第四話 反撃開始
エミリーはフルートを演奏しながら驚いていた。
──なんなのでしょう? この全能感は……そして、明らかに前衛2人の動きも良くなっています!
格上であるAランクの魔物・ケルベロスの切り札らしき魔法をしのぎ、あまつさえ、隙のない連携でダメージを与えている。
今まで通用していなかった2人の攻撃で。
──そして何より彼……ハヤトさんの指先から目が離せない
ハヤトの指先はしなやかに、そして無駄のない滑らかな動きで魅せる。
エミリーは生まれて初めて見る“指揮”に目を奪われていた。
──言葉も届かない場所にいるのに、みなさんが何を求めているか分かります
仲間の求めている魔法も、タイミングも、すべてハヤトの指先が教えてくれている。
そして、力強く吹くだけだったエミリーの演奏が、ハヤトの指揮によってよりやわらかく、より自由に生まれ変わっていく。
──これが“誰かのために演奏する”ということなんですね
窮地にいながら、エミリーはそれを忘れ、歓喜していた。
これまでも彼女なりに楽器を愛してきたはずだった。
家族にも見放され、楽器を愛することは孤独だと思いこんでいた。
しかし、これはとても1人では味わえない。
音楽にこんなステージがあったなんて。
──楽器も使わないで、なぜこんな事ができるの? ハヤトさん、貴方はいったい何者なの……?
*
オレは集中していた。
先ほど話して分かったことだが、予想通りエミリーは、意図的に攻撃力強化の支援魔法だけを選んでいた。他のバフが使えないのではなく、防御力強化やアジリティ向上など、むしろ多彩なバフが可能だったのだ。
そもそもフルートは、鳥のような美しい高音から、味わい深い低音まで出すことができる音域の広い楽器。その表現力の幅が、能力を最大限に引き出しているのだろう。
そしてなにより……
──なんて美しい音色。そして光景なんだ。
エミリーの演奏は、次第に淡く発光し、雪のように白く戦場に降り注いだ。
音が視覚化されるなんて……
これが本来のあの武器の力なのだろう。
──まてまて、走るな。焦らないで
──ごめんなさい。なんだか貴方を困らせたくって
言葉はなくとも、エミリーとは通じ合って、音楽で会話ができている。
あとはこの絆を、前衛にもつなげるんだ……
*
女剣士・アリスはギョッとした。
──アイツはなんであんな場所に立っているのよ!?
さっきまでエミリーの横にいたはずの記憶喪失の男。
今は最前線近くの岩に登り、戦場を見下ろしていた。ちょうどケルベロスと冒険者たちを横から見下ろすような位置で。
丸腰なのでケルベロスからは驚異とみなされていないようだが、それでも危険極まりない。
戦えない素人が居ていい場所ではない。
「なにやってんのよアンタ! 死にたいわけ? 危ないから下がりなさいよ!」
「……アンタじゃない、”ハヤト”っていう名前なんだ」
男は戦場とは思えないような堂々とした声色でそう答えると、再び右手を天高く掲げた。
「それに……この方が君たちからもよく見えるだろう? オレの指先が!」
ハヤトが勢いよく右手を前に突き出す。
刹那、エミリーの演奏が急変。
そして、その意図を考えるよりも先に身体が反応して、アリスは駆けだしていた。
──また、さっきとおんなじ。自分じゃないものに動かされている感覚……?
アリスは走りながら、横眼でエミリーを一瞥する。
これほどまで楽しそうなエミリーの演奏を、アリスは聴いたことがなかった。
まるでここが戦場ではないかのような、自由で生き生きとした音色。
──こんな風に音楽を楽しめる娘だったのね
アリスの知る限り、エミリーは力任せにしか演奏できない、不器用な女の子だった。
たまたまバフ要因として機能したため、楽器に選ばれてしまった人間では珍しく、冒険者パーティーに所属できたのにすぎない。
エミリーの真新しいメロディに身を任せると、自分が自分でない感覚に襲われた。
しかし、不思議なことに、恐怖も不安も感じはしない。
彼女の演奏がここまで大きく変わったのは……
──ハヤトだったっけ? アイツ、エミリーに何を吹き込んだのかしら?
