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毒姫の襲来

夕暮れの茜色に染まりゆく街並み。

フェンス越しから覗く住宅街も商店街をも染め上げられ、瞬く間に知らぬ風景へと様変わりする。

馴染みある街並みが知らぬ情景へと様変わりしていく様子をただ見つめているばかりで、特に何もせず突っ立っている。


「ここは……」


学園の屋上、か。

目の前にあるのは事故やら飛び降り防止で学校の屋上に設置される網状のフェンスの数々。


「何していたんだろう……」


前後の記憶があやふやだ。

西園寺孝充が俺の名前ということもついさっき思い出したばかりだ。

どこかふわっとする感触が頭から離れない


「わたしが呼び出しました」

「お前が?」


ポロっとこぼれるため口に、驚きのあまり手で口元をふさぐ。

普段、お前なんて呼び方する人はいない。


「やっと、素直になられたようなので嬉しいです」


そっと近寄ってきた彼女の手が伸びてきていつの間にか抱きしめられていた。

それにとどまらず唇がこちらの口元めがけで近寄ってくる。

唇同士がぶつかり合う。


「——!?」

「一生、お支えすることを約束しましょう。返事は「喜んで」のみです」

薄紅色の髪をした彼女がいたずらっぽく微笑み、指先が唇に触れた。

「おま……えは……?」

「……誰だっ!」


全力で引き離そうとしたけど、手は宙ぶらりんするだけ。


「夢か……!」


唇の感触が思い出せないっ!!


「クッソ! やっと済ませられたと思ったのによぉお!!」


高校一年生。

十六才。

彼女いない歴=年齢

そこはまぁしょうがない。

潔く諦めているつもりだ。

だが。


「キスぐらいは済ませられるかもって思っちまうだろ!? せめて夢の中でいいからさあぁ!」


済ませたけど、感覚が思い出せない。

所詮は夢の中の出来事だ。感触が残るはずもない。

経験ない俺の妄想で補えるわけねーだろうが!


「はぁ……げっ、充電忘れてたか」


そもそも今、何時何分だ?

壁掛け時計なんて高尚なモンは生憎育ててない。

四畳半の部屋に一人暮らしの学生の身には贅沢品だ。

盛大に愚痴りながら充電器にスマホつないでおよそ数分。

あ、電源入った。


「時間は5時36分だから……って午後5時?!」


丸1日屍のように惰眠貪ってたのか。

授業全部蹴ったのはまぁ、何回かやらかしたことがあるからいい。

担任も俺の事情、なんとなく把握しているしなんも言えないだろう。

にしても連絡なしか。

事情把握していたとしてもだ。

お小言もらうのはめんどくさいが放置されていい気分ではない。

相反する気持ちが胸中に渦巻くところ、まだまだガキか。


「っと、電話か?」


見知らぬ番号からの着信に一瞬身構えるものの、いったん着信の青いアイコンをたっぷする。


「もしもし」

「どちらさまでしょうか?」

「私です私」

「この声は……如月か?」


内心、ガキじみた不満が芽生えかけつつあるその時、スピーカー越しの透き通るソフラノトーンが耳の中に響く。

放課後、中身のない会話を交わす聞き馴染みある声。

そこでひとつの約束が脳裏にかすめる。

思い出した。

今日は早めに出るって別れ際に如月と約束していた。


「もしもし? 本当ごめん!」

「もしもし。西園寺君……? 西園寺君!?」


慌てて声の主に謝り倒す。

が、謝りの言葉は彼女耳には届かなかったっぽい。

心配した声色で俺の名前ばっか唱えている。


「もしもし、聞こえますか? 大丈夫ですか? 今どこですか? 携帯は切れてる、下校時間はとっくに過ぎても現れる気配がまったくなかったので失礼を承知で学園に伺いました。今日来てないって返事をいただきましたけどどこにいるんです? もしもし? 返事してください!」


