式を駆る者
いわゆるラノベ感満載のアクション短篇の習作として書き上げた作品です。
臨場感溢れるバトルをご堪能下さい。
俺が今際の淵で放った一撃は、化け物の血管を切り裂き盛大な血風を上げた。くびり殺さんと高圧で俺の首を握り締めていた巨大な手から、ふと力が抜ける。どす黒い返り血を浴びながら、俺は腹筋の力のみで下半身を持ち上げると、苦悶の表情を浮かべる化け物へと渾身の蹴りを放つ。
「うぉぉぉらああぁぁ!!」
不充分な体勢ゆえに頼りない弧を描いた蹴りではあったが、その爪先は辛くも敵のこめかみを捉えた。
「フォルガァァァス!!」
臓腑を縮み上がらせるような苦鳴を耳にしながらも、ようやく緩んだ魔の手からまろび出ると、その勢いを殺すことなく後転しながら退却。距離を稼ぐ。背を向けながらの逃走は危険と知りつつも、神経を足に集中し全速力で後退。
「シュルグウォォォォ!!」
腕の動脈を切り裂かれ、こめかみに鉄足の一撃を食らってなお、絶命どころか昏倒する気配すら見せない化け物は、苦悶の痛みから蘇ると、憤怒の雄たけびを上げ、大地を揺るがした。
突如、背後の威圧感が爆発的に膨れ上がった。
攻撃の気配を感じ、怯えに負けた俺は腰に挿した封式短剣を二本、感覚のみを頼りに数瞬前まで敵の顔が存在したはずの背後へと投じた。手ごたえは無かったが、それでも後ろを確認はできない。
自らに迫る窮状を確認したいと恐怖心が囁くが、僅かに残る理性と滾る生存本能でその欲求を押さえつけると、的を絞らせないよう蛇行しながらも、速度を落とさずひた走る。
その名を「タクト」と言い、怪腕と桁外れの生命力で「豪鬼」や「不破鎧」などの異名を轟かせる〈不義なる牙〉相手に接近戦を挑むなど、後衛式師である俺のすることではない。
今回の様な不意を突かれたうえに、他人のケツを持つような事態にでも陥らない限り、あんな異形とは顔を合わせるまでもなく、鴻段式法か、易段式法にしても肆號級以上を叩き込んで消し炭にするなりなんなりするのがセオリーだ。
こんなことがあるなら、生体強化式法でも響じておくべきだったと、しょうもない後悔が脳裏をよぎる。
数メートル間隔で散乱した人間大の岩のほかには、時折転がるタンブルウィードのみという光景の中で、必死に起死回生の手管を練り、身を隠せるところを探し目線を走らせる。
強力な鴻段式法を打つには源素を練る時間が圧倒的に足りない。さりとて瞬時に打てる単発の易段式法ならばどうかといえば、タクトの式盾を突破できる保証もない。
タクトの真に厄介なところは、その一流の式師の骨すらいとも簡単に折りかねない怪力ではなく、生半可な式法を通さない〈不義なる牙〉の中でも指折りの式盾にあるのだ。
「シャガギャルルゥゥゥ!!」
狂哮が再び轟く。大気の流れを敏感に察知した俺は、眼前にそびえる岩の裏へと踏み切る。
刹那、手近な大木を振り上げたタクトの一閃が、唸りを上げて今まで俺の居た空間を薙いだ。
「ぐぅおっ!」
圧倒的な質量と風を切る速度を掛け合わせた、純然たる破壊力による一撃が左肩を掠める。生体強化式法を使用してない生身の体にあんな攻撃を受ければ、骨折どころの話ではない。ガードが間に合おうと、その腕ごと吹き飛ばされ、内臓の一つや二つ粉砕するのも避けられないだろう。
「ちょっと、待てって、言ってる、だ、ろうがっぁぁ!!」
身を隠した岩の陰から半身だけ出すと、攻撃後の隙を見せているタクトへと牽制代わりの易段式法を立て続けに打ち込む。
「炎芯破ッッッ!!」
源素を式法によって変質させ、水素と炭素が2個ずつ結合したアセチレンを大量に生成。タクトへ向かって高速に射出されたそれは、同様に式法によって変質を遂げた空気中の源素との摩擦によって発火し、敵まで向かうまでの大気中で酸素と結合し完全燃焼。生み出された酸素アセチレン炎は瞬時に三千三百度超まで達すると、高速高熱の炎の槍と化して同軸線上に存在する一切を爆炎の業火で染め上げる。
時間差で放たれた三条の死の熱が瞬時にタクトへ向けその威力をぶつけるが、その炎の勢いはタクトの数メートル手前で急激に衰え、目前にして燃え尽きた。
はなから牽制のつもりではあったが、まざまざと見せ付けられた自らの式法の無力さに、歯噛みを抑えることができず、思わず舌打ちが漏れる。
