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クローラー

「バベル……か、あー……確認するが本当に日本から来たんだよな?」


「はい」


「なぜ自分がここにいるのか心当たりは?」


「ない」


「天蓋に関係する知識は?」


「……天蓋?」


 知らない単語に首を傾げる。クローラー、イミテーション、アモルファス、モジュール、そして天蓋。

 いくつかはこの時代に来る前にも聞いたことがある。が、恐らくどれもバベルの知る物とは別物だろう。


 突然始まった質疑応答は、肯定、否定、疑問での返答だったが、それでもルークは何かの確信を得たようだ。


「――天蓋関連の情報が軒並み消失しているのか、えーっと、何か違和感はないか? こう……記憶が抜け落ちてる感覚とか」


「ないけど……俺、なんか忘れてんの? そんなことないと思うんだけど」


 情報の消失という言葉がバベルの中で少し引っかかっていた。消失という事は元々はあったという事、

 しかし、バベルの中にそんなものは最初から無い。


「天蓋――だっけ? 俺はそもそもそれ知らないんだよ。義務教育で習うんでしょ? 俺若干怪しいけど初耳だし、記憶が消えたーとか、そういうのじゃないと思う。」


 元々自分はこの時代の人間で、今ある記憶が全て作られたものだとしたらまだ納得がいく、だがそれはないだろう。

 自分の中にある記憶が偽物だとは思えない。そう断言できるほどバベルの記憶は鮮明で、一つの空白もなかった。

 

「でも記憶ってのは曖昧だ。いざ無くなってみると案外気づかない――、なんてこともあり得ると思うぞ?」


「それはそう、でも俺が言いたいのは……なんて言うんだろう、――あぁ~そう! タイムスリップだ、タイムスリップしてきた感じ。俺のいた時代にはその『天蓋』なんてものはなかったし、いきなり銃を乱射してくる子供も、天井ぶち破って頭カチ割ろうとしてくる人間もいなかった。この場所自体もそう、こんな広い廃墟地帯は見たことがない。それ以外も全部含めて、俺はこの時代を知らない。こんな場所も人も何もかも、俺の時代にはなかった。記憶喪失というよりは、元居た時代から急に飛ばされてきた――って感覚が近いと思う」


 それとなく、タイムスリップしてきたという事実を伝える。信じてもらえなくとも、状況を説明する表現としては十分だ。

 静かにバベルの話を聞いていたルークは、ふむふむと何度か頷く。内容に対してある程度の理解を示したように見えるが――


「……なるほどな、まぁ大体伝わったが、状況あんま変わらなくないか? 要はお何もわかってないってことだろ?」


 長々と説明を受けた割に、ルークが受け取った答えはシンプルなものだった。

 

「まぁ……クソ要約するとそう」

 

 バベルは右も左もわからないままここまで来た。起きた出来事の全て、目では理解してきたが、頭ではまともに理解できたことが無い。

 彼が言っていることは正しいとも言える。


「……じゃあお前、これからどうするつもりなんだ? お前が思ってる以上にここは危険だぞ? 人間が生きていける環境じゃない。行く当ては――」


 バベルは少し口角を上げて小さな笑みを作る。


「ない……よな、――ならそうだな……、あーもしよかったら一緒に来るか? 安全な場所まで連れて行ってやれるが」


「え、いいの?」


「ああ、まぁ――俺を信用できるんならだけどな」


 信用――、恐らく先程の事を気にしているのだろう。勘違いとはいえ、ルークはバベルを殺しかけた。

 だがバベルにとって疑うべきはルークではない。

 諸悪の根源はあの少女、名前は確か『ファルナ』、ルークがトランシーバー越しにそう呼んでいた。

 彼女に対する印象は最悪、あのうさ耳と同レートにいる。


「信用って言うならあのファルナって子の方が怖いんだけど。銃撃ってきた子で合ってるよね? ――え、待った。もしかしてあの子も一緒に行くの?」


「あ」


「あ」


「――ま、まぁそれ含めて決めてくれ。もちろん撃ってきそうになったら止める。大丈夫だと思うが……どうする? 来るか?」


 このまま一人で生きていける自信はない。あれだけ逃げても、次から次へとイレギュラーが起きた。

 あのファルナという少女はどちらかというと例外になるのだろうが、なんにせよ今までと同じようなことが起きてもうまく切り抜けられる保証はない。


 ――そもそもそこまで深く考える必要はない。答えは一つだ。


「――いやでもそれしか無いしなぁ……、わかった信用するよ、連れてってほしい」


 うまく行けば、住む場所にありつける可能性もある。もちろん若干の不安要素は拭えないが、今は彼らを信じるしかない。


「――そうか、よし、じゃあまずは車まで戻る。付いてきてくれ」


 ルークは床に立てていた棍棒を肩に乗せ、バベルを連れて出口に向かう。――はずだったのだが、少し歩いたところでルークの歩みが止まった。


「あー……、しまった。バベル悪い、先出て待っててくれ」


「どうしたの?」


「忘れ物だ。ここに来る時、重かったんでその時持ってた荷物全部置いてきたんだよ。車とは逆方向にある。」


「ああ、そうなんだ。いいよ、待ってる。」


「悪いな、そうだ。お前腹減ってるか? 喉は?」


 思えばバベルはここに来てから何一つ口にしていない。

 来たばかりの時は喉が渇いたな、などと考える余裕があったが、度重なる衝撃体験がそれを忘れさせていた。

 ルークに聞かれた途端、腹が鳴り、喉が渇き始める。


「両方赤ゲージ」


「わかった。じゃあなおさら急がないとな、戻ったら分けてやるよ、じゃ――すぐ戻る」


「やった、ありがとう!」

 

