追放された魔法使いの日常。
勢いで書いたので次回は決まっていませんすみません・・・。
は?
としかユグルク・ライトは言えなかった。
16歳の端境期。魔法使いにして6年目だが、アマともプロとも言い難い。そんな時期である。もちろんそれなりの報酬はあり、十分生活には困らない。それで満足して暮らしている冒険者が随分いることは確かだ。だがユグルクは悩んでいた。果たして、このままでいいのか。自分はどこまでやっていけるんだろうか。うだうだして暇つぶしにゲームしているような日常よりも、もっと刺激が欲しい。新しい世界がみたい。
プロの魔法使いを目指そうか、何か挑戦をしたいと思っていたところに運よく自分よりも格上のメンバーと縁があり、研鑽を積むために普段はいかないような上級レベルのエリアに向かったのであった。
だから、まさかそこで自分が置いてけぼりにされるとは思っていなかったのだった。
まさか、魔物ではない罠にかかるだなんて、寝違えてでも思わなかったに違いない。
さらになんとも滑稽な罠であった。キャンプで食事中に睡眠薬を入れられ、目覚めればいなくなっていたのである。
もう一度言おう。そこはプロ向きのエリアであった。キャンプはすでにたたまれ、魔物除けの呪文もすでに撤回された場所に無防備にさらされた雛が一匹・・・・・。
魔物にとっては絶好の機会(餌)である。
だが曲がりなりにも魔法使い。急いで噴煙をまき散らし、爆炎とともにかろうじて逃げ切った。ギルドから3日かかったこの旅路を戻るのに5日。魔法は使えても回復は使えない。痺れ虫の毒牙による毒に侵されつつ命からがらギルドにたどり着いた彼を待ち受けていた運命はさらなる悲劇であった。
「この痴漢男!」
当のメンバーの女性に、周囲の注目のなかで平手打ちをくらわされた時の衝撃ははかりしれまい。
「は」
「よくも私の親友の・・・親友をやってくれたわね!」
「お前がそんなやつだとは思わなかった。本当、なのか?」
「は?」
なにを言ってるんだ。
「証拠写真だってあるんだぞ!」
カウンターに映し出されたスクリーンを見れば確かに、嫌がる女性とそれを襲った(かのように見える)男、自分を抑えるリーダーの姿が撮られていた。
覚えがない。おそらく睡眠薬を入れられた後だ。
「な、!」
ショックのあまり口のきけないユグルクを背に、淡々と”犯人”による声だけが浸透していく。
「俺が間違ってた・・・休憩中にあんなことをするだなんて。少しでもためになればと思って誘った俺が馬鹿だったんだ!こんなことになってしまってどうする!?彼女になんて言えばいいんだ!?」
「リーダーは悪くない!これはあの男と、その本性を見抜けなかった私たちの問題だ!」
「でもそんなの普通分かんないでしょ!それよりあの子は?大丈夫なの?」
「彼女は今精神的ショックで医務室にいる。お前、最悪だよ。」
「どう責任をとるつもり!?」
場は静まった。野次と驚愕の声だけがざわついている。乾いた声だけが出ようとしたが、喉が詰まって心臓が煩い。違う、違うんだ。こんなことになるなら、挑戦するんじゃなかった。少しでも希望を持った自分が馬鹿だった。苦しい、心臓が痛い。
「みなさん、落ち着いてください。」
重苦しい空気を沈めたのはギルドの長ダグラス・ロイゼンであった。ダグラスはユグルクに向かって静かに告げた。
「君、今日はギルドに泊まっていくように。明日処分を下します。それまでに呼吸を整えてきなさい。」
後のことはぼんやりしていて、よく覚えていない。
夜分。簡素というよりむしろ殺風景にも思えるこの部屋は、キャンプよりも味気ない。随分気持ちが収まった彼は名誉のため、不服申し立てとして長にかけあった。
「君のいうことが本当だとして・・・。」
「本当なんです!これは冤罪です!」
「彼らはプロだ。討伐記録は常に上位、信頼度は高い。リピーターだって大勢いる。一体何の不足があって、犯行に及んだというのかね?」
