかしいだろ」
「私は悪魔の子で化け物。ロージスはどう思う?」
「俺は思わない!リーナはただの女の子だ」
「契約者がそう思うならそれでいい」
話しながらリーナは自分の肩を何度か擦った。あの位置は先程見張り番に突き飛ばされた所。もしかして痛むのだろうか。怪我をさせたのならばあの見張り番のことをさらに許せそうにない。
「肩、痛いのか?」
「大丈夫。さっき突き飛ばされた時に触られただけだから」
「痛かったら言えよ?」
「うん」
貴族として、人間としてあの人間を直接処罰することは出来ない。それでもリーナにあの態度を取る人間を懲らしめてやりたい気持ちはある。殺すなんていうことは口が裂けても言えないが火魔法で火傷くらいは負わせない。そんなことをすれば学園に入る前から退学になってしまう。
学園の校則の一つに、魔法による学外の人への被害を禁ずというものがある。
学園の中では魔法の授業等があるため、魔法の使用を禁止することはないが、学園の外では話が違う。
魔法を使える者と使えない物では圧倒的な力の差があり、使い方を間違えれば犯罪に手を染めてしまうこともある。それを防止するためにも、学園の外で人に向かって魔法を使えば退学になる。
だから、俺の心の中にある怒りの炎は鎮めなければならない。あの門番がリーナを忌み嫌っていたのは特別なことじゃない。多分この世界にいる人の殆どがリーナのことを嫌っているだろう。
俺はリーナが好きだからこそ、リーナが普通に過ごせるようにしたい。単純な理由だが俺の目的が決まった。俺の一生はリーナと繋がっていることが決まっているのだ。それならば俺もリーナも嫌な思いをしない様に生きていきたい。
「リーナの目標とか夢ってなんだ?」
俺は自分の目標を決めたためリーナにも何かないかと思い質問をする。俺の質問に対してリーナは足を止めて悩む。てっきり「そんなものはない」と言われることを想像していた為意外だった。
「私が何者か知りたい」
「リーナが、何者か?」
「私アーティファクト。その前が何かあるはず。私がどのようにして生まれたのか。それが知りたい。それが目標」
俺はアーティファクトはいきなり産まれてその後どの様に生きるかを考えていた。でも、アーティファクト達からすれば知識を持ったままいきなりこの世界に産み落とされたのだ。自分が何故この世界に産み落とされたのか、どのようにして生まれたのかを知りたいのは当然ともいえる。
「何かが学園で見つかるといいな」
「うん」
日が暮れた道を俺たちは進む。村の影はもう見えないが、夜になれば光が灯る。木々の間から見える村の光は俺たちの進む道とは対照的に、明るく見えた。




