天蓋
ルークは持っていたクローラーと棍棒を地面に置く。
そして、レヴィを警戒するどころか、自ら近づいてくるほど興味を示した。
「こんなものどこで手に入れたんだ? ――あれ? お前寝て起きたらここにいたって言ってたよな? 最初から持ってたのか?」
「いや、目覚ました後に入ったビルの中で拾った」
「拾った? ……え? この場所でか?」
「そう、――あ、そう。だから多分こいつクローラー」
一瞬、ルークが固まった。
目線がバベルとレヴィの顔を交互に行き来している。
恐らく彼は、レヴィの事を精巧なロボットくらいに思っていたのだろう。クローラーだなんて微塵も思わなかったらしい。
明らかに慌てている。
「あれ、もしかして気づいてなかった? わかった上で驚いてるのかと思ったんだけど……、途中で思い出したんだよ、そういや言ってないなって。でも言ったら怒られるかなって思ってちょっと渋ってた。黙っててごめん。」
バベルはなぜ自分に友好的なクローラーはいるかと聞いてきたのか、なぜファルナに撃たれたはずなのに無傷なのか、なぜ風も吹いていないのに度々カーディガンが揺れるのか。
ルークの中で全てが繋がった。
「ああ、そういう事か……、撃たれても無事だったのは――」
「あーそうそう、まさにこの方のおかげですよ。だから――できれば連れて行きたいんだけど……ダメかな? 正直あんま安全は保障できない……けど、多分大丈夫だと思う。うん、やっぱり安全ってことにする。実際名前付けてからはいい感じだし」
「名前つけたのかよ。まぁでも……、別にいいか、今の所攻撃してこないし。――わかった。いいぞ、その代わり危険と判断すればすぐに破壊するからな」
あっさりと了承された。
バベルはまだしも、明確な脅威に転じる可能性のあるレヴィの同行まで許すとは、この男、かなりのイエスマンだ。
ただの善意なのか、何か裏があるのか、そんなことは考えず、バベルはレヴィと目を合わせ歓喜した。
「えーやった! いいの? 怪しくない?」
「大分怪しい。だが、どんな例外も一度は向き合うべきだ。もしかしたらそいつは、人間に付け入ろうする程の知能を持ったクローラーなのかもしれない。実際、前例はいくつかある。だが――、本当に史上初の人間に友好的なクローラーって可能性もあるだろ? だから今はとりあえず、良いほうの例外として考える。《《ここ》》ではそのほうがいい」
話を聞いてさらに彼への信頼を深めたバベル。
「ぉぉぉ……!」
「でも――、前者だったら背中怖いから、車までお前が先頭な。」
少しの情けなさには目をつぶり、それを了承した。
「――あ、そうだ。こいつの名前レヴィ・ヴァイヤーね、お見知りおきを」
「レヴィ・ヴァイヤーか、覚えておくよ。レヴィを見つけたのってどの辺だ? あっち側か?」
バッグの中から水と食料を取り出しながら、ルークは指を差す。
その先は、バベルが目を覚まし、レヴィやその他二体のクローラーと遭遇した方向を差していた。
「そう、クローラーに追いかけられたからこっちまで逃げてきたんだよ」
「クローラーに会ったのか? よく無事だったな」
「レヴィ様様ですよ。二体会った。うさ耳生やした人型の奴と、でっかいスライムみたいな奴。最初人型の方に追われてたんだけど、急に現れたスライムの方にそいつ飲まれてさ、今しかないと思って、逆方向に逃げて何とか撒いたんだよ。――そのあとファルナって子に撃たれけど……」
思い返すと散々だった。口に出してから改めて実感を得る。
「散々だな。まぁ、中央に行かなかったのは正解だ。」
「中央?」
「天蓋のな、――あぁ、まだ説明してなかったか」
天蓋、意味を知らない単語の一つだ。
ルークはバッグを首に掛け、そこから取り出したペットボトルに入った水と、包装されたブロックタイプの栄養食品と思われるものをバベルに差し出す。
「ほら」
「おお~、アリガトゴザイマス……!」
