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不気味の谷底

 鍵穴に耳を近づけ、成功を祈っていた。

 数分に渡る格闘の末、それはついに成し遂げられる。


 ――カチャッ


 待ちわびた快音が耳を満たした。


「お……!?」


 鍵穴から耳を離し、針金に目を向けるとすでにドアノブから離れ、袖の中へと戻ろうとしている。

 そんな針金に、微笑みながら労いの言葉をかけた。


「よくやった!」


 本当に鍵が開いたのかなど疑いもせず、ドアノブをひねった。

 ゆっくりと扉を引き、暗闇に慣れて開ききった瞳孔に、突き刺すような白い光が浴びせられる。

 まぶしさに目を細めながら、とうとう念願の屋上へと足を踏み入れた。


 最初に目に映ったのは、屋上全体を囲う高さ1.3メートル程の金属フェンス。

 錆びだらけで、あまりにも頼りない。もたれかかっただけで壊れてしまいそうだ。

 その向こう側には、ここに入る前に見たお向かいのビル。内部まで植物に侵され、崩落した天井から光が差し込み、その先で花が芽吹いている。

 この荒廃した世界でも自然は美しいままなんだと、微々たる感心を抱いた。


 そんなことより、大事なのは背後に据えているであろう街全体を見渡せる景色だ。

 例え人が住んでいるような痕跡を見つけられなくとも、水源であったり、使えそうな住居であったり、生活基盤に関わるものの目星をつけられるはず。

 両手を合わせ、脳内に理想を描いていく。それが形になって現れることを祈り、思い切りよく振り返った。


 ――300メートル先、そこには雄大な山々のようなビル群が視界を塞いでいた。


「うん……、まぁー……そうか、まぁそうだろうな」


 期待しておいてなんだが、正直そんな気はしていた。

 針金と出会った部屋、あの窓からはすでにこのビルたちが見えていたのだ。部屋があったのは七階、それと一つしか変わらない屋上なんて、所詮はこんなもの。

 予想していたとはいえ、別に策を立てていたわけではない。楽できないということが分かっただけ。


「いや~、やっぱ地道にいくしかないか」


 人探し――、もとい生活基盤作成からは一歩遠のいたが、今は得られたものだけ考えるとしよう。針金が付いてきてくれていなかったら、きっと『何のためにここまで来たのか』と文句を垂れていたはずだ。

 まぁ、それもビルを出るまでどうなるかわからないが、離れて行かないことを願うしかない。


「名前考えておこうかな……」


 ひとまず屋上で出来ることはやり切った――、というより出来ることがなかっただけだが。

 忌まわしきビル共に睨みを利かせながら、扉の方へ戻る。

 針金があれだけ解錠を頑張ってくれたのにも関わらず、結局一分も滞在しなかった。

 そのことに申し訳なさを覚えながら扉を開き、ビルの中へと足を踏み戻した。


「急いだほうがいいかな? 今何時なんだ……ろ……」


 咄嗟にドアノブを引き戻し、扉を閉める。背中で扉を押さえつけ、開ける方とは逆にドアノブを強くひねった。

 それは無意識に行われていた。

 

