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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

婚約破棄したらハーレムが待っていた(ただし、自分好みとは限らない)

作者: 麺類

「貴様のような獣臭い女に次期王妃は務まらん! よってここで婚約破棄を宣言する!」


 夜会にて。アンス第一王子は婚約者である隣国の王女の獣人に婚約破棄を叩きつけた。全身毛むくじゃらな二足歩行の狼ごときが自身の妻となることに耐えられなかったのだ。

「この……馬鹿者!」

 しかし、その場は国王によって押さえられる。

 アンスは廃嫡のうえ、身売りのごとくある国へと連行されることになった……。





 馬車に揺られるアンスは、「なんだこんなものか」という気持ちを抱いていた。国王から廃嫡だと言われた時は少々取り乱してしまったが、「あちらはヒトの血が欲しいようだ」と連合王国行きがあっというまに決まると、なるほどと現状を理解した。


 王国から3つほど国を隔てた先に、社会性虫人連合王国と呼ばれる国がある。そこはトップの女王をはじめ、国民の9割が女性だ。


 つまり、アンスは連合王国の王となるのだ。


 やはり頂点に立つ男が居なければならないのだろう。連合王国へ行けばそれはもうハーレム三昧に決まっている。


 と、アンスは自分に都合良く話を解釈し、脳内で魅惑の美女たちと戯れる妄想に耽った。






「ギィ……ギギギギッ」


 馬車の扉を開けた先にまず目に入って来たのは、巨大なアリの頭部であった。


「ヒッ!?」

 後ずさるアンスをよそに、アリ虫人の横からひょっこりと恰幅の良いヒト族の女性が顔を出す。

「ほら、降りな! 悪いねえ、虫人は声帯が発達してないから共通言語は話せないんだよ! ま、聞き取りはできるから安心しなさいな」


 アンスはほぼ無理矢理馬車から引きずり下ろされる。降り立ったのは街の中心地。整備されていない外観はスラムと呼ぶほどではないが、王国と比べるまでもなく雑多で多くの人が行き交っている。民はアンスよりひとまわりほど小柄な虫人ばかりだ。


「な……な……」

「ついて来な」


 会話ができるという理由だけで案内役に選ばれたヒト族の女性はアンスの身分など素知らぬように乱暴に言葉を投げかける。


 アンスはとくに虫嫌いというわけではなかった。しかし、こうして目の前に等身大のどデカい虫人が居ると、あまり意識したくないものが嫌でも視界に入ってくる。びっしりと円形に敷き詰まった複眼だとか、やけにトゲトゲした細っこい脚だとか、身体の一部分を覆う産毛だとか。耐性のないヒト族には思わず顔を顰めたくなるような姿だ。


「ギィ、ギィ」「カカカカカカカカッ」「ジージージー」


 歩いていると虫人たちが物珍しそうにアンスの姿を観察する。共用語を話せない彼女たちは、アンスには理解できない言葉と読み取れない表情で彼をじろじろ見つめる。ともすれば足がもつれそうになるのを、両脇に居るハチ虫人ががっしりと腕を引っ掴んで阻止する。チクチクと当たる謎の毛がかゆい。


 今すぐ逃げ出したい。アンスはそう思った。彼はこの先に待ち受けるものの正体を知らなかったが、それでも悪い予感だけはビシバシと感じていた。もともと短慮で後先考えない性質のアンスは、ヒト族の男の力なら虫人族に負けることはないだろうと強く腕を振り払った。


 ブチッ。


 ボトッ。



「……え?」



 その結果、ハチ虫人の腕が千切れて落ちた。地面には緑色の血液が散らばる。


 虫人族はその身体のつくり上関節部などが非常に脆く、ヒト族程度の力でも強く扱えば簡単に折れたり引っこ抜けたりする。とくに戦では数の暴力で勝つことはできても、被害は甚大だ。虫人族には痛覚が存在しないのがまだ救いだろうか。


 アンスはあまりの光景に腰を抜かした。目の前で2人の腕が千切れたというのに、住民たちは慌てた様子を見せない。案内役の女性だけが「あーあー」という程度の反応をしただけだった。虫人族にとってはよくあることなのでさして気にすることでもないだけなのだが、アンスにはそれが異様に感じられた。

