第六話 冒険者ギルド
「……まるで中世ヨーロッパの街並みだな」
城壁の中に入ると、そこにはまるでおとぎ話のような光景が広がっていた。
オレンジ色に統一された屋根。
美しい石畳の通り。
所々に、塔のような建物も見えた。
──本当に異世界に来てしまったのか
人々は徒歩で移動しており、車も自転車も走っていない。
時折、馬車とすれ違う程度だ。
電柱も電線も無いので、電気は普及していないのだろう。
「まずは討伐報告をしにギルドへ行きたい。お前さんも来るか?」
先頭を歩くアレックスがオレの方に振り返る。
「記憶もまだ戻っていないんだろ? 冒険者ギルドに行けば、何か分かるかもしれない」
「……それはありがたい。ぜひ連れて行ってくれ」
「よし、じゃあまずはギルドへ向かうぞ」
*
「アレックスさん、おかえりなさい!」
冒険者ギルドに入ると、受付の女性がアレックスに声をかけてきた。
ギルドの中は、半分が受付や掲示板が設置されたスペース、もう半分は酒場になっていた。
太陽の位置的に、オレたちが街に入ったのは正午すぎだったと思うが、すでに酒場は冒険者たちでいっぱいになっていた。
「“銀の竜巻”のみなさんへ発注した依頼は、“グランディオーソ平原の魔物観察任務”でしたね! どうでしたか? いつもと違う魔物がいたりしませんでしたか?」
どうやらアレックスたちはギルドの依頼であの場所に来たらしい。
危険なエリアだと言っていたし、観察任務だけでも報酬がよかったのだろうか。
「そのことなんだが……ギルド長と話せるか?」
アレックスは急に真面目な顔で受付嬢に告げた。
オレたちが討伐したケルベロスはAランク。
騒ぎにならないよう、アレックスは慎重になっているようだった。
「ハハハ! アレックス! 相変わらず大げさなヤツだな!」
酒場の方から大声で野次が入る。
酔っぱらった冒険者たちがからんできた。
「Cランクパーティーがなにイキってんだよ! 何かあったなら普通に報告しろ! ギルドのネエちゃんも困っちまうだろ!」
「はあ…… オレは気持ちよく飲んでいるお前さんたちに気を使ったんだが」
アレックスは頭をかきながらそう答えると、受付嬢に向き直った。
「ある魔物を討伐したんだ。ここで出してもいいか?」
「もちろんです。不正のないよう、受付で提出するのがルールです」
酒場の冒険者たちがニヤニヤ笑っている。
Aランクの魔物が出てくるとは、思ってもいないようだ。
「……仕方ない。ブロック、出してくれ」
「了解。……スキル発動。“アイテムボックス オープン”」
ブロックの詠唱で大盾が輝きを放つ。
その光が落ち着くと、解体したケルベロスがその場に出現した。
「……これは! この魔物は!?」
受付嬢の顔が真っ青になる。
「頭が3つのオオカミ!? Aランクの魔物……ケ、ケルベロス!!!」
受付嬢が叫ぶと、ギルド内は騒然となった。
アレックスをバカにしていた冒険者たちも、言葉を失っている。
「……なあ、ケルベロスってそんなに珍しい魔物なのか?」
オレはこっそりとアリスに確認する。
「当たり前でしょ。この付近で最後に確認されたのは30年以上前。その時は村が2つ壊滅したらしいわ」
アリスは涼しげに答える。
「30年以上前って……じゃあなんですぐにケルベロスって分かるんだよ!?」
「バカね。頭が3つあるオオカミなんて、ケルベロスくらいでしょ」
ようやく我に返ったのか、酒場の冒険者が再び叫びだす。
「嘘だ!! Cランクパーティーに、Aランクの魔物なんて倒せるはずがない! しかも、楽器女と選ばれなかった女……お荷物を2人も抱えているくせに!」
どうやら、アレックスたちはこの街でバカにされているらしい。
”楽器女”はエミリーのことだろう。
もう1人の“選ばれなかった女”とは、もしかしてアリスのことか?