その核に持つ式法の効果によって、自らの肉体を構成している源素生命体である〈不義なる牙〉は、自身そのものを維持すべく恒常的に式法が作用している。そのため自らの周囲の源素の変質を敏感に察知、それを防ごうとする。それは〈不義なる牙〉の意思すらも関係なく、戦闘による攻守とは別次元で働く式法であり、生存本能そのものが具現化した力。それこそが〈不義なる牙〉の領域防御、式盾だ。
対して俺の放った炎芯破は、その炎による威力こそ高いが、所詮低位の易段式法だ。その内実は式法による源素の変質によって自然現象を誘発するものである。通常空間であれば自在に物質を生み出し様々な効果を発揮できる上に、短時間での響式が可能な易段式法だが、対〈不義なる牙〉、それもタクトのような強力な式盾をもつ敵に対して十分な効果を叩き込むことは難しい。式盾はその効果範囲内での源素の変質を容易には許さないからだ。炎芯破の核でもあるアセチレンを式盾効果範囲内であるタクトの周囲数メートル内に発生させることができない以上、炎の槍は敵を貫けない。
では、強力な式盾を持つ〈不義なる牙〉の防壁を打ち破るにはいかなる方法が存在するのか。
その答えはいくつか存在する。
まずは、式法の照準周囲の大気中に存在する源素を変質、様々な物質を生み出す易段式法ではなく、源素に強い式力を加え照準範囲に現象そのものを発生させることの出来る鴻段式法を用いることだ。
こちらの式法のほうが〈不義なる牙〉の式盾による式法効果の減衰に抵抗があるため、より強力な攻撃を叩き込むことができる。
だがこれにも問題が無いわけでもない。易段式法より難易度の高い式法である鴻段式法は響式に時間を要する。前衛式師による時間稼ぎが可能な集団戦闘ならまだしも、猛る肉体を武器に獰猛に襲い掛かってくるタクトを前にして、回避と同時並行に鴻段式法を響式する余裕など、肉体強化式法を施していない今の俺には、さらさらない。そんな事ができるようならば、頚椎を握りつぶされかける事態にも、敵に背を向けた逃避行を打つ事態にもなりはしない。
「ウオゥゥル」
タクトの呻きを耳にし、慌てて眼前の光景へと意識を引き戻す。
炎の牽制式法によって視界をさえぎられ、俺を見失っているタクトに気取られぬよう、岩の陰から移動を図る。その間も無銘の壱號級易段式法を響式。簡素な金属体を点在する岩の上空に生み出し、落とすと、そこかしこで音を立てて、タクトの感覚をかく乱。
息を殺し気配を絶ちつつも、タクト打倒の一手を閃くために、思考は紡いだままだ。
鴻段式法を放つ時間が無いのなら、他の方法で式盾を突破する方法は無いのか。可能性の模索を続ける。
鴻段式法の使役以外には憲段式法と呼ばれる、源素ではなく式法の効力そのものに作用する式を用いる事が考えられる。
タクトを含めた全ての〈不義なる牙〉は、その体、エネルギーを源素によって構成している、高位の鴻段式法そのものとも言える源素生命体だ。その核ともいえる式法にこちらから干渉する事で、体の構成作用の副作用として存在する式盾の効果を減少させる事もでき、易段式法の効果を式盾効果範囲内に及ぼす事が可能になる。
しかしこの憲段式法、扱いが多少難しい。源素への働きかけという基本構造の似ている易段、鴻段とは違い、使役するのは大抵、憲段式法専門の憲式師だ。つまり現状で憲段式法のサポートを受けた易段式法による攻撃は絵に描いた餅以上のなにものでもないのだ。
もう一つのタクト攻略の鍵。それは式盾の源素変質防止作用の干渉力を上回る易段式法を響式する方法だ。その性質ゆえ、式盾に対し効果を発揮しづらい易段式法ではあるが、式盾の源素変質防止作用も絶対ではない。精緻な制御力によって響じる、肆から伍號級以上の中位易段式法を持ってすれば式盾領域内への効果浸潤は十分可能であるし、それ以上の高位になれば貫徹すら可能だろう。
そして脳裏をよぎる最後の方法。それは至極単純にして難しく、それゆえに強力な攻撃方法。肉弾戦闘を主とする物理的攻撃力によるタクトの撃破だ。
式盾は〈不義なる牙〉が周囲の源素を吸収し自身を構成、運動エネルギーを得るという生命体としての性質によるものだ。熱や光を中心とするエネルギーや式法による源素の変質を通していない物理現象に干渉する力は一切持たない。それゆえに物理攻撃はある種当然ともいえる選択なのだが。