「それは、」
当然、より強固な結束を結ぶために自分を利用したのだ。はっと閃いた。
「あの、心を読める能力のある人はいませんか?そしたら分かるはずです!」
「今のところいないね。仮にいたとして、その冒険者が信頼に足るという証は?能力を悪用する者の末路を君も見ただろう。」
ー「”堕ちた勇者”事件」か。
彗星のごとく現れ、見事魔物討伐の最新記録を破った一団がいる。ギルドをも圧倒する彼らの集団名を、雷光の騎士、銃創の勇者と呼んだ。当時街を滅ぼそうとしていた鬼の魔物に対して、これを打ち破ったときには街だけでなく、ギルドをあげて大騒動になった。夜通し祭りが開かれ、像も作られようかといった勢いだった。
彼らはその後もギルドに君臨し続けた。健全に見えていた、というのが正解だ。
仲間の中のテイマーが悪魔と契約していることを誰が知っただろうか。隠された気配により、蝕まれていった彼らの現実は最悪の形で冒険者に露出した。
朝食のテラスにて「勇者」らの中心で突如闇の渦が発生したのだ。テーブルごと勇者らが吸い込まれる。”朽ちて”いく姿はじわじわと骸となり・・・。断末魔の悲鳴すら闇の中に掻き消され、すでに行方がしれない。
後に分かったことだが彼らは色々なものに手を染めていた。この頃起きていた冒険者の、行方不明者続出にも関与していた後があったという。
当時自分は中学生であり、新聞で事件を知った。
こうしてギルドの評判は一気に急降下した。しばらくは冒険者離れが続いていたが、地道な慈善活動の他、細々と討伐依頼も受け、年々信頼を取り戻して今になりつつある。ちなみにギルドの長がダグラスに任せられたのも勇者事件以後であった。
「君のいうことが「嘘」だとは言わない。」
「だったら!」
「どちらにも確たる証拠というものが無い限り、努めて冷静に、公平に裁かなければならないことはいうまでもないね?あの写真はどうにも本物らしいが。」
「「声の大きいものが必ずしも正しいとは限らない」・・・・。」
未だに震えが止まらないのは、傍観者の疑惑と侮蔑に満ちた視線であった。
「残念ながらこの世界でも弱肉強食はあるのだ。そのやり方がどんなに人格を損なうものだとしても一時的に勝とうと思えば勝ててしまう。勝ち取ったものの犠牲を振り返ることなくば、あの勇者のようになる。」
未だに怒りが止まないのは、被害者を本気で演じている彼らの怠慢であった。証拠がないと何もできない自分の無力さであった。何より、そんな彼らを純粋に信じてしまった自分であった。
明日から、一体どれほどの精神的ストレスを抱えて生きるはめになるだろう。あんな写真まで見せられて・・・・・。
「・・・分かった。「ギルドは君を追放する。」」
「は?」
「お金は用意してある。」
「なんのことですか?」
「」
「・・・・・写真ですか。」
「こうなってしまった以上、ギルドとしても放っておくわけにはいかない。だから本気なら、這い上がってみせなさい。こちらでも彼らの動向は掴んでおく。」
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翌朝未明、一人の魔法使いがギルドから追放された。誰も知らないうちに出て行ったつもりだった。
「違うのに。絶対に違うのに。」
遠くなる彼の背をテラスの窓際から見ている人影がいる。一人の冒険者が誰とも知らずにひとりごちた。レンリ・エメラルドという”自称”読心術者であったが彼女の詳細はまた、どこかで明らかになる、かもしれない。
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数日が経った。行き倒れていた男、ユグルクを助けたのは辺境の老人である。夢見が悪いからという理由であった。その老人さえも自分の噂を知っていたとしって苦笑した。なるほど、風邪の噂というのは俺の風魔法よりも早い!