 腕が千切れたハチ虫人もその腕を気に留めることなく、お互いの位置を入れ替えて残っている腕でアンスを引っ立てた。もはや彼に抵抗する気力は残っていなかった。






 アンスは連合王国の王城中で最も広い会議室へ連れて来られた。そこには10人の女王が座って待っていた。彼女たちがこの社会性虫人連合王国のトップだ。民衆の虫人たちは小柄であったが、女王たちはアンスとさほど変わらない背丈である。


 彼女たちは挨拶でもしているのか、一人一人順番にギィギィと鳴いた。それに合わせて、案内役の女性が「左からシロアリ虫人の女王様、ミツバチ虫人の女王様……」と紹介をする。アンスにはまったく理解できなかった。


 挨拶が終わったら、アンスは再び別の場所へ案内された。後ろから女王たちの中でもとくに体格のしっかりしたスズメバチ虫人の女王がやって来る。


 社会性虫人連合王国の中で最も入れ替わりが激しいのがスズメバチ虫人だ。

 彼女たちは他の虫人よりも巨体で攻撃性が高い。荒事は基本的にスズメバチ虫人の仕事となるが、やはりここでも肉体の脆さが仇となって毎年かなりの被害が出る。

 そのため、連合王国の女王会議ではまず真っ先にスズメバチ虫人の女王と子をもうけるべきだと多数決で決定していた。


 アンスがこの国に連れてこられた理由。それはひとえに子をなすためだ。

 虫人は多産短命で身体が脆い。人口爆発の懸念もあり、頑丈で一回の出産数が少ないヒト族との交配が適任とされた。


 王国側としても、連合王国製の粗悪かつ安価な競合する類似品の生産体制に辛酸を舐めさせられていたのだ。子に王位継承権はないことなども含めて、2カ国間ではアンスの身柄を条件にさまざまな取り決めがなされていた。知らないのは当人ばかりである。



 行われた情事はアンスにとってまさに地獄であった。案内役の女性がアンスに無理矢理興奮剤を飲ませて女王との交尾を誘導し、種馬としての役目を果たす。虫人との情交はヒトと身体の作りが異なるため、痛みしかもたらさなかった。

 その上周囲を補助役として気持ちの悪い虫人たちとまったく好みではない──アンスに言わせれば、「ブスでデブのババア」だ──ヒト族の女たちに取り囲まれ、肉体的にも精神的にも疲弊した。

 とはいえ一度出すだけで解放されたので、アンスは内心安堵した。


 その後案内された部屋は広くはないが狭くもなく、生活に十分な家具は揃っており、アリ虫人の従者が数人付いている。


「おい、この部屋はなんだ!」

「はあ?」

 女性は何を言っているのか、という顔でアンスを見た。


「俺は王国の王子だぞ! この国の王となる者だ! だというのにこの部屋の狭さはなんだ!」


 アンス基準で言えば狭い部屋ではある。が、そこらの弱小貴族や裕福な平民に比べればはるかに優遇された環境だ。


「王? あんたが? バカなことを言うんじゃないよ。女王さまに怒られたくなけりゃ大人しくしてるんだね」

 そう言って女性はスタスタと去ってしまった。その場に残ったアンス付きとなるのだろう従者に文句を言っても、彼らは虫人なので返事をされても何を言われているのかわからない。


「うるさいな。静かにしてくれない?」

 向かいの部屋からガチャリとドアを開けて出てきたのは見目麗しい中性的な美青年だった。黒く焼けた肌と鮮やかな青の髪は南方のヒト族の特徴だ。


「これはどういうことだ! なぜこの俺がこんな粗末な部屋に居る!」

「あー……あんたも問題起こして連れてこられたクチ?」

 青年は面倒そうに言った。


「ここは男子寮。王宮に仕える男はだいたいここで暮らすことになる。最近連合王国も問題起こしてるからさー、他国から種馬をやるから勘弁してくれっておぼっちゃんが送られてくんのよ」


「た……種馬……?」


「そうだろ? あんた仕事できそうな感じじゃないもん」


「失礼な……! 俺は王子だぞ!」


「ハイハイ、さっきも聞いたよ。まったく嫌になるよなー、同じ男ってだけでこんなやつと同じトコ暮らすとかさ。種馬は種馬用に畜舎でも建てとけよ。男が少ないから仕方ないのもわかるけどさー」