「フィギャルルルッルゥゥ!!」
幾度目かの咆哮が、先ほどよりだいぶ遠くから響いた。炎芯破を放ち距離を稼いだおかげだ。
いっそこの岩陰に隠れたまま鴻段式法でも響じようかと思案した瞬間、
――ヴォガンッッ
近くで聴いていれば確実に耳を聾していたであろう轟音が上がる。
その音の正体を確かめようと、岩陰から様子を伺おうとしたとき、こぶし大の岩石の轢弾が高速で耳を掠めた。その後も二発三発と飛来する岩の弾丸に、慌てて身を隠しなおす。
タクトは牽制やかく乱で式法を使い、岩陰に身を隠しながら事態の好転を図ろうとする俺の戦い方に焦れたのだ。姿も見えない相手から微々たる効果しかないとはいえ、小技を弄され憤慨の様子で、手近な岩を打ち砕いていく。
素手の拳で岩石を打ち砕く桁外れの膂力も恐るべきものだが、それ以上にやつの行動は厄介だ。俺がうかつに動けばどこから飛んでくるかも分からない岩石に打ち据えられ兼ねないし、かといってこのまま身を隠していても、隠れるための大岩がどんどん砕かれていくのならジリ貧は必至だ。
大した知能も無いはずタクトの、怒りに身を任せた行動が戦略的に最大の効力を発揮しようとは。
俺は胆を決めて打って出ることに決めた。腰に残った最後の封式短剣を右手で抜くと、逆手に構える。再び、簡易金属体を生み出す低位の無銘式法を響式。小さな物音をタクトの後方で発生させ、同時に岩陰を飛び出す。
身は低く、横一文字に構えた短剣を眼前にかざした姿勢で、一気にタクトとの距離をつめていく。
後方の様子を伺ったタクトの隙を突けたのも束の間、すぐに、近づいてきた俺の気配を察知した憤怒の化物がこちらを向き直る。
「ギュルワガガァァァァ!!」
怒りの矛先を発見したタクトは、発奮の鬨を盛大に吼えた。その勢いを殺すことなく怪腕を振るうと、タクトの傍にあった二メートルほどの岩が粉砕。つぶてが爆散。拳大の弾丸が、俺に大穴を穿とうと襲い掛かる。
一つ、顔面めがけて飛び来る岩石を短剣で弾くが、岩の質量とタクトの怪腕によって破壊力を高められた死のつぶての勢いは殺しきれない。わずかに軌道を逸らす程度に終わり、左肩に激痛が走った。
「うぐっ!!」
それでも、足を止めることは出来ない。ここで止まれば、格好の的としてとして、タクトの怒りを全身で受け止め、体中を死の弾丸で蹂躙されるのがオチだ。
「炎芯破!!」
立て続けに炎の槍を四本、タクトに向けて放つ。三千三百度超の炎とはいえ、ここの大地の岩石は容易に溶かす事など不可能だから、弾丸に対する防御にはならない。逆に熱された岩が俺の身を脅かさないよう、飛来するつぶてを縫うようにして炎の槍が四条、高速でタクトへと殺到し、そして当然のように掻き消えた。
「ったく、厄介だよな、式盾ってやつは」
しかし、その間に一気に距離は縮まった。式盾によってかき消された炎の名残で大気が揺らぎ、息も出来ないほどの熱気が立ち込める中、短剣一本でタクトへと肉迫。最後の数メートルを一足飛びに縮めた。
周囲の岩を砕ききったタクトに弾は残されていない。自らの肉体を武器に戦うしか術は無いのだ。そしてそれは俺の狙いでもある。
「ギュララワガアアァ!!」
咆哮一閃、炎の残滓を抜け懐に飛び込んだ俺に、タクトの左腕が迫る。圧倒的な力を前にし、タクトの腕が俺を吹き飛ばそうかという瞬間、俺は、密かに口端を釣り上げた。
タクトの一撃は俺が写りこんだ空間、すなわち『俺の蜃気楼』を薙いだ。
「ギュワガァ?」
「蜃気楼って知ってるかぁ? デカブツゥ!!」
先ほど放った炎芯破はただの目くらましだけではない。式盾で直接タクトに攻撃が届かなくとも、炎が生み出す高熱まで消されるわけではない。タクトの周囲の空間を高温で熱し蜃気楼の発生の下地を作ってやる。あとは壱號級の無銘易段式法を高速で響式。式盾効果範囲内とはいえ、源素の変質を行わなければ、効果が消されるわけではないので、式法によって大気の密度を操作してやれば、蜃気楼の現出だ。
岩陰で練り上げた策は功を奏した。身一つをチップにした危険な賭けに勝った俺は、自らを鼓舞する雄たけびと共に、短剣を振り上げた。
