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亡霊と少女

「……? 今の――」


 ――クラクションの音は何なのか、そう聞こうとした時にはすでに、ルークはそれが聞こえた方向へと駆け出していた。

 バッグ、クローラー、棍棒、三種類の落下音と共に、

 

「エ……、ちょ!? 待っ――、おぁ……速!」

 

 あまりの俊足に、彼の姿は一瞬で見えなくなる。

 バベルは慌てつつも冷静に頭を回し、もらった携帯食のゴミをポケットに、まだ残っている水のボトルはズボンの隙間に挟む。

 そして自身と同じく、置いて行かれたバッグたちを回収してからルークの後を追おうとしたその瞬間、


 先程のクラクションに次いで、金属がひしゃげたかのような衝突音が街に響いた。


「音ヤバー。え、大丈夫か?」


 肩に掛けたバッグと、重量的に厳しく、ガリガリと音を立てながら引きずられることになった棍棒とクローラー。

 彼らと共に、早歩き程度の速度で現場に急ぐ。


 衝突音で大体の位置は把握できている。恐らく、そこまで離れていない。

 ルークのあの脚力ならすでに着いていてもおかしくない程の距離だ。


 クラクションと衝突音、普通に考えれば『車』。だが天蓋ここで交通事故なんて起きるのだろうか。

 棍棒を置いて行ったのを見るに、クローラーが原因ではないと思われる。

 だが、全てを捨てて軽量化を図る程、緊急を要する事態。


 これといって当てはまる事態が思い浮かばない中、バベルは現着する。


「あ。――あ?」


 眼前の状況を理解するのに、少し時間がかかった。


「――まぁ……、確かにこれはもう動かないだろうけどさ、私は無事だったんだから元気出してよ。息災を喜ぼう? ね?」


 そこには、白髪の少女――と、両手両膝を地面につけたルークの姿があった。

 少女はルークの背中をさすり、慰めの言葉という名の狂言を吐いている。

 二人の前にあるのは、電柱に顔がめり込んでしまった軽トラ。どう見ても廃車確定、二度と大地を駆けることは無いだろう。


「『ね?』じゃない……、なんで来たんだ。待ってろって言ったろ……?」


「無理でしょ。あそこらへんクローラーいなくて暇だったんだもん。あと、待ってろとは言われてない、戻ってろって言われた。それ以降の行動は私の自由。だから来てみた。コレで」


 恐らくこの事態を招いたのは彼女だ。

 にも関わらず、謝意が全く感じられない発言を、どこかで聞いたことのある声で繰り返している。

 ヘルメットは着けていないようだが、服装はあの時見たものと同じ。あの少女――恐らくファルナだ。


「……どういう状況?」


 また撃たれる可能性にビクつきつつ、バベルは静かに背後から声をかける。

 

「ン?」


 少し間の抜けた声で、ファルナと思われる少女は振り向く。


 全体的に、少し変わった容姿だった。

 毛先がクルクルと内外に跳ねたミディアムショートカットの白い髪。

 染めたのか、生まれつきのものなのか。一本一本がつやを帯びており、そこに反射する光が眩しい。


 それだけじゃない、なにより特徴的なのは『目』だ。

 白目が黒く、瞳はまるでプラチナの様に白金色に輝いている。 どこか神秘さを感じさせる、そんな瞳。

 それがバベルに向けられると、彼女の瞳孔はまるで存在するはずのないものを見たかの様に、小さく収縮する。


「――うあぁっ! 化けて出た!」

 

 何をしてくるのかと肝を冷やしたが、幸い放たれたのは弾丸ではなく言葉だった。

 顔を覚えていないとできない発言、なぜかバベルの事を亡霊扱い。

 一体どこで殺されたことになったのか。当然バベル本人には、


「今の所死んだ覚えはないけど」


「ルーク見ろ、早速祟りに来たぞ……!」


「はぁ? お前に急に何言って……、――っておぉ、バベル。あぁ……悪い、全部持ってきてくれたのか。ありがとな。」


「めっちゃ重いねこれ」


 少し遅れてバベルに気づき、膝の砂を払いながら立ち上がるルーク。バベルに駆け寄り、持ってきた荷物を受け取る。

 それを見てファルナは『冗談だろ』と言わんばかりの視線を彼に送り、一言の問いを投げかける。


「ルーク、お前名前聞いた上で殺したの? それは仕方ない殺人じゃなくない?」


「……何言ってるんだ? お前。あぁ――、そういう事か。言っとくが『アレ』は別に殺した後の事後報告じゃないからな、お前が居ると話がややこしくなりそうだったから先に帰らせただけだ」


「ン?」


 『アレ』と言うのは、バベルが人間だとわかった際に、先に車に戻るようルークがファルナに出した指示の事だろう。

 彼女目線、あの時バベルはルークに殺されたことになっていたらしい。


「まさに今ややこしくなり始めてるしな。いいか、こいつは死んでもないし、クローラーでもない、人間だ」


「クローラーじゃないのはわかって――、ぁ? まって、殺してないって事? じゃあ……、ルークの手まだ清いまま? ――? えー……、じゃあ私が一番やばい奴じゃん。撃っちゃった。ごめんなさい」


