俺の帰宅友達はガチ恋の節がある
「これで、本当に俺の携帯になってしまったのか……」
「ええ。正真正銘あなたの携帯ですよ♪」
「カモにされた分際で楽しそうだな」
「案外楽しいですよ? やりがいがなきゃカモなんてやってられません」
「そういうもんか?」
ガチ恋理論だっけ?
近年のVオタクはスパチャにやりがいを見出していると聞く。
なんでも、自分のスパチャで押しの生活が成り立つ姿を考えて優越に浸るとか。
『オレの金が推しの血と肉に変わっていく姿がたまんない!』らしい。
中にはそういう性癖の人もあるらしく赤スパ、いわゆる上限額のスパチャを飛ばしまくる人もいるとか。
携帯ショップにて名義変更終えての帰り道。
隣でカモされろととやかくうるさい唯一の友達はそういうドロッとしたものに片足突っ込んでる疑いがある。
聞いてみたところ、既に両親の同意は得ている上での譲渡らしい。
同意書にサインしている際も隣から『どうやら大人しく養われる男が好みみたいなんですよね~』ってどこかどす黒さが滲む声で囁かれたけど、気のせいって信じてたい。
「西園寺君」
「なに?」
「ルネも私が勝手に作ったやつに一新しちゃいましたけど、あれでよかったんですか? いったん消して引き継ぎもいけましたけど」
「お前としか連絡取ることないしまあいいかなってね」
「……はっ」
「お、お前じゃなくて如月です」
一瞬、どこか上の空の表情からハッとなっていつもの抗議してくる如月。
全体的に顔が幾分か赤い。頬はうっとりと上気
「そ、そうだな。わりぃ」
なんで赤くなってるんだろ、夕暮れのせいかな。
……つって鈍感系主人公君じゃない。どうして赤くなってるのか承知の上で誤魔化している。
異性はしっかり残されているみたいだ。
やべ、キザすぎるじゃん今のセリフ。
まるで『お前のためだけに入れてたもんだから』みたいな言い方してあり得ないほどはずかしー。
「やだ、初々しい学生カップルじゃない」
「ショップから出て来てるし携帯もお揃いかな? いいなぁ」
「俺も若い頃には……」
「……お姉様?」
通行人に見事誤解されまくっていた。
第三者からすりゃあまあそう見えても仕方ないか?
同じ機種、しかも同じ色の携帯。
制服着こんでいるが、顔は真っ赤になってお互いの明後日の方向向いたまま携帯ショップから出てきた。
「逃げますよ!」
「それ俺の役目!」
「あっ!」
「若々しいわね~」
強引に手首をグイっと引っ張られて走らされることを数十秒ほど。
人通りの少ない裏路地に引き込まれた。
ここって確か……。
「地元民のみぞ知る巨大パンケーキがあるとこだっけ?」
「はい、一度来てみたかもので」
でへっと両手を合わせ一昔前の萌え系ヒロインの如く舌を斜め上にペロッと出してアピっている。
お嬢様ってこういうのも様になるんだな……。
「どこまで演技だった?」
「先ほどの来ちゃったーみたいなあたり前から……」
「マジで?」
「冗談ですので怖がらないでください」
「ここはドン引きしてみるもんだろ」
「むすっ~」
なんで拗ねるんだよ理不尽すぎだろー。
でへぺろのノリ合わせて察したふりしただけなのにこれこそ心外案件じゃないか?
まあ、それはさておき。
こっちにくるつもりで走ってきたんだろうが、衆目が集まる際のあの焦りっぷりは演技ではないな。
逃げ切る際、手首に籠る握力が尋常じゃなかった。
あれは周りが見えない状態じゃないと到底出せない力加減と仕草だ。
そういえば、最後なんか聞こえたような……。
「では西園寺君」
「……から」
「ん?」
「お姉様から!!」
「離れなさい!!」
「ぐわっ!?」
「……ぇ?」
タックル。いや、飛び蹴り?が横から唐突に炸裂し数メートル吹き飛ばされる。
「ぅっ!?」
なんで蹴り飛ばされたんだ?
誰に?
突飛すぎる状況に突き飛ばされた痛みが相まって頭が回らない。
「ザコなんですの? 女の子のか弱い蹴りなんかに突き飛ばされるなんてダッサーい♡」
「お姉様に汚らわしい手で触った罰ですわ。ザコザコお兄ちゃん?」
「……」
「くっ」
メスガキか?