冒険者としての免許を剥奪された彼は魔法使いとしてやっていけなくなったわけではない。ただ、依頼を受けること、勝手にメンバーを立ち上げること、などができなくなった。
慈善事業でしか生きていけないという無理ゲーはやめておこう。なによりもまず老人に感謝し焚火のための槙を丸一日かけて作った。
スープとパンを貪りながら隣町までの道を教えてもらい、杖で飛べるわけもなかったので箒を借りてみたところ、地理的な道筋はあっているらしい。随分疑い深くなってしまったものだ。仮にも命の恩人だというのに。
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魔法使いだが使えない魔法がある。治癒魔法、回復魔法だ。ゆえに道中の薬草集めは必須中の必須任務。魔物除けのバリアでも長くは持たない。さらに魔物を討伐しなければ経験値もつかないというので、一日を討伐に、もう一日を採集にあてることにしている。おかげで炎のバリエーションが増え、苦手な水の魔法も少しは覚えた。補充スキルというポケットのような機能もあるが、あまりあてにしていない。
「鼠花火!」
相手はオークの小型種数匹。スナガ。同時多発的に煙と火を拡散させることで、相手の目を眩ますと同時に多数の動物の魔物に有効な魔法だ。名前は想像しやすく、使いやすいのを使用している。が、
「ぐっ・・・!」
背後から矢の一撃。不意打ちは起こりうる。しかも
(また毒か!)
こういうのは時短が最善だが、生憎数の多さで間に合わない。HPが半分になってから初めて閃光を放ち、懐から丸めておいた薬を飲み込む始末だ。
【レイドラント・ヒルズ】
ようやく街についたころには日が暮れかけていた。炭鉱で有名なこの町は古くから城下町であったことも踏まえ、今でも往来が盛んである。茶色いフードで顔を隠しつつ、まずは手に入れた薬を、できるだけ希少価値のあるものを、高い価格で売る。それから水を浴びてゆっくりと食事をとろうと考えた。
衛生がどれほど大事であったかを思い出すのにそう時間はかからなかった。追放されてから数日、森のなかで水脈を捜す間は虫と、痒みとの闘いである。ようやく見つけ出した挙句、魔物の主とのご対面。ようやく倒せたのはいいが冷たいのなんの、せめて獣の皮でもあればよかったのかもしれないが・・・火を起こし、闘いで濡れた服を乾かす時間さえも風邪には間に合わなかったとみえる。
さすが追放者。前途は多難とでもいうのか。すでに主のいない森の巣穴のなかで、風邪を治すまでの間、皮肉な笑みを浮かべては奴らを罵った。
あの仕打ちはない。
ユグルクは思い返していた。
罪人として引き連れるならともかく、置き去りにするとは。痴漢とは万死に値する。おかげさまでサイクロプスやゾンビ、毒虫、その他諸々の魔物や異形の執行を受けるはめになった。
「おい!危ないだろうが。」
「あっ、すみません・・・。」
囚われていると現実が疎かになる。歓楽街は食べ物や衣服、アクセサリーなどを売りこむ声や、客のにぎやかな笑い声で溢れかえっている。
目的の店は案外簡単に見つけることができた。確か入り口付近にも同じような看板が出ていたが見逃していたらしい。病院を中心に点在しているようだ。
「いやぁ~そういわれてもねぇー。今は間に合ってるかな。ごめんね?」
「うちは契約していただいてるんですよ。はい、手始めにまず身分証明書、あと経歴も見せていただけますか?」
「坊ちゃん。みたところ浮ろ・・・、冒険者でもないし、大丈夫かい?うちは大して大きな店じゃないから、在庫がなけりゃ売ってやってもいいけどさ・・・(小声で)ただ働き同然でやりがい搾取されてるんじゃないね?そういうので訴えられちゃ困るんだ。」
「旅をしてるんです。実家に帰ったら、魔物に襲われた後で・・・」