「そういう貴様こそどうなんだ!」


「私はただの使用人だよ。もっと金貯まったら性転換魔術受けたいけど、今はまだ身体が男だからしゃーなしで男子寮に居んの」


「性転換……?」


「連合王国に住んでる他種族なんてだいたいそんなモンだろ。ここは女が強いからな、私らみたいな奴等には天国ってわけ」


 一般的に、虫人族の見た目は他の種族から忌避されやすい。しかしながらこの国には絶えずあらゆる種族の、おもに女性が移住してくる。


 理由は単純明快。ここは文字通り、女の園だからだ。


 他種族の女性はみな、「男性に虐げられた」「女だから望む仕事ができなかった」……と言ったように、男という存在に飽き飽きしてこの国へやって来る。

 かと言って、男子禁制の国というわけではない。種馬以外にも「女になりたい」者や「男だが男社会には向いていない」者も自然と集まって来るのだ。そうした者達は、望めばきちんとふさわしい職にありつける。


 ちなみに、この国に「働いて市民として生活する」虫人の男は居ない。女王は卵をつくる際に産む子の性別を選べるうえ、男を産むのは将来の種馬が必要な時だけだ。なので、虫人の男はみな漏れなく王宮で管理される種馬だ。

 女尊男卑と思われるかもしれない。しかし、これが虫人という種族の本能にも刻まれた在り方なのだ。それに対し虫人の男でさえ否は唱えない。


 青年はフンと息を吐いた。

「もういい? わかったならうるさくするなよ」

 バタン、と扉が勢い良く閉まった。







 アンスにとって社会性虫人連合王国での生活は地獄だった。日替わりで女王と交配をして、それが終われば精をつけるために食事や運動を管理されるだけの日々。


 硬くて、ブニュッとして、細くて、チクチクする虫人族の肉体を抱く。

 しなやかでボンッキュッボンな若いヒト族の女性がタイプなのに。


 アンスの身に外出制限はかけられていない。護衛兼監視はついてくるが出かけることはできる。

 そのため外でヒト族の女をひっかけようと思ったものの、この国に住む女性たちはみなつれなかった。ただただ冷たく反応を返すばかり。


 やっとお眼鏡に叶うヒト族の女性を見つけたところで、護衛に阻まれた。通訳いわく「業務外での交配は認められない」そうだ。


 もう「デブでブスのババア」でもいいからヒト族の女の肉に埋もれたい。アンスがそう思いはじめたころ、見透かしたように補助役に付いていたヒト族の女性たちはみな退任した。代わりに虫人族の補助役が増えた。


 最悪だ。アンスはそう毒吐いた。どれだけ文句を垂れても生活は変わらない。






 半年が経ったころ、交配の場に通訳のできる使用人の男性がある人物を引き連れてやって来た。


「あなたの子供です」


「……は…………?」

 信じられない気持ちでアンスは目の前の存在を見つめた。


 彼女はなんと形容していいかわからないほどアンバランスだった。

 頭部からはまだらに金の髪が生えていて、顔の皮膚はヒトのそれに近い。巨大な目は複眼であるはずなのにヒトの要素を持っていて、まるでひとつの大きな目にたくさんの瞳孔が詰まっているようだ。

 そのほかにも身体は虫人とヒトの特徴がごちゃまぜになっていて、まるでツギハギされたキメラのようだった。


「おと……ギギッ……おと、オトト、サン。ギィ、ギギギ……マス……」

「今回は虫人族とヒト族の異種間交配実験のため、特別に彼女との交配許可をいただきました。普通は1ヶ月あれば大人になるのですが、ヒト族の血が混じったせいで半年もお待たせしてしまいました」


 虫人族の女性は子どもを産むための器官こそ存在しても、産卵を許されてはいない。女王のフェロモンにより交配意欲も低下している。

 しかしながら、まったく子を作らない虫人が居ないわけでもない。発見されれば大抵は殺されるか親元を引き離されるかの二択だが。

 残酷だが群れを統率するためにも大切なことなのだ。子どもを産むのは女王の特権である。


 そんな極めてレアな一般女性との交配を許可すると言うのだ。


「日を置いて他にもあなたの子供と交配していただきます。何度か続けて実験したあとは、女王陛下たちの望むバランスに調整していきましょう」


 ────「これ」と交配を?

