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第五話 戦闘終了

 

「……勝った……のか?」


 ケルベロスの躯を見つめながら、ブロックが呟く。


「うぉぉおおお! 生き残ったぞ!」


 アレックスとブロックは信じられないという顔でお互いを見つめ合った後、抱き合って号泣し始めた。


 ──こいつら意外と小心者だったんだな


 その光景を見て、オレも思わず笑みがこぼれた。

 そして、自分も肩の荷が下りるのを感じた。


「なに笑ってんのよ?」


 アリスがオレに飲み物を渡しながら話しかけてくる。


「ポーションよ。体力を回復させる効果があるわ。貴重なアイテムだから、どこの馬の骨かも分からないヤツにあげたりしないけど……アンタには、飲む権利あるでしょ」


 アリスなりにオレを認めてくれたのだろうか。

 ありがたく受け取って、口に運ぶ。


「……ぶはっ! マズっ!」


「アハハハ! アンタ、ポーション飲んだことないの? そんなに一気に飲むもんじゃないわよ」


 アリスはツインテールを揺らしながら悪戯っぽく笑う。

 こうして見ると、あんな魔物(ケルベロス)にとどめを刺した女の子には見えなかった。


「……倒せたのね、アタシたちだけで。Aランクの魔物を」


「ああ。生き残れたのはアリスや皆のおかげだ。ありがとう」


「……呆れた。自覚がないのね。誰のおかげだと思ってんの?」


「……?」


 アリスとの会話を楽しんでいると、遠くから駆け寄ってくる足音が聞こえてきた。


「ハヤトさ~ん!」


 声の主はエミリーだった。

 なぜか涙を流しながら走ってくる。

 そのまま躊躇することなく、オレの腕の中へダイブしてきた。


「うわ~ん! ……倒せました! みんな生きていますよね!」


「エ、エミリー!? 大丈夫、ちゃんと生きているよ。なんで泣いているんだ?」


「私にも理由は分かりません! でも止まらないんです! ……よかった!」


 戦闘が終了し、今まで我慢していた不安や恐怖、様々な感情が溢れたのだろう。

 エミリーは子どものように、人目もはばからず泣きじゃくっている。


 オレはため息をつきながら、エミリーの頭を優しく撫でた。


 ──今は感情に任せて、泣きたいだけ涙を流せばいい


 こうやって喜怒哀楽を出せるのも、生きている人間の特権なのだから。

 そう、オレたちはまだ生きている。


 こうして、異世界で初めての戦闘を生き延びることができた。

 生死を掛けた戦いだったので、色々な疑問を押し殺していたが……

 生き残った今、確認したいことが山ほどあった。


 ──けど、もう少し待つか……


 オレはエミリーを慰めながら、遠くを見つめ、深く息を吐いた。



 *



「……え? お前さん、あれだけの働きをしておいて、記憶はまだ戻っていないのか?」


 アレックスは驚いた様子で足を止めた。

 オレはうなずきながら、再び歩き始める。


「ああ、なぜあの場所にいたかも、この国の名前さえも思い出せない。すまないが、この世界のことを教えてくれないか? 記憶を取り戻すきっかけになるかもしれない」


 我ながら怪しいと思うが、“異世界から来た”なんて言うよりはマシな気がした。

 エミリーには戦闘中に少し話をしてしまったが、後で口止めをしておかないと……



 彼らの説明を要約すると、ここはブリッランテ帝国のはずれにあるグランディオーソ平原。Bランクの魔物が多数生息する危険地帯だ。それでも、ケルベロスのようなAランク魔物の出現報告を聞いたことはないらしい。


 ──相当運が悪かったようだな


 自分の運のなさを痛感し、オレは思わず苦笑した。


 さらに2人は“歴史”についても教えてくれた。

 この世界にはかつて魔王が存在し、数千年前に人類の最高戦力である勇者が魔王を封印。

 配下の魔族もほとんど姿を消したそうだ。


 以来、魔王の復活や魔族の侵攻は確認されていないそうだが、魔物だけは各地に残り、相変わらず人類の生存圏を脅かし続けている。

 そのため、各地に冒険者ギルドが設置され、アレックスたちのような冒険者パーティーが魔物を討伐して人々の安全を守りつつ、生計を立てているのだ。

 