「まぁ・・・大変だったね。。。。いいよ、その薬草をみせてごらん。」
比喩だが間違ってはいない。浮つく歯を抑えながら差し出した薬草をさっそく女性は秤にかけた。この秤は重さだけでなく、その品質や名称まで表示する魔法がかかっている。駆け引きが効かないという曲者、ではなく代物だ。
「ヤクモ草、ワダチ草、これはBランク。採取日から時間が少しかかってしまってるわね。この豆はAだね。坊ちゃん。これは正規品で間違いないね?」
「はい。」
こんなこともあろうかとプロテクト仕様にしておいたバッグがあってよかった。別名「泥棒嫌いのバッグ」。これには感知魔法がかかっていて、たとえ持ち主であっても他者から奪ったものは入れられない。
「わかった。買わせてもらおう。」
「ありがとうございます。」
「値段はこの町の相場よりも本当は安くしてるんだけど・・・。これは商品として別のお店にあてがあるから、少し高めに買わせていただくわね。」
格好をチラチラと見ていく人がいるのに彼は気づいた。このお婆さんも同感のようである。
「では、ごゆっくりおくつろぎください。」
風呂は、大抵宿屋とセットだ。せっかく服装を手に入れようがまずは旅で染みついた匂いを消さねば。直進数十メートル、手頃な宿屋を見つけた。ちょうど冒険者2人が背後を通りかかった瞬間反射的に入店。今に至る。
店員はユグルクのことなど(正式には追放者だということを)気にしなかった。噂もここまで大きな町となれば広すぎて、広めるのすら難儀しているか。知っていても「お客様は神様です。」ということか。幸いギルドはあれ一つだけではない。全国にあるのだ。あれは一つに過ぎぬ。皮肉な笑みを浮かべながら絶景かな、壁に映る森林※スクリーンを目の前にして、温泉に浸っている。
「兄ちゃん、冒険者?」
「ウッ!」
「・・・・兄ちゃん?」
突然の呼びかけではなく、冒険者という単語で吐き気を漏らしてしまった。隣を見ればいつのまにか自分より年上っぽい男がいる。金色の逆立った髪にサングラス・・・・・。
「あ、俺色々みえすぎちゃうからさ~!気にしないで?」
「そ、うですか、」
「冒険者?ギルドから来たの?なんのクエスト?」
声、声がデカい。響かせるな壁。お前の輪唱力は馬鹿にならないんだよ。呻いた。さっきまでご機嫌だったのに、言葉を耳にした途端コレだ。情けない。なによりもまず、発生源、少し黙ってくれ。いや、徹底的にシャラップ。
「お、俺は別に、た旅人です。」
ーそういうあんたはどうなんですか。てか、親善和睦で近づいてきたんしょうかねナニモンでしょうかね、あの、俺、今本当にちょっと一人になりたいんであの、いっそ道端の側溝のごとく無視してくれませんか?
「・・・あー大丈夫?ひょっとして気分悪い?介抱しようか?」
男は彼の顔が真っ青になっていることは理解できたらしい。慌てて制止し、思わず「持病で療養中で一時的にWCに行けば収まる」とかなんとかいったか、気が付けば道端に突っ立っていた。服も、宿屋で売られていたものを手に入れたらしい。手に入れた・・・・・?思わずポケットに手を突っ込んで安堵する。よかった、領収書がある。
清潔な白のシャツに緑のズボン、そしてワンコインで洗濯したいつもの黒コートを羽織れば、なんとか一式そろった。ユグルクは街を散策することにした。しようとした、のだが・・・。
生憎腹が抗議の声を上げている。魔物の干し肉も無限にあるわけなく、自炊できるとはいえ狩に行かなければ手元の財布もひもじいばかりだ。だが、それよりも・・・
「光を観る」と書いて観光。旅芸人のパレード、賑やかな大通り。が、光の裏には闇があることもため息をつくほどに自然であることは、路地裏の気配が物語っている。
(こういうクエスト(命令)もあったか)
