ズルズル引き込まれていく
次の日の放課後。
ではなくその翌日の放課後。
「むっすー……」
「あの……」
「なんです?」
「やむを得ない事情がありましたので……」
「それくらいわかりますよ? ええわかりますとも」
「だろ? だからさ」
「そろそろ離れてくれない? 急に距離感バグってるけど大丈夫?」
「私、バグレポとかあえてせず修正されるまで利用しまくるタイプですので」
「役得しまくってシラ切るタイプ~」
意外なとこで庶民感出してるな、相変わらず。
なんでゲームやってない俺の適当な相づちにいかにも『ゲームに精通してる感』で対抗してくんの?
「や、マジで離れろ」
「約束破った罰です~! 文句は受け付けませーん」
ツーンと拗ねた口調で抱かれた腕の感触が一層強まる。
昨日、一方的に取り付けられた感想聞かせる約束も、毎日電話するという約束もどれもパーになった。
正確には守れなかった。
のんびり帰宅する予定だったけど、工事現場の方からシフトに穴が開いたと急に連絡が回ってきた。
で、急な呼び出しに悪いからと日給1.5倍の提案に乗らないほど恵まれてはいない。即答して飛びついた。
待たせるのも悪いという最低限の良心がしっかりと働き連絡は残せたものの、またもや不運が重なったのだろうか。
昨日の作業はここ数か月で類を見ないほどキツイものだった。
退勤する際、明日学校あるのに本当悪いと壊れたシーソーみたいにペコペコと及び腰で謝り倒してくるリーダーの声ごと素通りするほど疲れ果てていて家に着いた瞬間記憶が飛んだ。
気がつくとあり得ないほど溜まってる愛良♡からの留守電と『ころす』とシンプルな脅し文句約一件。
放課後になって待ち合わせポイントに着くと有無を言わさぬまま抱き着いてきたのだ。
頬っぺた膨らませたまま抱き着くのは可愛いから見ものにしようかなと思ったのも本音だ。
しかし気がつくと勝手に白状していた。
オーラに負けた……何も言わないのかおらぁ?という謎のオーラは怖すぎる。
「仕方のないことですからこれくらいで済ませてあげてるじゃないですか」
「もし故意だったらどうしてた?」
「放置プレイって殺される覚悟が出来てる人の趣味だって思っていますの、私」
「断じて故意ではございません!」
「わかってますよもう……で、携帯の感想……はまだ無理がありますよね」
「貰った当日、電話終わってから動画サイト徘徊しまくってたのにバッテリー減らされてなくてビックリしてた」
「……今はそれで及第点にしときましょう」
むすっとした表情からいつもの凛とした雰囲気が如月の辺りに舞い戻る。
機嫌直ったのかな?
「今日は時間空いてますか?」
「今日のシフトは午後十時からだからあるっちゃあるよ」
「はああ……」
盛大なため息とぐいっと軽く腕をつねられた。
痛いわ。
「もう私がどうにかするしか……」
「ん? なんか言ったか?」
「なんでもありません」
ケロッとした声の割には一瞬、物凄く怖い表情していた気がするが……。
深堀したら戻れなさそうな気がするのでやめにする。
「約束を軽はずみにした罰は後ほど執り行うとして」
「理不尽すぎ~」
「携帯ショップに寄りましょ? 名義変更の手続きが要りますの」
「ん……」
「あら、なにかご不満が?」
「いくつかあるけど言っても聞き入れてもらえなさそう」
「ご名答。カモにされてあげますって言ってますよ? 繁華街の方へ行きますよー」
「ちょ、引っ張んなって!」
それはまるで、砂漠が見せる蜃気楼が勝手に近づいてくるみたいに。
気がつくと、蜃気楼から本物のオアシスへと様変わりしていた空想の産物のように。
帰路がたまたま同じ友達の手に、徐々に日常が染まりつつあった。