 さらに、Aランクの魔物は危険かつ貴重なので、討伐報酬もかなり高額になるらしい。


 ──だから皆こんなに嬉しそうなのか


 命を救ってもらったのだ。

 アレックスたちが賞賛されるなら、こんなに嬉しいことはない。


 また、ブロックの大盾には“アイテムボックス”というスキルがあり、大盾と同じサイズならいくらでも異空間に収納ができるそうだ。

 そのため、討伐したケルベロスは、解体して大盾のスキルで収納をしている。

 危険地帯に赴く冒険者の割に、荷物が少なかったのは、ブロックのおかげらしい。


「どうしたのよ? 聞きたいことがあるならさっさと聞けば?」


 声のした方へ振り返ると、アリスがエミリーの背中を押している。

 オレと目が合うと、エミリーは少し恥ずかしそうにしながら口を開いた。


「あの……みなさん気になっていると思うんですけど……()()()()はなんだったんですか?」


「……あの動きって?」


「“指揮”って言っていましたよね? ハヤトさんが手を動かしていた、踊りみたいな」


「……」


 ──まあ気になるよな


 この質問が来ることは想定していた。

 しかし、どう返事をすればいいのか、オレは考えあぐねていた。

 楽器を演奏するエミリーですら“指揮”や“アンサンブル”の概念を知らなかった。

 アレックスたちを信じない訳ではないが、後々を考えると、多くを語らない方がよさそうだ。


「……オレの生まれた地域では、ああやって仲間に指示を出すことを“指揮”と言うんだ。踊りという訳ではないけど、身振り手振りがあった方が視覚的に分かりやすいだろ?」


 嘘は言っていない。

 オレは言葉を重ねる。


「ほら、エミリーは演奏中、一生懸命になりすぎて周りが見えなくなるだろ? 他の皆もそうだ。敵に集中し過ぎて連携が取れていなかった。そんな時、戦わないで全体を見渡している人間が指示を出せればどうなる?」


 エミリーは考え込んでいた。

 やはり、この説明では納得できないか……


「指示がもらえるから、自分の行動に100%集中できるってことじゃない?」


 アリスが助け舟を出してくれる。

 そういえば戦闘中も最初にオレの意図を理解してくれたのは彼女だった気がする。

 センスというか、非常に勘がいい女性だ。


「そ、その通り! つまりオレは全体を見渡してちょっと指示を出しただけで、あの魔物(ケルベロス)を倒したのは皆の力だよ!」


「……私の音楽もお役に立てたのでしょうか?」


「もちろん! エミリーの的確なバフがあったから、攻撃陣が全力以上の力を出せたんだ。君は自分を誇っていい」


「……私の演奏がお役に立てたなら、嬉しいです」


 そう言いながら、エミリーは再び涙を流した。



 この時オレは、まだその涙の意味を理解できていなかった。



 *



 ──全体を見渡してちょっと指示を出しただけ?


 皆が笑い合っている中、アリスは1人冷静に戦闘を振り返っていた。


 ──ケルベロスはそんなに甘い魔物じゃないわ。1頭だけで、村をいくつか壊滅させる魔物よ。ちょっと連携が嚙み合ったくらいで、Cランクパーティーが勝てる相手じゃない……


 アリスはじっとハヤトを見つめる。


 ──この男、やっぱりおかしいわ。戦闘中と態度が違い過ぎる。戦闘中はもっと……圧倒的なオーラを放っていたわ。でないと、この私が、初対面で武器もない男に素直に従うはずないもの


「エミリーの演奏が勝利に導いたんだ! 戦闘の後半は、力が抜けていい音が出ていたし」


「やめてください! 恥ずかしいです! ……でも、私も演奏してて楽しかったです」


 笑い合うハヤトとエミリー。


 ──この男、どこまで本気で言っているの? 普通の冒険者ならもっと自分の手柄を主張するはず。自分の生活がかかっているからね。なのにハヤトはそれをしない。それどころか、まるで()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「アリス、どうかしたか?」


 アリスが声に気づいて顔を上げると、ハヤトが心配そうにのぞき込んでいた。


「……なんでもないわ」


 アリスは少し赤面しながら答える。


「……指揮ってすごいのね。アタシ、あんなに速く動けたの初めてかも」


「すごいのはエミリーの演奏とアリスの身のこなしだって」


 ハヤトは嬉しそうに、周囲の人間を称え続ける。


「ブロックの“制限解除”は頼もしかった。アレが無かったら負けていたかも。アレックスの斧は……君には小さくないかい?」


「やかましい! 顔と身体がデカいんだよ! オレのこともちゃんと褒めやがれ!」


「悪い悪い! アレックスの竜巻魔法には命を救われたよ、ありがとな」


 彼らの会話を聞きながら、アリスは心の中で首を振る。


 ──いえ、やっぱりすごいのはハヤトよ。武器も持たずに戦況を一変させ、場を支配した。ただの人間にできることじゃないわ。それなのに、それを自慢することもない


「……おもしろい人」


「何か言ったか?」


「……別に。もうすぐ街が見えてくるわよ」


 アリスの言う通り、しばらくすると城壁が見えてきた。

 嬉々としてアレックスが叫ぶ。


「さあ、お前さんたち! 凱旋といこうじゃないか!」


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