吊り橋効果って実在したのか
「いらっしゃいませーお好きな席へどうぞ~」
「はぁ……」
如月が食べてみたいと言っていた巨大パンケーキ屋に三人でつく。
古ぼけた見た目に反して店内は綺麗にリフォームされており、女子には人気ありそうな、かといって男子がいてもソワソワしないインテリアにしている。
おかげでキョドったりせずに済みそうだ。
オーダーする機械も各席に備え付けてある徹底っぷり、時代に追いつこうとする努力が伺える。
一回席について再び起き上がる面倒は避けられた。
「……西園寺君は何にしますか?」
「コーヒーだけにしようかなと思ったけど」
「ここはワンオーダー制ですので他にもメニューの注文がいります。お昼ごはん、今日は食べてますか?」
「あ」
「だと思いました。ふふっ、連れてきた甲斐があってラッキーです」
奢るのがよほど嬉しいのか、先ほどまでの厳しい表情からは想像できない顔の綻びっぷりだ。
おまけにいつしか言っていた“睡眠に課金してるから昼飯食えない”もちゃっかりと覚えているようだ。
古めかしい見た目が仇となったか。
カフェインチャージに財布にも優しいので奢らされても悪くは思えない作戦は失敗に終わる。
狙いましたと暗に言葉に含まれている、気がする。
「毎日『眠りこけてた』なんて“お昼ごはん取れてない”と言ってるようなものですよ?」
そこから類推したのか、俺のバカ野郎。
「お二人はその、お付き合いしていらっしゃいますの?」
「ふふ、どう見えますか?」
「ちがっ!? 帰り道が同じ友達だぞ!」
「よかった……」
「……」
よかったと実際に口にして胸を撫でおろして抱き着いてくる桐生さんと、また怖い顔持ちで冷たい視線を飛ばす如月。
居心地が最悪すぎる。
言うなれば今カノとデート中に元カノに復縁迫られる感覚に近い。
胃袋のトラブル持ち系じゃない。
けどピリピリとした空気感が醸し出されて肌に刺してくる。
「霧生さん」
「嫌ですわ」
「は?」
「苗字なんて他人行儀が過ぎますわ。気軽に“華生”とお呼びください。王子様」
「じ、じゃあ華生ちゃん」
「はいっ」
「どこがよかったのか言ってくれるかな?」
「それより注文、済ませておきましょう? お店に迷惑がかかっちゃいます」
「そ、そうだな。どれにするか……」
「わたくしはこの“メープルシロップと生クリームが乗ってるパンケーキ”とイチゴカフェオレにします」
「西園寺君は何にしますか? この店のプリンも大変美味しいですよ?」
「せっかくだしそれでお願い。悪いな」
「いえいえ~ふふ」
拒否権は多分俺の元から離れているはずなのでここは如月の案に乗るのが得策だろう。
数回、如月が指を滑らすと画面に注文完了というメッセージが浮かぶ。
「王子様」
「王子様って呼ぶなよこそばゆいわ」
「でもわたくしの持ち合わせている情報はあなたの苗字とわたくしの王子様という二つのキーワードしかありませんもの」
「あ、そっか」
怒涛の展開ですっかり頭から抜けていた。
お互い自己紹介がまだだったことを忘れていたなんて。
ごほんっ。と、ひとつ咳払い。
「西園寺孝充だ。隣の宇津美高校の一年生だ。よろしく」
「桐生華生と申します。百合園学園高等部の一年生でございます。この度はこの野蛮な毒姫から助けていただき、ありがとうございました」
「如月愛良。百合園学園二年生です。あたらめてよろしくお願いしますね」
「え、年上だったの?!」
「学校にお訪ねした際わかりましたけど今までの距離感がなくなるのは寂しかったので黙ってました。ごめんなさい」
品のある振る舞いやときたま伺う気遣いのよさからもしや年上なのでは? と思ったこともなくはなかったけどマジで年上だったのか。
「にしても野蛮な毒姫だなんて心外ですよ? それに未だちゃんとした謝罪の一つも口にしていない……」
「やはり……」
「ひっ」
「まあまあ、大好きなお姉様を搔っ攫った不埒な人間だって思い込んでたんじゃない?」
俺が吹っ飛ばされたのが未だ癪なんだろうか。
先ほど同様、なにかの狂気のはらんだ仄暗い瞳を覗かせる如月に慌てて補足に入る。
「そ、その通りです。刹那の感情に判断を誤り不快な思いをさせてしまい大変申し訳ございませんでした……」
消え入りそうな声でこちらに振り向き、頭が深く下げられる。
「受け取った。これでもういいだろ?」
「……心底不服ですが、西園寺君がそうおっしゃるなら……」
「孝充様……!!」
「おわっ!?」
急に名前呼びありか?
