プロローグ
キーンコーンカーンコーン。
「ふぁ……」
チャイムの音が鳴り響く校内。
机に差し込む夕陽のせいか、おのずと目が開かれる。
「誰もいない。か」
尾を引いている眠気を頭を振って追い払い、リュックを片腕に背負って教室の外へ。
1ー3と書かれている数字は後にして、上履きを履き替え正門から外に出る。
ホームルームなんてとっくに終わってるか。
「起こしてくれるやつもいない。薄情な世の中だなー」
校庭から出てすぐ中身のない外殻の言葉が自然と口からこぼれた。
それが俺、西園寺孝充の放課後だから仕方ない。
「起こしてはあげられないけど、健気に待ってる友達ならこちらにいますよ?」
「珍しいな。いつもの合流ポイントの前でバッタリだなんて」
「お寝坊助さんを待つのもいい女の嗜みなのですよ?」
にししっていたずらっぽく笑う目の前の少女。
彼女の名前は如月愛良。
私立百合園学園に通っている。
頭に入れてる情報はそこまで。
何年何組なのか、普段何して過ごしているかなんてあんまり知らない。
知っているのはただ一つ。
「独姫のご登場か」
「独姫は禁止ワード! どうして毎回口にするんですか」
「……ノルマだから?」
「報酬は拗ね散らかす私ですね」
「拗ねんなよ~悪かったって」
「まったく……」
そう。彼女のあだ名と帰り道が途中まで一緒というところまでしか知らない。
敢えて付け加えるなら何故かウマが合うというところまでだろう。
ルーティンのようなパターン化しつつある会話を交わしつつ歩き出した。
墨を垂らしたような凛とした黒髪に端正な顔立ちから想像できない棘のあるキツイ物言いから毒姫と呼ばれているらしい。
けどあんまりピント来ない。
なぜなら……。
「今日もぐっすりだったんですか?」
「まあな。五限あたりから~ふぁ、わりぃ」
「いけませんよ? 授業はしっかり聞かなきゃダメです」
「ザ・お嬢様の言葉はさすがに身に染みるー」
「お嬢様ですから」
えっへん。と、胸を張るふりしておどけて見せたり。
本物のお嬢様らしい彼女は謙遜するか自慢するかではなく第三の選択肢、ネタに選ぶことが多い。
俺が知っている一面なはたったそれだけだ。
「どこが毒姫なのかさっぱりだけどな」
「本人の私の前で言います?普通」
「傷ついたりしてないだろ? 気になってるだろ如月も」
「どちらかというと気になるに属しますけど、あんまり……ね」
「あるあるぱたーんだ、自分の噂に興味がないんだ」
「そういう西園寺君は自分の噂に興味ありますか?」
「明日の金銭運になら興味大ありかな」
「出た。守銭奴孝充」
「楽してぇー」
こういう身も蓋もないキャッチボールが続く。
たまに身の上話をする時もあるが、その時はその時。
基本、お互い楽に会話できる空間を作る。
それが俺と如月の間に出来た下校道を辿る暗黙のルールだった。
ルールって大げさに飾っただけで。
スマッシュのないラリーオンリーのキャッチボールが続くだけ。
「では私はこちらですので」
「ああ、じゃあな」
「明日は遅れないように。私二十分待ちぼうけされてたんですよー」
「わかりましたよー!」
「また明日」
軽くお辞儀して十字路の先にある住宅街に吸い込まれていく如月。
「このまま向かっちゃうか」
楽しいのもあっという間、これからバイトって考えると急にだるくなる。
明日はバイトが休みだ。
このまま乗り切るか。
・・・
「お疲れ様でしたー……」
「おうお疲れ! しっかり風呂つかって休めろよ!」
監督の高い声を背に、帰路につく。
激務で力が抜けつつある身体に喝を入れて、なんとか家についた。
「ただぃま……」
終電なんかとっくに切れてる深夜2時付近。
愛しの四畳半の部屋にやっと帰ってこれた。
工事現場のシフトがやっと一息ついて先にあがってもらった。
そもそも学生の身でこの時間まで働くのは労基違反だろうけど仕方ない。
生活していくためには仕方ないのだ。
「まぁ、シフト入れてって無理言ったのも俺だからしゃーない」
空腹で腹の虫がなってるからか、力入んないや。
作業服に着替えて仕事してる上、帰る前にはシャワーも浴びてもらった。
制服に匂いが染みついたりはしないだろうけど、シミになるのは避けたいので素早く部屋着に着替える。
「あれ、電源切れてる」
俺のスマホは結構年期入りモノだ。
ゲームなんか一昔前のアプリがやっとで、何もしてないのにバッテリーはいつも地を這っている状態。
機種変したいのは山々だけどなあ。
「こんぐらいで満足ではないけど、不便も特に感じないからな……」
連絡する友達はゼロ。
家族から来るものはたまに妹からの生きているか安否確認のみ。
……並べてみると孤独死寸前の5~60代社畜っぽいな。
「SNSになんか呟くまで行ったらおじさん構文いっちょー出来上がりーっと」
ダメだ、マジで疲れてるっぽい。
ラーメンの大将ごっこでおじさん構文いじり自虐ネタというハリケーン三段跳びのようなわけわからんバカの極みにも反応出来ねー。
普段はこれで勝手にウケてヘラヘラするんだけどなあ。
それどころか、瞼開けてるのも精いっぱいだ。
急に回り出した眠気に抗う術など持ち合わせていない。
気がついたら夢の世界へ旅立っていった。