男性が2人大きな袋を下げて路地に入っていった。魔力が漂っているのは、おそらく中にいるのは「生き物」だろう。正規外のルートで取引を行う連中はいるものだ。さらに人道はない。見て見ぬふりをしている人は、ある意味で賢いのだろう。冒険者並み、あるいはそれ以上のレベルをもっている。事件に巻き込まれて犠牲になった冒険者は少なくない。一般に瀕死レベルになるとギルドの魔法によって強制送還されるため、死者が出ていないのが不幸中の幸いだろう。
ギルドは未だ健在である。冒険者内での事件があったことも否めないが少なくとも、個人や彼らの縁者に至るまでその強大な権力によって守られているといってもいい。実質ギルドの性質いかんによっては主に魔物対策や、国境における侵入者対策まで、国の指針に関与することも珍しくはない。
冒険者でないにせよレベルは反映されている。経験値はみな等しく与えられているためだ。
さて、彼のレベルはまだ30。中くらいである。50でプロ。75で熟練の冒険者ともなり得れば、このクエスト(ボランティア)に挑むのは避けて置いた方がよい。
しかし彼は怯えなかった。なぜならあの男たちの影が本人の動作と矛盾して蠢いていたからだ。あれは魔物に「寄生」されている。
寄生された人間は生贄を求めてあのように意味もなく暴力的なことをするものだ。仲間内ではおとなしいが、血を求めて飢えているのは変わらない。いうなれば、彼らは「腹が減ったので人間の知能を利用して獲物をせしめた」にすぎない。
後ろ盾を失ったとはいえ魔法使いである。薬草袋を確かめ、十分な量があることをみてゆっくりと足を踏み出した。杖を握る手だけが冷たく震えている。
「っくそ・・・・!」
皮肉なことに寄生者のイビルゴースト(大人2人)はユグルクの想像以上に臆病で狡猾だった。見つかった途端、男二人を囮にしたのである。もはや影は実体があるかのように膨張し、彼らの手を利用して首をしめるつもりだ。半分は寄生状態、半分は実体化した本物というわけだ。だが手がないわけではない。
コートのポケットからナイフを取り出し、右腕を晒し出す。本当なら狩りたての魔物を使うのだが今はない。少しばかり痛いが仕方がない。
スッと、引かれたナイフから血が滴って地面に落ちていく。欲望に忠実な彼らの本能を煽るのにシンプルすぎる方法だった。しかも効果はてき面。
男らから離れ、ヒィイイ!と襲い掛かってくるゴーストを雷を放って拘束した。ショットガンが効かないのは彼らには核がなく、凍結して拘束するか上級の光魔法で昇天させるか、くらいしかないためだ。氷魔法はまだ未修得。得意な火の魔法だけでは逃げられてしまう、同じ悲劇が続くのは誰だって避けたい。
よって雷で拘束した。はいいが、暴れまわる魚よりも性質が悪い大人2人分だ。誘惑のためにちっとやそっとではない量の血が流れているから消耗も激しい。消耗戦である。両手を使って杖から魔力を放っているが、せめて聖水を巻く余裕さえあれば・・・・・。
ようやく彼らの魔力が枯渇し、道具で回収したときにはすでに20分が経っていた。ゴーストは元人間もあれば、元魔物でもある。命の尊厳はあるのだ。判別やその後は協会や教会、寺院といった専門の場所で鑑定をしてもらわねばわからない。肩で息をしながらへたりこめば、袋がわずかに動いている。縄をとき出てきたのは一般の女性1人と、小さな子どもだった。気を失っているものの息はある。どこか引き取ってもらえる場所を探そう。寄生されていた男たちも。
「まじかよ・・・・。」
背後から別の声がして、ユグルクの背は凍り付いた。忘れていた。ここは街の出口に近い路地裏である。咄嗟に振り向けば冒険者3人が立っていた。次の瞬間、
「おい、お前ってあの男だろう?痴漢して追放されたっていう。」
「まさか、そこの彼らにまで手を出したのか?!」
「返事くらいしたらどうなんだ!」
ああまたこれか。という感情が頂点にでも達していたのだろうか。