かなりの偏差値を誇るお嬢様学校、百合園学園にもメスガキは根付いたのか?
お嬢様口調とメスガキ特有の煽り文句が合わさり返って微妙なキャラ付けになっている感が否めない。
「ザコザコお兄ちゃんはぁそこで地面にひれ伏してればいいですわ。お姉様、あなたの妹ごと桐生華生が参りましたの。帰りましょう? こんな庶民なんか相手にしなくても……!?」
「ごほっ!?」
「聞いてられませんね」
信じがたい光景が唐突に両目に飛びこんできた。
如月が妹を自称する桐生さん?の腹部を殴りつけたのだ。
「私、メスガキなんか死ぬまで煽ったせいで好きな人寝取られてワカラセられるただの脇役って印象しかないんですが……」
「手癖も悪いだなんてただのゴミですね?」
「おねぇ、さまぁ?」
「ふんっ」
「んがっ!?」
容赦なくお嬢様系メスガキの顔面に如月の蹴りが炸裂する。
「今すぐ謝りなさい?」
「い、ゃ……」
「んぐっ!?」
「拒否権なんてあるはずないでしょう」
倒れ込んだメスガキごと桐生の前髪を掴み上げさらに数発殴りつける。
「私の」
「大切な宝物に」
「手を出したじゃない」
「謝るか、身体で詫びるか」
「はぐっ、うぅっ……」
「お、おい如月、やりすぎだって」
一言、また一言発されるたび鈍い音が路地裏に響き渡る。
絶対零度をも下回る語気に辺りの気温が数度下がったかのような錯覚を覚えさせられる。
知り合って一年ほどだけど、ここまで負の感情が露わになる如月は初めてだ。
この前もなんだか圧が強いなぁって感じだったが、どうやら彼女は怒らせたらいけないタイプの人間っぽい。
人間、頭に血が上りすぎると本能に訴えてしまうものだ。
その人の元の性格問わずにだ。
「た、す……ぇてぇ」
「先に殴り込みかけた側の人間が助けを乞う。ですか」
「呆れました。ねっ!!」
「んごっ……!」
「私、礼儀には少々うるさい方だって知ってますよね?」
「突然蹴り飛ばした挙句、煽るとかどういう了見ですか? ええ?」
「ご……さい」
「からかう声量どこ行ったのですか? 一生文字に頼る生活にしてあげるのもいいかもしれませんね」
「ひぅ……ご、ごめ……」
「……謝るべき相手、誰?」
「ひっ!?」
「やめろ愛良!!」
「はっ……?」
「んぐ、えっぐ……」
全身が凍り付きそうな絶対零度をも下回る空気感をなんとか払いのけ、真っ赤に染まる拳を振り下ろす寸前の如月とメスガキの間に飛び込んで引きはがすことに成功する。
メスガキを抱き留める形になったけど、これはやむなしということで許してくれ。
「さ、西園寺君が、私の名前……」
「やりすぎだっつの」
「あたっ。むっす~」
「俺のために怒ってくれてありがとう」
「正直、誰かが俺のためだけに感情露わにしてくれるのは初めてだからぶっちゃけ凄く嬉しい。でもやりすぎだ」
「うっ、ごめんなさい。西園寺君が蹴飛ばされたと思うと理性がちょっと飛びかけました……」
「わかればよろしい」
如月にデコピン一発入れて口は会話に充てつつ、両手で俺を蹴飛ばしてきたメスガキ。はなお?って呼ばれた子の顔面に付着してた血を拭いてあげる。
にしても、綺麗に殴りつけたもんだ。
あざが出来てはないものの、鼻血やら唇が裂かれた血やらで顔がめちゃくちゃだ。
「元は可愛いよりだけどなあ……」
「……王子様?」
「……へ?」
「……は?」
「わたくしだけの王子様。結婚を前提でわたくしと付き合って」
血を拭いてあげてると瞼が開いた途端、何故か抱きしめられた。
そして、何故か告白された。
人生初の告白がまさかドロップキック飛ばしてきた女だとかでたらめすぎだろ。
「はああああ!?」
そんな俺の気持ちを代弁したような如月の絶句が路地裏にこだまするのだった。