でも、オレにはその言葉の意味が分からなかった。
アリスを見ると、悔しそうに唇を噛み、強く握りしめた両手はわなわなと震えていた。
「そうだな。オレたちもまだ、この現実を受け止め切れていないよ」
あくまで冷静にアレックスが答える。
「実際、死を覚悟した。オレたちが生き残ったのは、ここにいるハヤトのおかげだ」
突然、ギルド中の視線がオレに集まり、狼狽した。
懐疑、恐怖……彼らの目線は友好なものではなかった。
「見ない顔ですね。失礼ですが、その方は何者ですか?」
周囲の視線を気にしながら、受付嬢がおずおずと口を開いた。
「オレたちが探索にいったグランディオーソ平原で出会った。どうやら、記憶喪失らしい。自分の名前は言えるようだが……」
ギルド内が再び騒がしくなる。
“Aランクの魔物”と“記憶喪失の男”。
冒険者からすれば怪しすぎるのだろう。
「あ、あの! ハヤトさんは悪い人じゃありません!」
エミリーがオレの前に出て声をあげる。
「ケルベロスだってハヤトさんのおかげで倒せたんです! だから……」
「お前には聞いてないんだよ! 楽器女!」
ガチャン。
エミリーの背後の壁に、コップが当たって砕ける。
酒場の冒険者がエミリーに投げつけたらしい。
呆然としたまま、その場で固まってしまうエミリー。
その後も冒険者たちによるエミリーへの罵詈雑言が続く。
頭にきたオレは、物申すために一歩踏み出そうとするが、アリスに腕で制止されてしまった。
「我慢して。楽器は嘲笑の対象なの。いかに蔑まされているか、記憶の無いアンタでも分かったでしょ。話がこじれるから黙ってて」
エミリーの目から涙がこぼれる。
アリスの言葉はもっともかもしれないが、さすがに我慢の限界だ。
かまわず言い返してやろうとしたその時、ギルドに鋭い声が響いた。
「……なんの騒ぎだ?」
受付の奥から、顔に大きな傷のある男が現れた。
ギルド内が一瞬で静まり返る。
「……ギルド長!」
受付嬢からギルド長と呼ばれた男は、冒険者ににらみを利かせながら近づいてきた。
隙のない堂々とした佇まい。
素人のオレでも、一目でただ者でないと分かる。
彼の威圧的なオーラで、酒場の冒険者たちは口をつぐんだ。
「“銀の竜巻”のみなさんがこれを……」
受付嬢がギルド長に、オレたちが討伐した魔物を見せる。
視線を移したギルド長。
ギルド内に流れる一瞬の静寂。
「……ケ、ケ、ケルベロスじゃねーか!?」
ギルド長は大声をあげ、その場で尻もちをついた。
かなりの実力者に見えたが、そのギルド長ですら腰を抜かす魔物。
それだけケルベロスは凶悪な魔物なのだろう。
「この町のどこを探しても、こいつを討伐できるパーティーなんて存在しない! どのパーティーが倒したのか? 勇者でもこの街に立ち寄っていたのか!?」
──勇者? 昔の話かと思っていたけど、今の時代にも存在するのか?
狼狽するギルド長に、受付嬢が告げる。
「そこにいるハヤトさんの助力を得て、Cランクパーティー“銀の竜巻”が討伐されたそうです」
「……本当なのか? アレックス」
ギルド長はアレックスに尋ねる。
「ああ、誓っていい」
「よかろう、確認する。ギルドカードを出せ」
アレックスがなにやらカードらしきものを渡すと、ギルド長は受付嬢が持ってきた水晶にかざした。
「ではアレックス。お前たちとそこにいるハヤトの5名で、このケルベロスを討伐した。そうだな?」
「そうだ。間違いない」
皆が水晶を見つめる。
少し間があった後、水晶は青い光を放った。
「嘘は言ってないようだな……」
どうやらギルドの水晶は“噓発見器”の役割があるらしい。
アレックスたちに暴言を吐いていた冒険者も、水晶が光るのを見てすっかり大人しくなった。
水晶を片付けると、ギルド長はオレに鋭い目を向けた。
「それで、ハヤトとやら、君は何者だ?」
「……ハヤトは記憶喪失なんだ。何か情報が得られないかとギルドに連れてきた。身分を確認してくれないか?」
オレの代わりに、アレックスが対応する。
「ケルベロスと戦闘をしたのだろう? 武器は持っていなかったのか?」
「ああ、彼は武器を持っていなかった。だから直接ケルベロスに攻撃してはいない。だが、エミリーの演奏に助言してその能力を最大限引き出したり、的確な指示でオレたちを操ったりして、戦場を支配していた。信じられないかもしれないが……」
「……軍師タイプなのかもしれんな。いずれにせよ武器がなければ、ギルドカードもないのだろう? 血で登録の有無を確認するので、親指を出してくれ」
オレはギルド長の指示に従い、受付嬢に親指を突き出す。
どうやら冒険者は、自身の血をギルドに登録しているらしい。
どういうシステムか分からないが、今は従うしかない。
受付嬢は針でオレの指を刺し、血を数滴、カードのようなものに垂らした。
照合には時間がかかるようなので、そのまま1時間ほどギルドで待っていると、再びギルド長と受付嬢がやってきた。
「結論から言おう。ハヤトは過去、ギルドに登録した形跡はない」
「そうか、ギルドでも手掛かりなしか。ハヤト、すまないな」
アレックスは律儀なヤツだ。彼が悪い訳ではないのに謝ってくれる。
しかし、オレからすれば予想通りだった。
この世界の人間ではないのだから、冒険者ギルドで何か分かる方が不自然だ。
「これからどうするんだ?」
ギルド長がオレに尋ねる。
「Cランクパーティーを操って、ケルベロスを討伐するほどの軍師なんて帝国中を探しても聞いたことがない。それこそ“勇者”に匹敵する偉業だ」
「そうでしょう! ハヤトさんはすごいんです!」
なぜか誇らし気のエミリー。
ギルド長は咳ばらいをして、話を進める。
「極めて異例ではあるが……ハヤトさえよければ“選器の儀”を受けてみないか?」
──選器の儀?
聞き覚えの無い言葉。
それなのに、なぜかオレの胸は高鳴っていた。
そしてオレは、ある運命の出会いを果たすことになる……
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