「・・・・・・・・好きに解釈してください。このゴーストは俺がもらっていきます。」
疑惑を払拭するための証拠を見せつけたのもあるが、彼は嗤って言った。ぎょっとする3人には本当に「異常者」にでも見えたのだろう。知ったことではない。
見知った顔ではない。喧嘩も今はごめんだ。
「そこの彼らを介抱しといてください。冒険者でしょう?」
この場所にいたくない。
通り過ぎて街に出るまで、誰も追っては来なかった。
【レイドラント・ヒルズ郊外:ポスト協会】
黒く重たい扉を開けると簡素な庭の草木が広がり、奥に木造の建物がある。静謐な雰囲気だ。人々はそこで談話談笑しながら、万象についての理解を深めるのだという。
ユグルクは信心がないわけではない。精霊信仰に近いものは抱いている。だがこの目的は先ほどの魂を鑑定してもらうことだ。人間不信である今、談笑に興じている余裕はない。
「こんにちは。今日はどうされましたか。」
扉を開けると受付があり、事情を説明すれば早速中央に連れていかれた。刷りガラスから漏れ出る光、染みついた木の匂い、年季のある紅のカーペット。長い廊下・・・。
受付のノックする音に「どうぞ。」と声がかかり、部屋に入ればそこには黒いフードの男性と、同じ服装の少女が鑑定書をもって立っている。
「では、はじめましょう。」
男性が言う。部屋の中央には小さな灯台があり、光のなかにそれらを入れれば瞬くまに変色する。少女の持っている鑑定書のページが自動的にバラバラとめくれていく。やり方はどこも同じらしい。
「どちらも人間ですね。1人は他殺。1人は飢餓・・・」
そこまで言って、ふと男性が口をつぐんだ。
「同調している。」
彼は若干動揺した。
「な、なにか?」
「・・・・・見えませんか?このもう一つの魂があなたの方に向かって手を伸ばしています。これ以上近づかないほうがいい。」
「・・・。」
確かに、赤い光のほうがこちらの方に向かって燃えていた。ゆらゆらと揺らめく光に呑まれそうな
「憑き物です。」
はっと現実に返れば少女が灰色の瞳を真っすぐにこちらへ投げかけていた。見ていられずに、すぐに視線を伏せてしまう。見透かされそうな、とはいうが、これも魔力なのだろうか。余計なことを詮索しはじめるのは現実逃避による弊害だ。
「誰でも苦しいことはあるものです。気に病むのは仕方ありません。この魂はあなたの負の念に惹かれていましたので、あなたに能力がないなら、あなたの責任を以て自覚してください。
・・・病を病と気づかないまま仲良しごっこしているものもいます。深刻化するだけでしょう?それがイビルになって、病を移そうとします。
だって、健常者が羨ましいのです。病とすら気づかないから、治すだなんて夢にも思わないのです。残念ながら現実ですが。憐れでしかありません。」
「すまない、この子は少し毒舌なんだ。」
苦笑しながらフォローを入れるが、既に俺の耳に入ってしまっている。
「遠い中お越し下さり、ご苦労様でした。あとは我々にお任せください。」
外に出ると黄昏の風が爽やかに撫でていく。小さな花が戯れている。しばらくと言わずずっとここにいたいような気分になったが、どこか人知れない森林の奥地で隠居生活でも目指そうか。
そんなことを考えながら、街をあとにした。
はずだった。
西正門から外は草原が広がっている。ユグルクは再びかの安寧の地(未定)を求めて旅をする予定でいた。
「すみません。実はこの外でゴーレムが暴れまわっていて冒険者と騎士団が戦闘中なんです。危ないのでしばらくは冒険者以外の、一般の方はここから出ることができません。」
「・・・。」
実にシンプルな理由だ。
ことにこの街は東と西にしか門はなく、東とは、ユグルクがはじめて街に入った場所だ。たとえ西まで迂回するにしても山脈を3つも越えていかねばならぬという難儀な地理的状況がある。
