負われて見るのは・・・。
バンダナコミック用の作品であり、今のところ応募目的でしかなく、設定資料に近い内容なので、小説としての物語は、まだ殆ど書かれてません。
特に何事も無ければ、今後の設定資料になるかもしれません。
西暦2108年
人類の時代は終わらなかったが、人類の歴史は終わろうとしていたに見えた。
AIロボットと、自律思考型量子コンピューターによって、地球上の全人類の65%以上は統治、又は管理されていたのだ・・・。
『日本』
60年前に高度に発達したAIロボット。
そして、40年前に実用化に漕ぎ着けた量子コンピューターは、今では国家運営の殆どを担う迄に巨大化し『国政補助・量子コンピューター・システム』を産み出した。
それは、国政に関わる殆どの業務をコンピューターが半自動で処理するシステムだった。
それは、行政に関わる約8割のAIロボットの管理運営も行っていた。
そうした技術革命によって、莫大な利益を出し、恩恵を受ける少数の富裕層を除いて、多くの人々は職を奪われ、路頭に迷った。
そうした人々の中には貧困に苦しんだ挙げ句、ある者は犯罪に手を染め。ある者は、自ら命を絶ったりもした・・・。
しかし、そうした多くの人々が一気に救済される議決が日本で行われた。
それは【国民生活及び自由平等保護法】
『全ての国民は、賃金を得るための労働をしなくても、国がその生活の全てを保証し、また、民主主義の理念に乗っ取って自由と平等を保証する。』
という内容であった。
それは端的に「働かなくても、好きに暮らして良い」と言った内容だったの同時に、日本の貨幣『円』が、国内国外問わず、その価値を消失した日となった。
国内の富裕層、内部留保が莫大であった大企業、そして為替で『円』を大量に保有してた者達は、その価値を1日にして失った・・・。
世に言う『楽園法』と、その法が支配する国、日本の俗称『楽園』の誕生でる。
俗称『楽園法』
それを可能にしたのは、やはり、無数に製造されたAIロボット達と、『国政補助・量子コンピューター・システム』の恩恵によるものだったのだが、それは生活に必要な十分なエネルギーの確保ができてる事が前提であった。
つまり、エネルギー資源の乏しい島国日本にとって、エネルギーを輸入に頼らず自国で確保できなければ、貿易関係の動向に寄って、国の安定運営を持続させられなくなる可能性があったからだ。
そして日本は、それを独自開発する事に成功し、化石燃料の産出国によって大きな影響を受けていた自国のエネルギー問題を解決し、同時に世界経済全体のパワーバランスを突き崩したのだった。
そのエネルギー・・・。
それは【無限機関】
炭素素材で出来た精巧なロータリー機関に特殊な気体を吸入させ、それをエア・チャンバー内で、冷却⇒圧縮⇒加熱⇒膨張⇒排気⇒吸入、と同じ機関内に閉じ込めた気体を無限にサイクルしてシャフトを回すという仕組みだった。
これによって、自動車、重機、人サイズのロボット、大型ロボット、鉄道機関車や地下鉄、大型発電所まで、人とロボットの活動に必要なエネルギーの98%以上を賄える様になったからだった。
また、それに伴って、人がそれまでやらなければ社会的活動が滞ってしまう、ありとあらゆる仕事を、量子コンピューターに寄って適正適所に配置されたAIロボット達によって、その99%以上をこなす事が出来るようになったからだった。
しかし、それと引き換えに、全国民の生活レベルの均一化を目指す事になった。そうなると、衣食住については何処までも贅沢が許される訳では無いが、それでも最低限の生活レベルが保証され、年月が経つほどに、豪邸に住むものは、そこを追い出され、逆に狭い住居や土地で暮らしてた者は、それまでよりも幾分生活しやすい環境へと移る事が出来た。
この時代では、自動車も完全自動運転となってたので、タクシーに乗って、何処までも行く事が出来たので、公共交通機関の重要性は幾分低くなっていた。
自家用車を持てるには一定の条件があったのだが、その中には、所謂田舎に暮らしてる事、と言うのもあったので、進んで田舎への移住希望を望む者も少なくなかった。
そんな状況なので、21世紀中頃まで都市部に集中していた人口は、地方都市に流れて行った。
そうして『楽園』とまで言われた日本だったが、同盟国や周辺国、そして世界の数ヵ国が日本と同じ『楽園』を目指していた。
しかし、それぞれの国の規模や、内政事情によって、その多くはまだ『楽園』とは成り得て無かった・・・。
働かなくても一生困らずに暮らせて、老後の面倒までAIロボットが見てくれる。そんな『楽園』日本には、入国を求める外国人が殺到したが、日本はそうした外国人の流入に厳しく当たったので、入国できた外国人は極めて少数であった。
『楽園法』が施行されてから、年月が過ぎるに連れて、日本に住む人々は、自分の国から、わざわざ危険を冒してまで海外に出なくても良いのではと思うようになった・・・。
そうした機運が高まった国内では『鎖国』を現実的に検討し始めた。