「詳しくは――歩きながらだ。ファルナの事大分待たせてるしな。先頭頼んだぞ、しばらく真っすぐだ。」
「はーい」
バベルはルークの一歩先を歩きながら、もらった水と食料の封を早速開け、パサついた固形物をグビグビと音を立てながら水で体内に送り込んだ。
食べづらく、水も常温だったが、それは何事にも代えがたい喜びだった。
濁音が混じった吐息を吐き、生の実行を完了する。
「んで、天蓋ってのは何なの?」
口をもごつかせながらルークに聞く。
「そうだな、言ってしまえば、この場所の事だな。クローラーがいる廃墟地帯、それともう一つ、『天蓋効果』と呼ばれる物理法則以外の絶対的なルール、それらが存在する場所を差す言葉が天蓋なんだ」
「物理法則以外の絶対的なルール……? ――一旦聞きましょう。なんですかそれは?」
いちいち突っかかっても、いらない情報が混ざってさらに困惑するだけだ。何もかも、一度は受け入れたほうが、この世界についての解像度は確実に上がる。
もとより通用しないバベルが居た時代の常識、クローラーが存在のだから、その『天蓋効果』というのも存在のだろう。
ルークは例えを交えながら説明を続けた。
「ゲームでいう特殊ステージ、あれが現実にあるイメージだな。敵が強くなってたり、弱くなってたり。特定の武器やキャラクターが使えなくなったり、そこでしか使えない物が使えたり。プラスマイナス、効果の内容は様々、そして天蓋効果も同じように、多種多様な、そこでしか起きない特定の現象が起きる。無い天蓋もあるが、基本はどの天蓋にも一つ以上は確認されてるな。」
「なーるほど……? 頭入るかな、例えばどういうやつ?」
「――例えば、重力の重さや向きが違うだとかの、物理法則に干渉しているレベルの効果。常に背後に影ができるだとかの、ただそれだけのしょうもない効果。本当に色々だな。一応ここにもあるぞ、確認できてるもので二つ、『59秒を超える飛行の不可』と『クローラーのナワバリ意識』」
「クローラーのナワバリ意識……? なにそれ」
「名前の通りだ。ここのクローラーは一体一体自分のナワバリを持ってて、それを守ろうとする習性があるんだ。だが――それだけじゃない、あいつらは守ると同時に、自分のナワバリを広げようともする。本来、クローラー同士が敵対することは無いが、ここではそれが起きる。戦いに勝てば自分のナワバリが広がるからだ。要は――ナワバリ争いだな。ちなみにこれは人間にも適応される。この前、俺とファルナで頑張ってここをナワバリにしたんだが、それでもやっとこの天蓋の5%程度。未探索の場所、それこそ中央なんかは未だクローラーのナワバリだらけだ。お前は運がいいよ、もしそっちに逃げてたら今頃殺されてただろうな」
「あー、だからか」
先程、ルークが『中央に行かなかったのは正解』と言ったのはそういう事かと、バベルは理解する。
そして同時に安堵する。あの時引き返すきっかけをくれた2体のクローラーには感謝しなくてはならないかもしれない。
あそこは恐らく、スライム型クローラーのナワバリだったのだ。だからこそ、踏み入れたうさ耳はあんな目に遭った。
――しかし、そうなるとレヴィの異質さが際立つ。
なぜ自分のナワバリに侵入されたにも関わず、うさ耳にしか明確な敵意を示さなかったのだろう。
一応、バベルも何発か針金は食らったが、あれらはどちらかと言うと、触れたことによる『反射』。敵意を持った『攻撃』とは少し違う気がする。
――もしかすると、レヴィはバベルと同じで、《《侵害した側》》なのかもしれない。
「まぁそれは別にいいか……、ありがとうルーク、いくつかちょっと忘れちゃったのあるけど……。大体理解できたよ、もう覚えることない? 大丈夫?」
「いいや、あと一個、一番重要なのが残ってるぞ。モジュールって――」
ルークが何か言いかけたその時、車のクラクションが廃墟の街に響いた。