第八話 出土武器と深淵の謎
「……すまないことをした」
“選器の儀”の後、共にケルベロスを討伐した“銀の竜巻”のメンバーとオレだけが、ギルド長の応接室に通された。
オレたちを部屋に案内するや否や、ギルド長は頭を深々と下げた。
「そんな、頭を上げてください」
そう、ギルド長が悪い話ではないのだ。
先程の”選器の儀”で棒に選ばれてしまったオレは、冒険者から嘲笑の対象となった。
ケルベロスを倒した英雄として周囲の期待が高まっていただけに、ギルド長はその責任を感じてしまったのだろう。
「……選器の儀で“棒”に選ばれるなんて前代未聞なのだ」
ギルド長は頭を上げながら話しを続ける。
「選器の儀は毎年各地のギルドで行われており、結果はすべて国家に報告する義務がある。強力な武器の保持者が多いことは、その国の軍事力に直結するからだ。そのため、新種の武器や珍しい武器、強力な武器が出現すると、国中が大騒ぎになる」
「ちょっと待ってくれ。武器は遺跡から出土するんだよな? だとしたら、その時点で武器はすべて国やギルドが把握しているんじゃないのか?」
「いい質問だ。もちろん、現在も遺跡の発掘は進んでおり、新しい武器が出土し続けている。しかし、2つの理由から武器の把握はできていない。1つ目は“武器は適切な使用者がいないと機能しない”からだ」
「……適切な使用者?」
「そうだ。例えばアレックス。彼は斧に選ばれた適切な使用者ということになる。そのため彼は斧に備わる風系のスキルを行使することができる。ただし、彼がいなければ、この斧はただの斧になるんだ。武器に選ばれた彼以外の人間は、斧のスキルを行使することができないのだから」
「……つまり、“選器の儀”で武器が使用者を選ぶまでは、その武器の能力や詳細が分からないってことか?」
「その通りだ。武器に選ばれたものだけがスキルを使えるし、先ほど教えた“ステータス オープン”も行使できる。剣や盾のような形状であれば、個別スキルは分からなくても戦うために使用するものだと見て分かる。しかし、形状が特殊で、使い方がサッパリ分からない武器も存在するんだ。例えば、“銃”は多く出土するが、つい最近までどうやって使う武器なのか誰も知らなかった。そのため“外れ武器”と思われ、出土してもその場に放置することすらあったそうだ。ただ、銃に選ばれた人間が登場して詳細が判明し、状況はガラリと変わった。引き金を引くだけで、遠くから魔物を殺傷する弾丸を発射する武器だと分かり、長距離戦力として非常に重宝をされている」
「新種の武器は、その武器に選ばれた人間が現れるまで詳細が分からないってことか。だから、新種の武器が出土したとしても、その武器が強いのか弱いのか分からないわけだ」
「そうだ。そして2つ目の理由。それは……」
ギルド長が目を伏せ、言い淀んだ。
「……これは一般にもあまり知られていない情報だ。ケルベロスを討伐してくれたお前たちを信用して話す。あまり口外しないでくれ」
「……わかった、約束は守る」
オレが頷くと、ギルド長は覚悟を決めたように話し始めた。
「……続ける。“選器の儀”会場の奥を覚えているか?」
「ああ。たくさんの蝋燭の火で照らされても奥が見えない。深淵を覗いているようだったな」
「“深淵”という表現はある意味正しい。実はあの奥は異世界につながっていると、言い伝えられている」
異世界。その突然のワードに、心臓がつかまれたような感覚に陥る。
この世界に、異世界という概念が存在するのか。
もしかしたら、オレのような”異世界から転移してきた人間”が過去にいたのだろうか。
「異世界……出土した武器が保管されている“亜空間”というイメージの方が理解しやすいだろうか。各地の“選器の儀”会場に存在する深淵は、亜空間につながる“扉”だと考えられている。出土した武器を亜空間へ格納する施設を視察したことがあるが、“選器の儀”とは逆に、真っ白な光の空間に向かって出土した武器を捧げていた」
「……ブラックホールとホワイトホールみたいだな」
宇宙空間に存在する、なんでも吸い込むブラックホールと、その出口と言われているホワイトホール。