てか抱き着いてきて感触がヤバい。特に一定部位の柔らかさが……!
「ああ。孝充様、たかみちさまぁ……! 自分の怪我など顧みず勇敢に立ちはだかるその姿に心奪われてしまいました」
「そこの毒姫とお付き合いしていないのでしたら、わたくしを一層強く推奨いたしますわ!」
「寝取る側の心の痛みと優越が味わえるかと思われましたけど、そこは残念でございますね」
「どちらかというとまさにあなたが私からた、たか、たきゃみち君を奪おうとしているんですよ?」
「バーサーカーの萌えアピウザいだけですわお姉様」
「今わの際彷徨わせてあげましょうか?」
「ひっ」
さっきので完全にトラウマになってんじゃん。
あれだけ派手に殴られてなお顔にあざ一つできてはいないものの、身体は正直だ。
反射的にこちらに抱きついてきてプルプルと震え出す。
それでも挑発し続けるのってやっぱり……。
「メスガキのサガってやつ?」
「かもしれません。この子って基本、頭はキレてるし社交関係もかなりいい方ですが」
「嫌だなって判断した相手にはメスガキムーブをしてしまう欠点があって……」
「絶賛嫌われてるじゃん。大丈夫……ですか?」
「あらなんで敬語ですか?」
うふふって圧のある微笑みがこちらに飛んできた。
だってなぁ……。
年上って聞かされたら身構えちまうんだ。
今まで通り接すればいいのか敬語に戻ればいいのかわかんねー
「私は今まで通り敬語抜きで構いません。むしろ急に敬語使ったら溝ができた気がして……あ、そうだ♪」
パンってなにかいい案が浮かんだような微笑みと拍手。
「西園寺君は約束守れなかったんですよね?」
「はい……」
「じゃあ、罰が必要ですよね?」
「うん? まあ……」
原則的にはそっちで合ってる気がするけど……?
変な成り行きになってきている気がするぞ?
「じゃあ、お互い名前呼びと孝充君は今後いかなる時も敬語禁止で今回のミスは手を打ちましょう」
ねえ?って強く念を押される。
「わ、わかった。これでいいな? 愛良……先輩」
「うーん、及第点です。気軽に名前で呼んで欲しかったんですが、今回は許します。次はタメ口にしましょ♡」
要求のハードルなんか上がった。
突然スマホ使えってことよりはかなり下がったけど、なんかソワソワする。
いつも通りの返事になぜか甘みが増してドロッとしている錯覚を覚えてしまう。
これで先ほどのドロップキックは水に流してくれるだろう。
そこでふとした疑問が脳裏によぎる。
ちょうどここには彼女に心酔していたらしき後輩もいる。
この際だから聞いてみるか。
「そういや、どうして如月が……」
「……ふふ」
「……愛良先輩はどうして毒姫といくあだ名がついたんだ?」
「なぜでしょう?」
「本人だろ? 知らないのかよ」
「前にも言いましたよね。案外こういうあだ名関係って本人は後から気づくものです。噂を流した側でない限り、どうして噂されるのか心当たりなんて本人には皆目見当つかないものですよ」
「聞いてみれば……」
「本日の振る舞いを振り返れば納得していただけるかと思いますわ」
「というと?」
「美しい佇まいと品のある敬語ベースの言葉遣い。しかし触れた瞬間、まるで毒持ちの花の蕾に触れたかの如く毒をばら撒いてしまう」
「告白してきた子のメンタルがチリひとつ残さないまでへし折ってトラウマになったとか、ナンパしてきた近隣の人の消息が途絶えたなどの噂からそう恐れられるようになったと伺っておりますわ」
「見ず知らずの人が近寄ってくれば身構えるのは当たり前なのでは?」
「そういえば最初はちょっとクールだったような……」