 ここに来て唐突に、彼女はバベルに対し先程の発砲の謝罪を行った。

 どこでどんな勘違いをしていたのかはわからないが、とりあえず、彼女の中の間違った認識は正されたようだ。


「あぁ~、いやいや全然全然」


 自分の間違いを認め、しっかりと謝ることもできる。倫理がないタイプの人間かと思ったが、幸いそうでもなかった。

 ひとまず安心。バベルの脳内にて、ファルナは無事人間認定を受ける。


「名前バベルって言うの?」


「そう。――ファルナ?」


「あれ、バレてる。正解。二度目まして、バベル」


「二度目まして」


 やはり目の前にいる少女はファルナで合っていた。顔が見えている分、人間味があってコミュニケーションが取りやすい。

 ここに来てから、出会う者達のほとんどに攻撃を受けてきたバベル。

 クローラーに関する懸念は、ルークの出会いと、そこから得た知識である程度解消された。が、そんな中で唯一残ったファルナの存在。それは常に彼を悩ませる不安の種だった。

 しかし、彼女が無害とわかった今、彼はようやく心からの安堵を得ることができる。


 ――はずだ。


「そういえば――、生きてるなら聞ける。私と会った時にバベルが持ってた不定形アモルファス型のクローラー、()()何?」


()()? コレよ」


 流れるようなテンポでバベルは彼女の質問に返答し、懐からレヴィを取り出した。


「――!!」


 再び、少女の瞳孔が収縮する。


 相も変わらず、後先を考えることができない。どこまで学ばないつもりなのか。

 少し遅れて、バベルは不安の種が芽吹きかていることに気づいた。

 

「あ、違う。待った。しまった」


「……!? ……!?」


 恐らく、この時代の常識を持った人間に同じ行動をとれば、誰もが目の前にあるような困惑と驚愕が混じった表情を浮かべるのだろう。


 ルークの時とは違い、ファルナは最初からレヴィを脅威クローラーとして認識している。

 状況の理解が追い付いていないのか、彼女の挙動はカクついたワンフレームずつのゆっくりとしたものだったが、最終的に向けられたのは敵意と銃口。


「な、なにそのデカ銃……!?」


 ポンチョから取り出されたのは、見るからに強力そうなリボルバー。その大きさは、ファルナの小さな少女の手には明らかに不釣合い。

 銃身バレルが長く、通常のリボルバーと異なり弾倉シリンダーの装填数は5発。理由は、殺意の塊のようなサイズの弾丸を納めるためだと思われる。

 

 銃についてそこまで詳しくないバベルだが、一発で人体を弾けさせる銃や弾丸がある事は知っていた。

 そして目の前にあるものがまさにそれらであるという事も、直感で理解していた。


 発砲は彼女が状況の処理を終えるか、放棄した瞬間起きるだろう。

 銃口を向けられているのはレヴィだ。

 しかし、それを抱えているバベルも当然、射線上にいる。


 レヴィがあの時の様に弾丸を逸らす可能性はあるが、もしそれが叶わない場合、起きる中で一番の最悪はバベルにまで弾丸が行くこと。 

 弱点らしき部位が鉄片二つのレヴィと、全身弱点のバベル。被弾して死ぬとすれば後者が先だ。


「ちょ、ルーク助けて! 撃たれる!」


 今思えば妙だった。なぜこの状況になっても、彼は助けてくれないのか。

 気づくと、視界の端にいたルークがいなくなっていた。首の可動域を広げて壊れた車の方に目をやる。


 ――するとそこにはなんと、文明スマートフォン片手に、歪んだボンネットを開けるルークの姿があった。

 

「え、スマホ……!?」


 こんな荒廃した世界で、文明の象徴であるスマートフォンの存在。

 

「――あぁ、こんな感じだ。直せそうか? ――いや、今来てほしい。これが本題じゃないんだ。その……、人間が居た。今一緒に行動してる。天蓋やクローラーについて何も知らなくて、いくつか教えたが――、あぁ、多分()()だろうな。それと……そいつが少し特殊なクローラーを見つけたから、それも含めてとりあえず来てほしい。意見を聞きたい」


 それ使って彼は――、誰かと話しているのだろうか。カメラを用いて車の破損具合を伝えているように見える。

 だが、いまのバベルにとっては、彼が何を持っていようと、誰と喋っていようと関係ない。


「日本人の男だ。まだ小学生くらいだと思うぞ、背が小さ――」


「ルゥゥゥゥク!!!」

 

「ん?」


 バベルの叫びに気づき、ルークは振り返る。何が起きているのか、事態の把握は早かった。


「ヘルプ!!」


「――悪い、とにかく来てくれ」

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