「あ、ああ……ごめん」

「もう、心配したんですよ? ずっと待ってても来なかったものですから」

「その、心配していただいたのは大変嬉しいんですけど……」

「どうしました? 歯切れの悪い返事……もしやなにかトラブったんですか?」

「いや、あのさ。前回と同じ理由」

「前回と同じ……まさか」

「バイトの疲れで死んでました。大変申し訳ございません」

「はぁ……」


先ほどまでの怒涛の迫力はいずこへ。

ガス抜けのようなため息が、スピーカー越しから漏れ出た。


「心配して損したなぁ……今お家ですか?」

「ああ、起きて5分?くらいのはず」

「5分ってまた曖昧な……ああ、確か年期入りの物で電源入れるだけでも時間がかかるとか……」

「帰宅する前には確か40%だった記憶があるけど家着いたらプチっとされてたんだよ」

「はぁ。意地でも携帯ショップ連れていくしかありませんね」

「生憎万年金欠マンだ。この子と添い遂げるしかない」

「わたくしとはお遊びだったというの! 誰よその泥棒ネコは……!」

「ぷっ」

「くすっ」


昼ドラヒロインさながらの迫真の演技からクスクスといつもの声色に戻る。

機嫌は直ったみたいだな。


「私が言うことは前回と同じです。当ててみてください」

「機種変しろ?」

「真理についた返答、驚きです。おどけるかなと思いました」

「機種変できない身からの渾身の自虐ネタだよ! 察してくれよ~」

「ここで冗談は心外ですよ? ほら、正解言ってみてください」

「それよりもさ、さっき夢見たんだけどさ」

「はぁ……どんな形であろうと必ずしも叶うという夢ですか?」

「当たり。夢の中で女の子に告白されてキスされたんだけどさー」

「はあ?」

「恋人いたことないから感覚思い出せないんだよー」

「……」

「で、内容も具体的にはもうわかんなくてーってもしもし?」


さっきまでの和気あいあいとした雰囲気はどこへやら、急に如月が黙りこくった。

そこであることに気づいた。

気軽に会話できる友達とはいえこの子も女子だ。

帰り道でしかの印象しかなかったんで忘れがちだけど、かなり偏差値高い女子校の生徒。ようするにお嬢様である。

夢物語つってもこんな話、いきなりぶっこまれると困惑するか。

寝起きの頭でもそこまで判断が行ってない俺の落ち度。素直に謝るしかない。


「ごめん。こういう話はさすがにまずかったよな」

「いま」

「へ?」

「今、お家にいらっしゃいますよね?」

「あ、ああ」


なんだろう?

妙に迫力が増したような……。


「住所、送っていただけますか?」

「え?」

「聞こえませんでした? 年期入りの携帯だからスピーカー壊れてました? 基本的な機能すら果たせてないポンコツいつまで使うつもりです? 機種変、至急済ませておいた方がいいかもしれませんね」

「もう一度言います。住所、ルネ(LUNE)で送っていただけますか?」

「き、急にどうしたんだよ?」

「返事はイエスのみですよ? グダグダ言い訳垂らす人は嫌いです」

「返事は?」

「はい……」

「よろしい。それではルネに送っといてくださいね?」

「今から伺いますからね」


それだけ一方的な伝言を残してプチっと一方的に電話が切られた。

有無を言わせぬ迫力があった。

すぐさまルネを起動し、かかってきた番号が勝手に追加されていたので如月愛良と書かれた名前の横のアイコンをタップし、住所を打ち込んで送信。

即座に既読がつく。


『西園寺君は偉いです。言うことちゃんと聞く子はお姉さん褒めちゃいます』

誰がお姉さんだ。

『今から向かいますね。ちなみに何階ですか?』

『……二階』

『少々お待ちくださいね♪』


ルネはそこで途絶えてかれこれ二十分弱の時間が進む。

ピンポーンと爽やかな呼び鈴の音が家全体に轟く。

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