しかし、歴史上、日本が行った鎖国とは、この時代であっても簡単なようでそうでは無かった。
海外とのインターネットを切断し、海外からの渡航を厳しく制限するにしても、国には、領土、領海、領空、があり、それらを実質的に守るのは防衛力であったのだが、その防衛力の不足が大きな問題となったのだ。
そこで日本国民は、鎖国を実現する為の強力な防衛力を自国に求めた。
それを受けて、政府は、小型無人艦船、無人戦闘用車両、無人航空兵器、などのAIロボット兵器と、人と同サイズの人型AIロボット兵士の増強を中心とした防衛力強化を計った。
そして西暦2080年
国際連盟に、その名を残しながらも、日本は世界の非難と羨望の眼差しを背中に受けながら『鎖国』した。
それから28年後・・・。
西暦2108年 6月某日 日本 東京都 郊外の港
身長185センチ。背中にバックパックを背負ったように見える人型の機体は、炭素繊維で作り上げられた漆黒の外甲殻を薄暗闇に溶け込ませて、次の命令を待っていた。
両手には、人が持つには大きすぎるアサルト・ライフルが握るそれは、東京の外れに位置する港にある、倉庫群の中の、1つの中規模の倉庫を窺って居た。
アーマード・バック・パッカー
その機体は A ・ B ・ P 【以後ABP】と呼ばれる、人が乗り込んで操縦する、長時間単独行動可能な特殊な人型ロボットだった。
身長185前後(個体差や装備による)、ドライ体重160キロ。
炭素繊維で構成され、換装可能な外甲殻と、それと同一材料で構成された内側の内甲殻によって、機体の身体を形作っている。
ABPは、その名称の由来の一つとなっている背負い袋のように見える、大き目の箱形の部位が背中に一体化して有るのが特徴であった。
これは、185センチ前後の人型のロボットに人を乗せるための操縦席が飛び出した部分だった。
この決して広いとは言えないコックピットには、パイロットへの厳しい体格制限があった。
それは、身長165センチ以下。体重70キロ以下・・・である。
故にABPのパイロットは皆、小柄だったが、それは遺伝子操作をしたからではなく、元々、小柄になる遺伝子を持った者しか、試験に臨め無いからだった。
それは、パイロットの公募に応募した者は、遺伝子情報の解析が義務づけられており、応募者の中から小柄な体格になる者に、試験を受ける資格が与えられるからだった。
そうして、働かなくても衣食住と自由と平等を保証されてるにも関わらず、自らの意思で応募した中から選ばれたパイロット候補生は、11歳から25歳まで試験を受けられる、自衛隊ABP育成学校への狭き門を目指し、見事に合格すれば、体力、学力、判断力、忍耐力、責任能力、協調性、独自性・・・等を鍛え、最終試験に臨む。
パイロットは、ABPのバックパックの後方の自動開閉式ハッチからABPに乗り込み、上半身がそこに収まる。
箱形の内部の下部には椅子があり、そこに尻をのせ、自動で取り付けられる4点式シートベルトによって、身体を固定される。
操縦桿は右と左にあり、それぞれがABPの左右の腕の動きに連動していた。
両脚はABPの胴体内に収まるようになっていて、両足の下にはアクセルがあり、それは、足の踏み加減によって歩行速度を自在に調節しながらの、前進、後進、歩行から走行での旋回、停止、停止での左右旋回、上体のみの旋回、ジャンプ、バックパックの左右と、両足の土踏まずの位置に取り付けられた強力なエア・ジェット・ファンによる、ジャンプの延長と着地の衝撃緩和。更には、モード選択によって、しゃがみ、立て膝、伏せ、ほふく前進、等々、人の歩兵が行える動きも各種可能になっていた。
外観に戻ると。
人で言う所の関節に当たる稼働部には、外部からは、熱も電気も駆動音も感知が難しい、スティルス・モーターと言われる特殊なモーターが使われていた。
頭部には、広角カメラ、望遠カメラ、集音機、等の各センサーが集中的に配置され、周囲の状況を操縦席のモニターや、パイロットのヘッドフォンに伝えていた。
首から左右の肩に掛けての間には、横長の長方形状の覗き穴があった。
光の反射を抑えつつ、内部の赤外線が漏れないように特殊加工された透明な窓の内側には、原始的だが鏡が取り付けられ、間接的な目視を安全に出来るようになっていた。
それは、極めて、優れたカメラとモニターがあっても、人には目視の方が状況を掴める事があると判断されたのと、頭部カメラの故障や破壊された時の為でもあった。
それと・・・研究開発を行ってた際に、テスト・パイロットが「閉鎖されたコックピットの中では、自分の目で外を直接見る事が出来だけで、とても安心するので、この装備は残して欲しい。」との意見が採用された事によるものだった。
両腕は人の腕の動きが出来る以上の可動域を一部持っているが、概ね人の動きに近い動きをする構造だった。
両手は、人の手を模した五本指にで、大きさも人よりも少し大きい程度となっており、それは、操作モードによっては、パイロットが手に穿く特殊な手袋に付けられたセンサーを使って、人が手で行うような繊細な動きを可能とするのには、5本指が適合性が高いと判断されての仕様だった。