 バベルはルークを見送り、しばらく待機することになった。



* * * * * * * * * * *          



「遅くなーい……?」


 バベルは道路の真ん中に腰を下ろし、ルークの帰りを待っていた。あれから15分程たったが、ルークは未だに帰ってこない。


「あのヒト二階から降ってきたよな、おかしくない? 何処に荷物置いてきてんの?」


 彼は一体どこから来たのだろうか、たまたまあのビルの中に居て、たまたまバベルが中に入った。そこを狙われた。

 あまりに出来すぎている。

 もしどこからか駆け付けて、あの演出のためにわざわざ二階に上っていたとしても、使える時間は50秒程。

 無理だ。そもそも演出する意味がなさすぎる。

 

「ビルの間飛び移ってきたとか?、あとで聞いてみよ。速く帰ってこないかな……」


 レヴィの針金引っ張って手持無沙汰を解消しながら、流れる雲を見る。

 そういえばレヴィについて何も話さなかった。

 ルークの一撃を防御しようとした時、腕に針金が集まる感覚があったが、全部カーディガンの中で行われたので彼からは見えていない。


 ――まずいだろうか、知らない単語だらけだったが、ニュアンス的にファルナはあの時レヴィについて報告している。ルークが聞いてこなかったのは、恐らくバベルが人間だという事に気づいて動揺していたからだ。


 この時代に生きる人間が、あのうさ耳やスライムのような存在を知らないとは思えない。

 見た目でいえばレヴィは完全にあっち側。

 危険な存在を隠していたと思われたらどうなるだろう。今度こそあの棍棒で頭を砕かれてしまうかもしれない。

 

「――おーいバベル、どこだ―?」


 狙ったかのようなタイミングでルークが帰ってきた。


「やべべべ……」


 慌ててカーディガンの中にレヴィを納め、その呼び声に返答する。


「――こ、ここにいるよー!」


 ルークの駆ける足音が徐々に近づいてくる。

 ――何やら金属を引きずるような音も一緒だ。

 

「おぉ、居た居た。いやー、ほんと悪い――」


 路地から顔出したルークのその手には、醜い鉄で作られた機械らしき物が握られていた。

 黒ずみと錆が混じったような色、あのうさ耳に使われていたものと同じように見える。


「うわっ……!?」


 形状はクラゲに似ており、ルークがやったのか、傘の部分は深々と凹んでいた。

 そこから生える触手の長さは2メートル程、地面に垂れ下がり、金属音を鳴らしている。


「ここに戻る途中でこいつが急に襲ってきてな、少し時間食った。」


 申し訳なさそうにするルークの肩には、大きめのボストンバッグが掛けられていた。ちゃんと回収できたようだ。


「いや全然いいけど……、それ何?」


「これか? ああ~そうそう、これだよこれ、これが『クローラー』」


 どうやら度々出ていた『クローラー』という単語はこのクラゲ、というよりこの場所に出る機械でできたモンスターの事を言うのだろう。

 恐らくあのうさ耳やスライム、それにレヴィもクローラーに含まれる。


「あぁー、言ってたやつ? へーこれが……この形以外の奴もいるの?」

 

「ああいるぞ、そうか、知らないんだったな。クローラーは大きく分けて二種類、模倣イミテーション型と不定形アモルファス型ってのがいる。前者は生物の形を模しているクローラーを差すんだ。だからこのクラゲは模倣イミテーション型、ちなみに部位ごとによって複数の生物の特徴が表れてる場合もある。ほとんど犬なのに、よく見れば足がアヒルになってたり、舌が蛇になってたりとかな、まぁこれはベースにとなる生き物によって結構変わる。――んで今あげた特徴が当てはまらないクローラーが後者、不定形アモルファス型――、だと思ってくれればいい、場所によっては『オリジナル』だなんて呼ばれ方もしてるな」


 そうなるとうさ耳は模倣(イミテーション)型、スライムとレヴィは不定形(アモルファス)型になるのだろうか。


「なるほどねー、えぇっと……ちょっと話変わるけどさ、人間に友好的なクローラーっているの?」


 暫しの沈黙を挟みルークは答えた。


「さぁ……?」


 まさかの疑問形


「いない――んじゃないか? 人間を見たらすぐに襲ってくるような奴らだし……、前例もないしな、高い知能を持った個体が人の挙動や声を真似て、それに釣られた奴を殺した話は聞いたが。」


「こっわ」

 

 物騒な話を聞いて不安になる。

 レヴィが裏切るのではないか、という事ではない。ルークがレヴィの事を信頼してくれるのか、それが問題だ。

 友好的なクローラーの前例がないにせよ、レヴィは文字通り身を削ってバベルを守った。それは事実。

 苦悩の末、バベルは決断した。


「そうそう、食べ物持ってきてやったぞ、水も――」


「――ルーク、ちょっと見てほしい物があるんだけど」


 腰を下ろしてバッグの中を漁ろうとするルークを呼び止める。


「……? なんだ?」


「そのー……、これ……なんだけど」


 バベルは恐る恐るカーディガンを開き、鉄片と針金をルークの前に露出させる。

 手を前に出すと、その上にレヴィは移動し鉄片と針金を集めていく、それを見てルークは一言つぶやいた。


「――なにそれすげぇ」


 衝撃と感嘆交じりの声だった。


 




 

 




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