風邪になった俺へ降り注ぐ毒姫の看病
ブーンッ、ウーンッ。
「ん……」
ウーンッ。ウーン、ウーン。
「ッセぇな……」
ブルブルと規則正しく響くバイブレーションの音に意識がゆっくりと水面に浮上し、気持ちが言葉となって口からこぼれた。
アラームは振動ではなく音にしてあるし、これは多分電話だ。
「もし、もしもし……」
「孝充君どうして電話出てくれなかったの今何時かわかる私死ぬほど心配したから今からそっち行くねというかもうあなたの家入るね」
プチっと一方的にまくし立てられて電話が切られた。
続いてガタガタとやたら扉から何か鉄同士ぶつかる音が数回鳴ったと思いきや、扉が開かれた。
「華生ちゃんみたいな真似、しちゃいました。えへへ、ガチ恋の勝ち確です」
「孝充くーん、聞こえますかー?失礼しま~す」
「んっ……?」
きしっとベットのスプリングが沈む音とモソモソと何かが侵入してくる感覚。
寝起き直後の人にはハードすぎるんじゃないか?
電話で怒涛のラップにピッキングして侵入……。
「りっぱな、犯罪……」
「寝てましたかー? 寂しかったものできちゃい……?」
「っ!?」
ドドドドっと慌てふためくような足音がして数秒、プチっとライトが付いて部屋が明るくなる。
「ぅ……」
「孝充君こちらを……って顔、真っ赤じゃないですか。何があったんですか?」
「めら……」
先輩、と言う言葉が喉から先に放たれることはなく、内側でおしとどまってしまう。
声が出ない。なんなら凄くだるい上になんか熱っぽい気がする。
凄まじい眠気も未だ尾を引き気だるさのコンボ技に返答する余裕なんて生憎持ち合わせていない。
「あなたの愛良ですよ、おでこ拝借しますね」
「やっぱり凄い熱じゃないですか! 何があったんですか!?」
「んっ……そっか」
愛良先輩がなんか言ってるようだがうまく聞き取れないが風邪というワードだけはしっかり耳に馴染む。
凄い気だるさが全身に包み込むおかげで声すら出せない。
「薬は確かコンロの下にあるタンスに……って孝充君? たかみちくーん!!」
・・・
「うぅわ……」
汗の気持ち悪さと暑さで目が覚めてしまった。
「5月になったばっかだけどな」
自慢じゃないが築年数がかなり経っているもんで家に床暖なんてない。おまけに電気毛布も揃えてないし何より4月後半から寒いと感じたことはないため気にすらしていなかった。
なんなら布団からベットに成りあがったおかげで快適すぎかよのレベル。
「すごい夢だっ……!?」
水一杯飲もうと起き上がるとふらつき倒れそうなところを左から伸びた両手に包まれて事なきを得た。
「無理、厳禁って言いましたけど?」
「愛良先輩……?」
「4時間くらい立ってるんです。覚えてないんですか?」
その言葉に触発されたように一連の出来事が脳裏をかすめる。
「あれ夢じゃなかったの?」
「活力のない声……ちょっと待って。よいっしょっと」
当たり前のようにベットから立ち上がってどこにあったのか体温計を持ってくる愛良先輩。
……今、布団から出て行ったような。
「頭借りますね。じっとしててください」
「ん」
彼女が手に持つ体温計は病院などでよく使われる耳奥に差し込み体温を測るタイプのもので、今俺は彼女に抱きとめられたまま体温を測られている。
より具体的に言うと胸元に頭が乗せられている状態。
「童貞には刺激が強すぎる……」
「38度4分。当てているんですよ? 心配させた罰です」
「余計熱上がったらどうするんだ」
「知らないんですか? 風邪で熱が上がる理由は体内の免疫機能がウィルスと戦ってるからです。つまり無理せず要安静ですね」
「食欲はありますか?」
「何故か死ぬほどなにも食べたくない」
「いくら料理下手とはいえ豚肉をレアで食べるのはアウトですよ? 次からはしっかり連絡すること。いいですね?」
「あ、ああ。わかった。というか、今日は怒らないんだ」