脚も人を模した構造になっていたが、外甲殻があるので、それを補う関節可動伸縮構造が、股関節、膝関節、足首の関節、そして、足袋を模した外観そした足の指の可動部にも用いられていた。
特徴的な部分の一つとして、踝に当たる部分に、車輪走行用の硬質ゴムタイヤが1輪、内蔵されていた。
ABPは、このタイヤを使う事で、舗装道路等では巡航速度で60キロ(全自動運転可能)、最高時速では120キロ(半自動運転可能)での高速走行が可能であった。
上記のような高速走行時にはABPは足を前後に並べた体制を取る。
対して時速60キロ以下で行える高機動走行体制では、その走行軌道に合わせて、脚の構えを自在に変化させ、タイヤの設置状態をコントロールする。
武装としては、ABP専用の手持ちの重火器の他に、手のサイズが人とほぼ同じなので、人が使える、ありとあらゆる武器が使用可能である。
それは、ABPにとって武器として持つ意味が無いと思われる刃物や、棒状の金属であっても使用可能であり、自在に扱えた。
更に、滅多に使用される事は無いが、バックパックの両サイドにも追加の武装や各種装備が可能である。
そして、先の作戦現場。
「こちら、1号機。全機、所定の位置に着いたか?」
ABPの中の操縦席のモニターの光に青白く照らされたヘルメットを被ったパイロットの横顔は、少年のようでもあり、少女のようでもあった。
美形である。
すると野太い男の声で「2号機、既に待機」と、その機体は、1号機と倉庫を挟んだ対角線側で、1号機と同じアサルト・ライフを握って居た。
続いて、青年らしい爽やかな声が緊張気味に「3号機、既に待機」と言った。
その機体は、左手に|大型の黒っぽい半透明な盾を持ち、右手には、オートマチック・ハンドガンが握られていたが、これもまた人が持つには大きすぎるし、弾倉は途中から湾曲しながら垂れ下がり、ABPのバックパックの右横に取り付けられた長方形の箱と繋がっていた。
更に「4号機、既に待機」と、少女の声。
彼女の機体も、3号機と同じハンドガンを装備をしていたが、左手にも、同じハンドガン。
そして最後に「5号機、既に待機。・・・。」と、少し掠れた感じの若い男の声。
彼の機体は、長身の狙撃用のレールガンを装備し、2つ隣の倉庫の屋根に伏せていた。
1号機のパイロットは「全機、位置に着いた。戦術上空観測機からの位置情報とも全機相違なし。」と、目の前のモニターに写し出されている地図を確認した。
その写し出されてる地図の上空。
作戦中心地となっている上空には、この部隊が通称『ハリアー』と呼ぶ全長1メートル、全翼2・5メートルの鷹を模し、炭素繊維で作られた翼を自在に操りながら気流を捉えて飛行する戦術ドローンが、羽ばたきもせずに空中制止飛行をして、作戦を支援して居た。
1号機のパイロットが「α小隊から指揮所へ。全機、スタンバイ・オーケー。」と、言う。
すると指揮所から「オーケー。アルファ小隊。作戦開始。」と、アルファ小隊全機に伝えられた。
すると、5号機を除く残り4機のABPが一斉に動き出し、目標の倉庫へ突の入を開始した・・・。
自国、他国問わず『楽園』と呼ばれる日本。
しかし、そんな『楽園』にも、完全成る平和は訪れなかった。
国外は元より、国内にも『楽園』を良しとしない者達が居たからだった・・・。
そうした者達は、自らの手を汚す事は少なく、その犯罪の多くは、AIロボットを操って行われた。
AIロボットが操られるのは、短期の場合もあれば、数年に渡る長期もあった。
それは自衛隊のAIロボットであっても操られてる可能性があり、それは人体であっても、電子機器やインターネット等に接続できる機能を有してる時点でハッキングされ、洗脳される危険があった。故に『一切の電子機器やインターネットとの接続装置が身体に無い人』が、ロボットを操り、そうした犯罪に当たる事が求められた。
そうして結成されたのがABP隊である・・・。
彼らの任務は多岐に渡り、その存在は公然の秘密となっている。
彼らは、一度パイロットの資格を得て、一定の訓練を受け、それが一定の練度に達すれば、普段は一般人と同じ生活をする事が許された。
但し・・・ABPのパイロットであることも、その任務の内容も、一切口外しない確約を結んでであり、生涯特別に監視されながらであった・・・。
西暦2108年
『楽園』日本の中にも、そして外国にも、『楽園』を望まない者達が居た。
だから彼らは平和を守る為に、多くの権利を棄ててまで、人知れずABPを駈り、時に暗躍し、そして・・・時に、人々の『目前』であっても活躍する・・・。
それは、ABP部隊が治安を守るために活動してるのは、先に記したとおり『公然の秘密』であり、日本は鎖国していたからである。
だから彼らは、日中に公然と活動してる時には『22世紀の侍』と呼ばれ、一方で闇に身を置いて活動する様子は『忍者』と呼ばれた。
そうした呼ばれ方は矢張、『日本が鎖国』している事にも由来していたのだった・・・。