ご飯にしましょうか?あ、もちろん私持ちで
「はーい」
「来ちゃいました♪」
扉を開くと先ほどまで電話で話していた人物が玄関先に立っていた。
見慣れた放課後の制服姿のまま。
つまり俺のせいで本当に数十分待ちぼうけ食らってたことになる。
「いらっしゃい、帰ってもらえるかな?」
「客人に失礼すぎます。私だからいいものの、他の方にはやめてくださいね?」
「ちょっ」
問答無用とばかりに厨房スペースを通り、俺が寝泊りする部屋に入る。
「これは……!」
如月が言葉を失くしたまま呆然としていた。
無理もない。
布団と充電ケーブルに繋がれた年期入りのスマホ以外何も置かれていない室内を目の当たりにしたからだろう。
「西園寺君。こ、これ、は……」
「何もない部屋って言ってなかったっけ?」
「いつか言ってましたけど、でも!」
「何もないどころか、空っぽじゃないですか」
まあ、無理もない。
「空っぽだよな、高校生の一人暮らしなんてこんなものだよ」
「こんなモノのはずありません! 少々古い物件でも、あの、生活費とか」
「俺が工面するしかねぇんだ。言ってなかった?」
「言ってません! 何も聞いてませんよ!」
絶句に近い声がちっちゃい四畳半の部屋にこだました。
初めてうかがう感情が高ぶった声。
荒れ狂うほどではないが、平常時ではないのは明らかだ。
「どういう顔ですか、それは」
「ん? 気に障ったならごめん、そこまで怒ることかなーって思ってさ」
困惑めいた声で素直な気持ちをそのまま彼女へ告げる。
マジでなんで怒っているのかわかんない。
その一言に呼応するように彼女の表情が徐々に歪んでいく。
怒りとは違う別の感情。
例えるならどうしようもない悲しみに明け暮れるみたいな顔つきだって言えるか?
「馴染みとはとても怖いものですね」
「なんか言ったか?」
「いーえ。なんでもありません」
ボソッと呟いてたからうまく聞き取れなかった。
こわい、怖い? みたいなニュアンスの言葉が聞こえたような気がするが、前の文章がわからないから繋げて連想すらできない。
「身が縮む思いをさせてしまったこと、突然すぎる訪問の上、錯乱したことお詫びいたします。本当に申し訳ありません」
「いいって、顔上げてくれ。頼むから」
突然起こり出した理由はさっぱりだけど90度の丁寧なお辞儀と謝罪されたら返ってこっちがタジタジになってしまう。
だから早急に顔をあげさせた。
下校道が同じ友達にそこまでされても困るだけだ。
「ありがとうございます。ところで西園寺君、これからのご予定は?」
「今日はもう何も。明日からはまたバイトかな」
それではという言葉と共にパンと手を合わせる。
「食事にいたしましょうか。もちろん、金額は私持ちで」
「いいの?」
「いつも“将来の夢はヒモ”と大胆なこと言ってたじゃないですか」
「貢いでくれる女子が欲しい~」
「貢ごうとする女でしたら、目の前にありますよ?」
ノリに合わせるつもりでワザとらしいチャラ男セリフを披露するも、あっけなく霧散する。
いつもは決してないスマッシュが突然襲い掛かる。
目がマジだ。
「うーん」
「どうしても気が進まないのでしたら、ここは貸しひとつということでいかがでしょう」
「貸しっておい」
「無論、あなたが叶える範疇が前提であることお約束いたしましょう」
急に雲行きが怪しくなってきてないか?
次、目覚めた時なんか見知らぬ白い天井広がってんじゃね?
なんていうツッコミを慌てて喉奥にツッコム。
危なかったー!
「了承ということで。さて、何かリクエストはありますか?」
「……ラーメンが食べたい」
「ラーメン?」
「種類は俺もよくわかんないけど、とにかくラーメン食べたい」
「一食何万円まででしたら出せますよ?」
「遠慮してるわけじゃないんだ。マジでラーメンが食いたいだけ」
冗談ふっかけたかったけどじっとこちらの意図を図りかねた目のままだったので、素直な気持ちを口にする。
逆に一食うん万円となると頭バグっちまう。
酒が飲める前提で爆食いしか浮かばない。
如月が言うことはそういう類のモノではない気がする。
「では参りましょう」
「着替えるから先に……」
「あら、上に一着羽織るだけでいいですよ?」
「隣歩くのが……」
「い・い・か・ら、ね?」
「はい……」
どっからどう見てもお嬢様な彼女の隣を歩くんだ。最低限の身なりくらい整わせて欲しかったが、その刹那のひと時すら与えるつもりはないらしい。
また圧に負けてタンスの中にあるジャージを羽織り、如月と一緒に我が家を後にする。
向かう先は商店街。
徒歩でざっと二十分くらいかかるって言ったら満面の笑顔で了承してくれた。