友達からこういうの貰うのはさすがに悪いだろ?
「なにもなかった」
「そうでしょうね」
「ビックリするほど、何も起きてない」
「いつもの惰眠が貪れるくらいに?」
「次の言葉まで完全に射抜いていた……だと!?」
「パターン化してきてましたので」
にししっていたずらっぽい笑みに顔が綻ぶ如月。
俺でなかったらここで恋に落ちるくらい魅力的な笑顔だ。
「で、本当は何か起きてたんですよね? ちゃんと聞いてあげますから移動しましょ」
「がせじゃないんだよなーこれが」
ぼやき気味な声と共に一歩踏み出して再び帰路に乗って続きの言葉を口にする。
「朝、登校して放課後までなにも起きてない。昼からは肉体的にも起きてないけど」
「少しは真面目に授業受けてくださいね? 先生が可哀そうじゃないですか」
「それこそパターン化してきて直れないんだわ」
昼休みくらいなれば噂が広がっていくもんだと思ったけど、そういうのは一切なし。
『あの毒姫と!?』とか『どういう関係?』ってカスト上位のギャルにしつこく訊ねられるとか。
挙句の果て校舎裏に呼び出されてどういう関係かファンクラブ名乗るインチキ集団に脅迫されるとか。
何もなかった。
平和すぎて昼飯抜いてガチの睡眠とるくらい。
「放課後、しかも時間がかなり立った後でしたので納得いきます」
「噂がられることから始まる成り上がり系してみたかった」
「そこで急に登場したヒロインに告白されていい感じに……! というのが定番ですが告白は受け付けないんですよね?」
「だろうな。そういうやつに限って養ってくれなさそうだろ?」
「めげないですね。そういえば聞いたことなかったんですけど、ヒモになって何がしたいんですか?」
一瞬、如月の表情が怖かった気がする。
目が笑ってなかったような……?
「ん? そうだな……彼女の金でパチンコ?」
「絵に描いたようなネタじゃなくて真面目な方で」
ネタじゃなくて真面目な返答求めてもな~
そうだな……。
うーんとわざとらしくひとうねりして口にする。
「彼女の金でガチャ回して爆死したらデートに行く。とか?」
「ガチャまではネタでしょうけど意外と地味な夢ですね、驚きです」
「ガチャまでガチだけど?」
「ガチャだけに。ですか?」
「悲しいことにガチャ回せるゲームがインストールできないんだよこのスマホ」
「スルーは反則です。拾う義務があります」
「要求多すぎ」
何かしたいとか明確な理由は浮かんでないものの、ヒモになって甘えたいのは事実。
何回も如月に『ヒモさせてくれる女性が好み』ってクズ発言を繰り返し伝えるくらいだ。
中身のない会話を繰り広げていると、いつの間に別れポイントに着いていた。
「そうだ、西園寺君」
「ん?」
いつもの『ではまた』ではない言葉が如月の口から発された。
視線を向かせるため隣にあるはずの如月に顔を向けようとすると、どすっと手に重たい物が握らされる。
そちらに視線を向かせると四角い機械が手のひらに乗っていた。
「スマホ?」
「はい、あなたのですよ。どこ製造とかOSがとかそういった細やかなところは苦手で私のと同じ機種にしましたけど、最新のものがよかったんですか?」
「不都合はないけど……悪いだろ」
「ヒモしてくれる女性が好みという発言してる人の口から常識的な言葉が出てくるとは、心外です。キャラブレてますよ?」
「なぜそこで心外が出るんだよ」
俺にも“友達に高価なもの貰ったら気が引ける”という良識くらいなら備わっている。
「ちなみにそれですけど、私のお下げではなくちゃんとした新品ですので安心して大事に使ってくださいね」
「既に契約済み。5Gもしっかり繋がります。今のところ名義は私の名前になっていますが今度予定合わせて一緒にショップ行きましょう? では、私はこちらですので」
それでは。とペコリとした相づちと一緒に伝えて向こうの住宅街に消えてゆく如月。
「なお悪いだろ!?っておーい!?」
俺の言葉なんか耳にも貸さずいつもの飄々とした佇まいを維持する歩き方で去っていった。
怒涛の展開に追いつけず、手の中の新規スマホに釘付けになったままボーっとしてしまう。
「……帰るか」
一方的に取り付けられて別れポイントに取り残された俺の空しい叫びがこだまするだけだった。
「つっかれたー」
深夜0時を回る頃、玄関開いて真っ先に口から漏れたのは不満の言葉だ。
工事現場のシフトは今日入れてない。
ファミレスの仕事は基本そんなにきつくない、と思っている。
力仕事がないわけじゃないものの、まあまあやれるくらい。
しんどいのはそっちではなく接客の方だ。
「今日はなんかうまくいかなかったな」
厄日ってやつだろう。
よく不運は連鎖的に起こりがちって言うけど、こういう日には一層その通りだと強く思わせられるものだ。
布団に横になりつつ今日あったことを軽く振り返る。
タイミング悪くオーダーミスが生じたらしい。
お客様がAを注文したものの、伝票にBと書いて出してしまったのだ。
導入はファミレスバイトあるあるなものだけど、連鎖的に起きると無視できない存在となる。
作る方で気がついてたらなんとか手が出せたけど、厨房はオーダー通り作るしかない仕組みなので気がつくはずもなくオーダー通り作って出してしまう。
しかも出来上がったものをお客様に運ぶのがたまたま俺で、オーダーしたのはやたら口うるさいとバイトの子達の口にあがる人。
当然、運んだ俺にクレームの矢が飛び火して鎮圧するハメになってしまった。
で、それにとどまらずミスがどうとかマスターにも一言苦言を言われる始末だ。
原因が俺にあったと勘違いが解けたらしい退勤直前に謝ってきたものの、あんまいい気分ではない。
「まあ、しっかりしてほしいしか言いようがないか」
他にも言いようはあるけど、それが一番しっくりくる気がする。
マスターの気持ちも別にわからないものではない。
ファミレスの真夜中とはとうてい思えない盛況っぷりだった。
この時間帯に? と、文句が自然と口をつくくらいには。
その状況でミスが生じて運ぶのがたまたま俺であった。
真っ先にこちらを叱り後からことの成り行きを耳にして謝る。
そこからくる精神的な疲れは無視できるもんじゃない。
盛況だったせいか肉体の疲れと相まったら相性半端ないったらこの上ない。
「にしても、これどーすんだ?」
放課後、如月から手渡されたスマホを片手に思考の海に意識を沈める。
有無もいわさず一方的ではあるが、こちらの境遇を気にしたからこそ渡してきたんだろうか。
「やっぱ悪いよなー」
詳細は知らんけどそんな気がする。
「使わなかったらそれはそれで悲しむか」
ヒモになりたいとクズ発言三昧な分際でどの口がってなるけど、ヒモになりたいのは別段嘘ではない。
人の金で食う焼肉が美味い理論だ。
てことは人の金で成り立つ生活は最高に気持ちいいのではないだろうか。
けど友達から高価な物貰うのもなー……うーん。
「おっと、電話?」
悶々としていたら手元の電話に着信が入った。
この遅い時間に誰からだろう。