ただし、この世界では武器を吸い込むのが白い光で、武器が出てくるのは黒い闇なので、役割が逆転しているのだが。
「このように入口と出口は人間の手で管理しているのだが、亜空間に関しては何も分かっていないのだ。亜空間にどんな武器がどれくらい収納されているか、誰にも想像できない。大昔に収納された武器が、突然召喚されることもあるだろう。お恥ずかしい話だが、ギルドが出土した武器の記録を始めたのもここ数年のことで、大昔にどんな武器が出土していたか記録された文献はほとんど残っていない。結果的に、武器が召喚されるまでは、出土武器の詳細や個数を把握しようがないのだ」
①武器に選ばれるまで、その能力や詳細が分からない新種武器が存在する
②亜空間の情報がなく、大昔に出土した武器がまだ眠っている可能性がある
この2つの理由で、武器を人々に授けるギルド組織でさえ、その全てを把握できない状況らしい。
「そうなると、オレを選んだこの棒を、武器だと判断して亜空間に格納した人間がいるわけだよな?」
「発掘チームを怒らないでくれ。遺跡から出土するものはさっきも言った通り、現在の科学力では不明なものも多い。そのため、出土したものはすべて亜空間に収納する決まりになっているのだ」
「……責めたい意図ではない。単純な疑問だっただけだ。ありがとう」
ギルド長は安心したような表情を浮かべ、説明を続けた。
「実際、“選器の儀”で召喚される武器の大半は、戦えない武器なんだ」
「どういう意味だ?」
「“選器の儀”でもたらされるのは武器だけじゃない。人々の生活を豊かにするものも存在する。例えば、最近ウチのギルドで召喚されたのは“洗濯機”だな。汚れたものを綺麗にする水属性の出土武器だ。戦いには使えないが、選ばれた少女はこのアイテムを使ってクリーニング店を営んでいる。魔物の血で汚れた衣服も短時間でキレイにしてくれると評判だよ」
「……洗濯機? それは電気を必要としないのか?」
「驚いた。記憶喪失なのに洗濯機は分かるのか。なぜ洗濯機に雷属性の魔法が必要かは理解しかねるが……遺跡からの出土品は使用者の魔力を消費して機能するので、電気は必要ないな」
この世界に電気が普及していないことは、この街を歩いて把握していた。
その代わりに魔力や出土武器で代用しているということか。
「こうした人々の生活に役立つ武器を“生活武器”と呼んでいる。エミリーのフルートは支援魔法が使えるので例外だが、基本的には楽器も“生活武器”のジャンルに入る」
エミリーは得意げに胸を張る。
その横で、アリスの表情がこわばったように見えた。
「……しかし、こうした生活武器は差別の対象になっている。ちがうか?」
オレはあえてハッキリと尋ねた。
「……その通りだ。魔王を退けたとはいえ、常に魔物の脅威に晒されている。魔族もいつ動き出すか分からない。おまけに人間ってのは、同族内でも争う愚かな生き物だ。国同士の戦争とかな」
人間同士の戦争は、この世界でもあるらしい。
魔物という共通の脅威があっても。
「そのため、より強い武器を評価する傾向にある。それは国もギルドも、一般の民も同様だ。“洗濯機”のように物珍しかったり、本当に利便性が高かったりして、重宝される生活武器ホルダーもごく稀にいるが……ほとんどは“役立たず”としてバカにされ、差別にあっているのが現状だ。戦えない人間には厳しい世の中なんだよ」
ギルド長の話で合点がいった。
だからエミリーは冒険者ギルドで“楽器女”呼ばわりをされていたし、オレも“棒”に選ばれた途端、冒険者たちから嘲笑されたのだろう。
「……それで、オレたちを個室に連れてきた理由は? まさか、謝罪をするためだけに呼んだんじゃないだろう?」
「……もちろん謝罪したかったのも本音だよ。だが君の言う通り、理由はもう一つある」
ギルド長はオレの手元を見つめながら答えた。
「単刀直入に言おう。ハヤト、君を選んだ武器の詳細を知りたい」
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