「どうやら私、生理したら死ぬほど甘やかしたくなります。しつこく連絡したり突然勝手に押し掛けたりした場合、そういう日だって察してくださいね」
「そういえば何故か特定の日にはもっと口うるさかったような……」
「多分ね。それに私が怒る理由なんてカモの名誉を傷つくような行動ばかりするか心配かけるかがメインですから」
「ふぅー」
「っ?!」
慈愛に満ちたようなはたまた真面目そうな雰囲気から一転、唐突に俺の耳に息を吹っかけてくる愛良先輩。
寄りかかるに近い姿勢で横になっていたため、そのまま仰向けになってしまう。
「しっかり甘えてお姉さんは嬉しいんです。よーく出来ましたー」
「耳元に……っ」
「ちょ、愛良せんぱ……」
「すー……はー……なんですか?」
「ああ、すみません。布団もかけた方が汗一杯かけて免疫機能に仕事促せますよね」
横たわる俺の隣にちょこんと抱きしめてきた。
思ったより刺激が数段はヤバい。ラノベとかマンガとかで『匂いが……!』とか『刺激がうんたらかんたら……!』とかいわゆる童貞ムーブに徹するのも頷ける。
しかも先輩が息するたび耳元にかけられてこれがまた……。
「ふー」
「えへへ。ラノベって侮れませんね? 匂いが—とか刺激が—とかで騒ぐ主人公。クソダサいって内心叩きまくりでしたけど」
「奇遇だな。ただいままったく同じこと考えてた」
「看病イベントって神の賜物かもしれません、それにヒロインの立場も気持ちも、もう少し詳細描いて欲しいものです」
「たとえば?」
「ガチ恋の立場からでいいですか?」
さらにギュッと身体を密着してくる愛良先輩の雰囲気は、未だ慈愛に満ちた女神のようなものだ。
まさに毒花に咲く甘い果実のような状態。
そんな先輩が更に唇を耳元に口づけ、俺に聞かせるため想いを声に変える。
「襲って私だけの物にしたい」
「……!!?」
「私という毒を盛って解毒剤という建前で死ぬまで養いたい……ふふっ」
「弱ってる主人公なんてヒロインからしたらカッコウの獲物なんですよ? 特にラブコメ物になると尚更」
「隙うかがって掻っ攫うのもたまには刺激的でいいんですよ」
「ラノベの話か。そっか……」
「いえ、私の嘘偽りない本心んですけど」
「は?」
抱きしめる腕の力がより一層強まった、気がする。
風邪で弱っているからこそ逃がさないという確固たる合図が伝わる。
ガラッと雰囲気が変わることなどなく慈愛に満ちた雰囲気のままだ。
「てかとうとうカモからガチ恋って白状したな。愛良先輩」
「ヒモさせるカモとガチ恋は似てるところがあります。体調が治り次第炊飯器やら家電前半揃えの下見に行きましょう」
「初めて私に頼る孝充君が、生理だって思い出して拙いなりに気づかいの文章送った孝充君がもう可愛すぎて気がついたら家の前で50回ほど鬼電してました」
「ヤバいメンヘラ女か?」
「私の金使ってくれないと病むー」
「くぁいくねぇ……ふぁーっんむ」
新情報。金ちらつかせるメンヘラ発言は案外可愛くない。
病み上がりどころが真っ只中にはかなりキツイテンションだったらしい。
欠伸が漏れて視界もなぜかうつらうつらしている気がする。
「添い寝させてもらいますね。初添い寝ゲット……!」
「今何時だ……?」
「午後12時です。学園には連絡させていただきましたので安心してゆっくり休んでください」
「あ、ちょっと待ってください」
隣にあった温もりが突然離れてゆき、バタバタと忙しない足音が数回。
戻ってきて冷却シートの取り替えとミネラルウォーターの蓋を開けて一口飲ませて、ゴミ分けまで無駄のない動きでテキパキと済ませる。
流れるような介護が一通り終わると隣に舞い戻り再び抱き着いてきた。
「これで安心して眠れます。寝汗は……今の私には抑えが効かなくなりそうですので悔しいですけど華生ちゃんに任せちゃいます」
「何と戦ってるんだよ愛良先輩は」
「んっ……童貞厨とカモの矜持。かな」
「?」




