これが俗に言う『ダメにされる』ってやつか
「ごちそうさま」
「お粗末さまでした。ふふっ、いかがでしたか?」
「食いすぎだ。生まれてこの方、ここまで大食いしたのマジで初めて」
腹千切られそうってくらい死ぬ気で食った。
胃袋の中はたらふく食った肉で早朝の総武線くらいの箱詰め状態。
プライドもなんてとっくにかなぐり捨ててだらけてると、二人はそんな俺に慈愛に満ちあふれた視線が降り注ぐ。
「連れてきた甲斐がありますわね。ここまで満足して頂くとは思いにもよりませんでしたわ」
「食べ放題のミソはお腹ぎゅうぎゅうになっちゃうまで食べることですもん。満足してもらえて幸いです」
「出ようって言いたいけど……」
「幸い客は私達しかありません。ゆっくり出ましょうか」
食べ放題の経験があんまりないので人目が気になるが、嬉しそうに言われたら従うしかなくなる。
・・・
動ける状態になるまでダラダラすること数分、食べ放題の店から出てきて、当たりはすっかり夜の帳が降りており解散する流れになる。
「では、明日お部屋にお邪魔します。帰ったら電話しますので」
「愛良先輩が楽な時間帯にかけてくれ。食べ過ぎでしばらくは眠れなさそうだ今日は」
「ふふっ。かしこまりました」
「明日はわたくしとも電話してください、孝充様の声はいつも聞いておりますが特別感がたまには欲しいですわ」
「むっ、私は同担拒否ですよ? ストーカーは大人しくお得意のカメラ越しで視姦プレイにでも興じていればいいです」
「毒姫様のワード選び時々えげつねぇな」
「学校での毒姫モードは凄まじいものですわ。説明して差し上げたいのは山々ですが……」
「ふふっ」
「そんな真似したら明日の朝日が迎えられなくなりそうですので黙りますわ」
後輩に向かって言うセリフじゃないだろ絶対。
軽々しく受け流す華生ちゃんも凄いとしか言えない。俺だったら絶対傷ついて泣きそうにはなってた。
「自害行為などよほどバカな真似に走らないかぎり孝充君に毒づくことはありませんので安心してくださいね」
「は、はぁ」
「ではまた明日」
「朝方伺いますわー」
「ああ、また明日」
別れの言葉が口々につき各々帰路につく。
今日中視線がまったく感じられなかったので一人で帰宅すると言ったが、心配はされたものの許してもらえた。
これもデートの醍醐味とかなんとか言っていた気がする。
「ふぁ~」
「今日はなんだかんだすげー楽しかった」
住宅街まで着くとおのずとひとりごちてしまうもの。
繁華街の喧噪から離れて静寂がどっしりと構えている住宅街に入って来ても尚、視線は感じられない。
ストーカーも休業日なんてあるのか?
「食いすぎって結構考えもんだな……」
空腹もかなり苦しいものではあるけどそれとは別の道を行く苦しさだ。
語彙力が乏しすぎるせいで上手く口にはできないけど、敢えて説明するなら一歩も動けないという言葉が一番しっくりくる。
曖昧でハッキリしない物言いになってしまうけどそれ以外説明のしようがない。
「てか本格的にダメにされてる」
愛良先輩のおかげで満腹の苦しさも、家具のある生活まで経験させられる予定だ。
もう元には戻れないかも……。
「二人には合鍵でも握らせてやるのもいいか……」
いつの間にか自然とそんな考えが水面に上がってきていた。
寝てる間、家に入ってくることがこれから多々あるだろう。
ピッキングは……すでにされてる疑いがあるが、まともな方法ではない。いくら公認のストーカーとはいえ、あんまりな気がする。
愛良先輩に至ってはいちいち合流してくる必要があるので手間がかかるだろう。よくしてくれている相手になんか申し訳ない。
まあ、ゆっくり考えて相談すればいいか。
「ただいま」
楽し気な挨拶の声が誰もいない部屋にこだまする。
「視線は……無い。よし」
逆に返事来たらびっくりだ。
靴を抜ぎ、部屋に上がって電気をつける。
まずはシャワーからだ。
「そういえばボディーソープほぼ切らしているんだった」
今日買っとけばよかった。と軽い後悔が寄せてくるものの過ぎたことだから仕方がない。
楽しくて日常品がうっかり頭から抜けるあるあるについ口の端っこがあがってしまう。
まだ最寄りのスーパー開いてるはずだしそっちで替えの物買ってくればいいか。
「シャワー浴びる直前に気づいて本当よかった」
歩いて五分程度の結構でかめのスーパーから詰め替えのボディーソープ買って帰ってきた。
シャンプーは替えて間もないからまだまだ充分イケる量。
「これも愛良先輩の金で買った方が良かったのか?」
スーパーのアプリのポイント貯めも兼ねて決済までアプリで済ませてきた今、不意に頭によぎる不安。
「これくらいならまぁいいかな」
クーポン使って千円近くのやつが七百円まで節約できたんだ。許してくれるだろう。
シャンプーと一緒にまとまらない考えを洗い流す。
シャワーが済んだちょうどいいタイミングに愛良先輩から電話がかかってくる。
それからはいつも通りの穏やかな時間が過ぎていった。
愛良先輩と他愛ない話題で盛り上がり時には盗聴していた華生ちゃんにルネで突っ込まれる一日の終わりを告げる優しいひと時。
三人とも一日中歩き回った疲れがあったせいか早めに電話を切り上げて眠りにつくため布団へ。
「明日からは布団ではなくベットか」
貢いだのは愛良先輩の意思だろうけど俺自身、やっぱり後ろめたさがどこかに見え隠れている。
それをはるかに上回る嬉しさが相殺させてやっと平静保てると言えるだろう。
どうして俺にそんなに優しくしてくれるのか?
水面に疑問が浮かぼうとする寸前、ここ数日の精神的疲労とすっかり昨日分になった疲れがどっと寄せて来て意識を手放した。