無論、経験値は上がるだろう。さてどうしたものか。
・・・ゴーレムといえば少なくとも倒せない敵ではない。魔物にもレベルがありゴーレムも例外ではないとはいえ、普通レベルなら相手はできる。それがこの草原に、稀に出るのだという。
難点がある。普通に生きていれば、滅多に現れることがない魔物のために力量が図りずらいことだ。西を越えたとして、普通レベルでは1度に2体までが限界。あとは逃げるしかないだろう。他の魔物のレベルは大差ないとマップに書いてある。
レベルは見た目だけでは分からないため、魔力や咆哮、破壊力などから推定するしかない。
「あの、ちなみにゴーレムのレベルは。」
「ああ、25くらいのが3体だそうだ。」
出た。例の風邪をひかせた水魚並みだ。
「っくしゅ!」
「・・・・?」
「あ、すんません。すぐ戻ります。」
門番に追い返され、不貞腐れた彼はそこら辺に捨てられていた箒にまたがり、低飛行すると再び街の中心街へと到着したのであった。箒は折れたがもうなんだかどうでもよくなり、5分後には公園の裏の人工的な森でコーヒーをすすっていた。やけ酒のテンションに近いものがある。
「おっ、あのときの兄ちゃんやん!何してるんこんなとこで!」
「ぶーっ!」
思わずコーヒーを噴き出した。なんだ、一体なんなんだこの出会い方は!?振り向けばあのときの金髪、ではなく紫色だと・・・!?なるほど目の色は金色ってサングラスがねぇ人違いか?きっとそうに決まってるしかも方言ときた。
「ひ、人違いでは?」
「んなわけないやん。・・・あ、オレ、素面に戻っとったん忘れてたわ。ホラ、あの銭湯でおうたやろ?」
「素面でキャラ変するやつだっただと!?キャラがブレるとはいっても髪の色までは変わらんだろ普通いや相変わらずテンションは変わらないな・・・・・嘘だ、せっかく他人事で済ませられるナイス俺と思ってたのに。世間というのは存外に狭いものだ。」
「心の声漏れてんで。」
あ、
「いやーちょっと心配してたんや。アイツ、どうしてっかなー?えらい疲労感満載やったしエネルギー値もダダ下がりしとったしなんやトラウマ抱えとるし。アイツ、絶対この街出たら「また」骨と皮になって今度こそ助からんかもしらん。あ、オレこう見えてもセンサイやねん良心がゴッソリ削られる前に猫にでも変身して追いかけようと思ってたんや。」
・・・なんだか今怒涛が過ぎた気がする。整理しよう。
彼は、ユグルクは自分が大量の冷や汗を流していることに気づいていない。なにせ一千年ぶりの会話なのだ。魔物との会話とは違い、一方通行ではない。このやろーとか、HPを返せとか、罵詈雑言ならば輪をかけて訴訟物である。緊張を通り越して、腕に突き立てた爪から血が流れていることも気づかない。
ー追いかけようと思っていた。ー風呂敷を取り出すあたり本気だったらしいが、鳥肌が立つのはなぜだろうか。
ー「また」?今、またとか言ったか?
「あー。俺。過去とかも一部見えてまうタイプやから気にせんといて?アイツ、」
「その「アイツ」は俺ですが。」
いつまでアイツ呼ばわりされるんだろう。
「うん。」
「「・・・・・・・。」」
「あ、俺ユグルクと言います。」
「ザラクやで。」
で?
今まで勝手にペラペラ喋ってきていきなり止まるのとかアリなの?この間は一体なんなんだ。身長差で見下ろされているせいか、夜という時間帯のせいか、圧力が・・・ない?身長の割にフラフラとした動作が、気の抜けたコーラのような印象を与えてしまい・・・なんだろうか、この妙な心地は。
「なぁ、今何時なん?お腹すいたんやけど。ちょっとそこらの居酒屋寄ってかん?奢るから。」
「はい付いていきます。」
街を出ようとして半日かかった上に、魔物騒動で足止め。もう色々疲れていたユグルクは彼の口車に乗ることにした。