 アンスは絶望で目の前が眩む。こんな怪物と、しかも自分の血を引いた子と事を成さねばならないのか。


 己の運命を呪った。

 ────こんなことならば、まだ元婚約者を抱くほうが、何万倍もマシだ……。



 虫人族の名誉のために言っておくと、彼女たちは客観的に見て非常に整った容姿をしていることは間違いない。

 自然界で生き抜くため洗練された左右対称の姿。その毛の一本たりとも無駄な部位は存在しない。光を透かす透明な羽は蝶とはまた違った趣がある。ものを知覚するための触角はスタイリッシュでクールだ。これはこれで完成された美なのだ。


 ただ、その美がアンスには受け入れられなかった……それだけの話なのだ。




 「娘」との交尾でかつてないほど疲弊したアンスは、帰りに男子寮である獣人族の男とすれ違った。


「あー……ああ…………あー……」

 それなりに歳を取っているように見える。身なりは従者たちによって整えられているが、体毛はまだらに禿げ上がっていて、表情はうつろで口を半開きにし、唸りを上げ、振り子のようにぐらぐら揺れながら歩いている。

 彼とすれ違い、その背を見送る。


 それを見ていたアンスに、先程も居た使用人の男が言った。

「彼はかつて隣国で浮名を流した色男として有名でした。王女に手を付けたことで罰されこの国にやって来て、もう30年になるそうです」


「さ……30年……」


「ですが、あの様子ではそろそろ駄目ですね」

「駄目、とは……」

「年齢的にも厳しくなってきたようですから、近々処分されるでしょう」

 アンスは息を呑んだ。

 30年もこんな生活を続け、文字通り精が尽きれば用済みとしてポイっと捨てられるのか。


「あなたも「ああ」なりたくないのであれば、なにか別の趣味でも見つけて生き甲斐にするといいですよ」

 王国で散々女遊びをしてきたアンス。彼にとって、すれ違った男は己の未来の姿を見ているようだった。


 社会性虫人連合王国は祖国に比べて圧倒的に発展が遅れている。虫人とはコミュニケーションの取りようもない。そんな中でどういった娯楽を探せというのか。

 アンスは生きる楽しさを見出せなくなりつつあった。





 またしばらく経ったころ。

 部屋の前にはアリ虫人達が多く集まってせっせと荷物を運び出していた。アンスの部屋のものではない。向かいの部屋の荷物だ。


「ああ、お疲れ様。みんなありがとう」


 そう声をかけた部屋の主は、南方のヒト族の女だった。


 腰は健康的にキュッと引き締まって、出るところは出ている。まさにアンスの理想とする女体だ。

 切れ長の瞳に鮮やかな青の髪と睫毛が映えるエキゾチックな美女は、アンスをちらと一瞥すると、すこしだけ嫌そうに眉を寄せて顔を逸らした。


「な……なあ」


 アンスは蜜に吸い寄せられる蝶のようにふらふらと美女に近寄った。いいや、火に飛び込む虫だったかもしれない。


「来んな。キモいから」


 しかし声をかける前に相手からストップがかかる。


「そんなに女に飢えてんの? ほんと、あんたってどうしようもないよなあ。でもこれでお別れだ。見ての通り私は正真正銘女になったわけだから、男子寮からはオサラバだ」

 その物言いに、アンスはやっと目の前の美女が向かいの部屋に住んでいた男だと気が付く。彼女はかつてのようにフンと鼻で笑った。


「話は聞いたよ。女好きの王子様。良かったじゃないか、毎日毎日女を抱けて嬉しいだろ? 「仕事」、頑張れよ」

 彼女は長く伸びた髪をたなびかせて荷運びをするアリ虫人の後を追いかけて行った。




 当初アンスが夢見た通り、彼はハーレム三昧の日々を送っている。数えきれないほどたくさんの女と夜を過ごした。きっとこれから先、彼が機能しなくなるまで続くだろう。性に溺れ一生を過ごす。男として素晴らしい日々だ。



 ────その相手が、カケラも彼の好みのタイプではないことさえ考えなければ……。




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