「……なんだ今の」


 開けた先に、『何か』が居たのだ。


 一瞬だったがそのインパクトは強烈、約2メートル、人型ではあるが、人間ではない。

 まるで仮面の様な不気味な顔をして、ねじ込むような視線をこちらに向けてきた。

 口元は黒ずんだ布のようなもので隠され、その人型は、醜く濁った光沢を放つ金属によって模られていた。    


 特徴的なのは頭部と脚部に見られる人間ではない獣のような部分。

 頭部には兎のような長い耳が付いており、人間の耳と同じ位置から生えていた。脚部は人間の足に、大半の四足歩行動物にみられる『逆関節』、その特徴を加えたような形状。

 何処をとっても気色が悪く、二度と見たくないと思わせるほど異様だった。


 階段の踊り場、ソレは手すりを掴み、この扉へと続く階段の一段目に足をかけていた。そこで目が合った。

 一瞬、お互いに動きを止めたが、向こうはすでに動き始めたようだ。足音と思われる金属音が徐々に近づいてくる。


 針金の時とは違う、あの無理やり脅威と認識させてくるような様相。絶対に関わってはならないと全身の細胞が警鐘を鳴らしている。

 このまま扉を抑えてるだけじゃだめだと感覚で分かった。


 この屋上には非常階段も避難はしごも見当たらない、見つけられていないか、そもそもついていないのか、なんにせよ道は一つだ。

 逃げるとすればこの扉しかない、奴を掻い潜って突破するしかない。

 足音はもうすぐそこまで来ている。

 呼吸を整え、こわばる体をほぐす。覚悟を決め、扉から距離を取った。


「よし、やるぞ……!」


 金属の足音が聞こえなくなるほどの距離、そこそこの恐怖を感じているが故のこの距離だ。

 だが警戒するに越したことは無い、それに恐怖といっても実際に感じたのは、気色の悪い虫と遭遇した時のような強い嫌悪感。

 叫びはするだろうが、足がすくんで動けなくなることは無いだろう、俊敏な動きで躱してやる。

 そう意気込み、来たる戦いに備え、姿勢を低く構えた。


「……? ……あれ、おかしいな」


 なかなか開かない扉を見て、一瞬まさかこれで終わりなのかと、ここに来て成功した『警戒』という意識が一瞬緩んだその時。

 扉の向こうから、異物を巻き込んだ時のようなモーター音が鳴り始める。

 なぜだかわからないがこの時、窮地に立っているという感覚が鮮明に湧いた。


 ――突如として、体が地面に引っ張られるような感覚に襲われる。

 逆らうことも出来ず、ひざを折って地面に膝まづいた。

 咄嗟についた両手の袖からは針金が伸び、根を張るように手を地面に押さえつけている。

 

「ちょっ……どうした!?」


 まさか裏切ったのか――、そんな疑いが杞憂だという事は、すぐに証明された。

 コンクリートの破砕音、それに加えて、金属がちぎれ飛ぶような音が、そのちぎれ飛んだ何かと共に頭上を通過する。

 直後、正面で聞こえた破砕音が、少し控えめに背後でも鳴った。


「――嘘でしょ」


 鳴った方を振り返ると、そこには先程まで見つめていた扉が、向かいのビルに突き刺さっていた。

 多少の劣化は見られたものの、腐っても鉄扉、それをコンクリートごと破壊し、こちらに飛ばしてきた。

 圧倒的な力と悪意を確認。 


 驚愕も束の間、手を抑えていた針金の力が緩んだのを感じ、迫るモーター音にハッとする。

 慌てて立ち上がり前を向くが、土煙で奴の姿が見えない。

 だが異音混じりのモーター音で大体の場所は掴める。といっても掴むまでもなく、どうせ正面から来るのだ。

 既知の時代には存在しない機械の怪物が。


「あのままだったら二人揃ってスッパリ行かれてたね、助かったよ。」

 

 先程の感謝を伝えた。

 針金はなぜか袖に収まらず、今も伸びたまま、まだ終わっていないという事だろう。 

 共通の敵が現れた今、言葉がなくとも、やるべきことが理解しあえるはずだ。

 いや――もし針金が戦う気なら理解できない。正面戦闘で突破するなんて今からやろうとしていることの真逆だ。 


「さすがに倒せると思ってないよね? ……逃げるからね」

 

 若干の不安要素が出てきた所で、モーター音はさらに接近し、その音とは別の、足音と思われる金属音も聞こえ始める。

 そうして逃げる手立ても何も思いつかぬまま、ついに、土煙の奥から奴が現れた。


 顔の下半分が布で隠れているというのにこれほどまで不気味になれるのか、という驚き。逆マスク詐欺を期待してもきっといい結果は待っていない。

 ねじ込むような視線、愛嬌の欠片もないうさ耳、醜い輝きを帯びた気色の悪い逆関節の足。

 そのどれもが用途不明、何のためにつけられたのか、人間としても機械としても紛い物なんだと再度認識した。


「や~気持ち悪」


 そうつぶやき、奴を中心として、一定の間隔を保ちながら左回りに足を運ぶ。

 すると奴は足を止め、うさ耳を根元から軸回転させこちらに向けた。

 加えて、モーター音がさらに激しくなる。今更だがどこが回転しているのかは表面からじゃわからない。

 だが体内で鳴ってるにしては、その音が籠らず、クリアに聞こえる。

 奇妙だった。まるで奴の体そのものから発せられているかのような――


「スピーカーでもついてんのかな」


 針金が袖の中を蠢き、右腕を上に引っ張る感覚。

 ――甲高い破裂音と共に、目を焼くような火花が眼前で弾けた。

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