「うおおおおおぉおぉ!!」
しかし、タクトの反応速度は俺の想像を遥かに上回っていた。
俺の攻撃に気づくと、腕を突き出した姿勢から瞬時に体勢を立て直し、防御の構えを取る。
あとは短剣をタクトの急所へと突き降ろすだけの姿勢で俺は驚愕した。
「なっ!?」
蜃気楼で作った隙は瞬時に埋められた。完全に防御の構えを取り、身構えたタクトの硬革と生命力を、俺の右腕の一突きだけで突破できるか。答えは明白。絶望的だ。
「くそったれぇぇぇ!!」
ヤケクソの叫びと共に、俺はしかし、再び静かに笑みを浮かべた。
「炎芯破」
振り上げたままの短剣を振り下ろすことなく、バックステップ。タクトから距離を取りながら三度目になる易段式法を響式。タクトが弾丸として使用し、俺たちの周囲に散らばったつぶて達の後ろで空気が高速で熱され、爆発的にその体積を膨張させる。空気が炸裂する爆音と共に、その勢いで岩の弾丸が瞬く間に射出される。
その数実に八つ。その数は俺の複式法の限界値でもある。
酸素を多く含んだ燃焼の際に出る、鮮やかな紫炎を曳いた意趣返しの弾丸が〈不義なる牙〉を追い詰める。
全方位から襲い掛かる高速の弾丸に対し、虚を突かれ、俺の短剣への防御姿勢のままのタクトになす術などない。あってたまるか。
例え式盾の効果によって炎が消えようとも、その爆熱を利用し高速で打ち出された轢弾のエネルギーを遮るものはなにもない。
「岩石の弾丸は、お前だけのものじゃないんだよっ!!」
タクトが誇る怪力の腕に、逆立ったうろこで覆われた脚に、そしてぎらつかせた瞳を光らせた顔に、いくつもの岩石が打ち込まれた。
罠に罠を重ねて生み出した勝機に、俺の式法制御限界を重ねた渾身の一手は〈不義なる牙〉の体躯を打ち据え、抉り、削り、穿つ。
易段式法とは言え、八重に響式するのは果てしなく神経を磨耗させる荒技だ。過負荷の心身が大量の汗を噴出させるが、最後の一滴まで気合を振り絞り、俺は声をひねり出す。
「こいつで、終わりだぁっっ!!」
八つの攻撃にさらされ、足元はふらつき、意識もおぼろげなタクトに向かって、踏み込みを二歩。脚のバネを最大限に使い飛び上がると、残りの力をすべて込めた短剣の一撃を、タクトの脳天めがけて叩き込んだ。
深々と肉体にのめりこむ刃の感触を感じながら、俺は辛くも得た勝利を実感。
脳を破壊され断末魔を上げるまでもなく崩れ去ったタクトを目にし、俺も緊張の糸が切れる。ひざから崩れるようにして、その場に腰を下ろした。
「はぁ、はぁ、小技を重ねるしか無い後衛式師の俺が、真っ向から肉弾戦なんか挑んで溜まるかっての!」
後ろ手に体を倒し、怪鳥が雲間を泳ぐ淀んだ空を仰ぐ。
異貌の怪物の死骸を横に、安堵のため息をついた。
汗で張り付いた髪をかき上げるように、一陣の風が荒野を吹きぬける。
ここは秦帝皇国が治める緋醐伎大陸の中心、人類の敵である〈不義なる牙〉が生まれる出づる魔境、『大忌魔壌』
世界で一番腐った地。世界で一番地獄に近い場所。
そして〈不義なる牙〉を討伐するために選び抜かれた、秦帝直属の式師「破牙子」である俺、仙李・孝徳・ヴァッシュ二級戦闘式師の、世界で一番くそったれな職場だ。
どうも皆さん、ご一読ありがとうございます。
これより、作中の雰囲気とちょっとテンションの違う後書きを認めますので、世界観の雰囲気や余韻を堪能したい方は、後書きはまたの機会にでもご覧頂ければと思います。
さてさて、どうも、本作の作者の父の妻の長男の弟、武倉です。
自身初のファンタジー異能アクションです。
…………ファンタジー異能アクションですかこれ?
ラノベがお好きな方は、僕が何の作品の影響を色濃く受けたか察しが付く方もいらっしゃるのではないでしょうか?
SFとかコメディとかを書いたりもしてるんですが、初の読書体験が「あかほりさとる」という黒歴史を持つ僕としては、心の中に滾る厨二ズムはやっぱりあるわけで、異能アクションとか、やっぱ書いてみたいわけで、そんなこんなで習作を認めてみました。
頭ん中に設定やら世界観やら残ってるので、いつか、長篇にできればいいなぁとかいう、思いを抱きつつ、今回はこの辺で。
では、また他の作品の後書きでお会いできれば、幸いです。