アリスもエミリーと同様、指揮者という存在を知らなかった。
しかし、否応にも実感させられる。
──アタシたちは彼に動かされている。正確には、彼の視線と指先に。
戦場は完全にハヤトに掌握されていた。
彼の一挙手一投足から目が離せない。
戦場の人間はすべて彼の意図通りに動いている。
だからアレックスとの連携も取れているのだ、今までとはちがって。
──このアタシが誰かに支配されるなんて……屈辱よ
アリスは笑みを浮かべながら、ハヤトの指先が示すまま、再び敵へ斬りかかった。
*
──地ならしは終わりだ。
ここまでの戦いでオレは、敵・味方の戦力や特性をおおまかに把握した。
パワー自慢だが、緻密な風魔法も得意とする斧使い・アレックス
口は悪いが、スピードと手数が武器の女剣士・アリス
そして、そこにもう1人。
最後のピースがはまれば……
「そろそろ頃合いだよな? ブロック……!」
スキル“制限解除”の反動で動けずにいたブロック。
しかし、前衛2人の連携で守備の負担を減らしたので、回復に専念できたはず……
彼を見やると、ニヤリと笑って、アイコンタクトを返してきた。
──いつでもいけるってことだよな!
ここからが本番だ。
ブロックの復帰で3人に増えた前衛とエミリーの演奏。
彼らをユニゾンさせなくてはならない。
オレが皆をつなげるんだ。
戦場には冒険者たちの息づかいや駆ける足音、剣戟、生存を掛けた生者の魂が響いていた。
楽器は1つしかないけれど……
──まあ、これも四重奏と言えなくはないかな?
オレはケルベロスを指さして呟いた。
「さあ、クライマックスだ!」
*
ハヤトが指揮のギアをあげる。
呼応するように、雄叫びをあげながら大盾・ブロックも戦線へ復帰。
これまで守備に徹してきた男が、大盾の重量をパワーに変えて、ケルベロスへ突進する。
ブロックの復帰に狼狽するケルベロス。
“火を吐く頭”はアレックスが潰したので、ケルベロスに残された頭は2つ。
これまでは2対2で拮抗していたが、ブロックの攻撃参加によって、数的優位を作り出すことに成功した。
前衛の一糸乱れぬ連携は、時間を追うごとに磨きがかかる。
ケルベロスも必死に反撃するが、精彩を欠いた攻撃は、ただ空を切るばかりだった。
──この状況を彼が創り出しているのか? 何の武器も持たずに?
アレックスにとって、これは有り得ない状況だった。
Cランク冒険者が敵うはずのない格上の魔物。
ほんの少し前まで、圧倒的に追い詰められていたのは我々だったはず。
それを我々が圧倒している……
──彼を信じてよかった。
ブロックはハヤトに感謝していた。
記憶喪失の怪しげな男。
武器も持たず、今も上半身だけの変な踊りをしている男。
それでもブロックは彼の力強い言葉に可能性を感じ、奥の手である“制限解除”まで使ったのだ。
そしてその直観は確信へと変わった。
彼に救われたこの命、今はただ、彼のために燃やそう……
──認めるしかないわね。ハヤトを、そして音楽の力を
アリスは前衛の中で最初にハヤトを信じ、その指先に心酔していった。
彼女の剣の腕は、ハヤトの指揮とエミリーの演奏によって、さらに高みへと磨かれていく。
身体がいつもより動く、敵が遅く感じる。
いつまでもこの多幸感に浸っていたい。
──音楽にこんな力があると知っていたら、私だって……
アリスは一瞬伏せてしまった顔をすぐさま上げた。
数的優位を作り出したとはいえ、相手はAランクの魔物だ。
──アタシも他の皆も、限界が近いわ。ここらで決めないと、逆にやられる……
その時、アリスとハヤトの視線が交錯した。
──行け!
ハヤトの指先が、目が、アリスに指令を出す。
それを感じとるや否や、彼女は今日一番のスピードでケルベロスに迫る。
──私が望んだのか。それともまた、理解させられたのかしら?
あるいはその両方か。
しかし、今のアリスにとって、それはどうでもいいことだった。
彼女の目の前にはただ、アレックスとブロックへの対処で手いっぱいになり、無防備となったケルベロスの脇腹があるだけだった。
ハヤトはこの状況を、ずっと待っていたのだ。
皆でつくり出した千載一遇のチャンス。
──逃すわけにはいかない!
アリスは剣を強く握りしめる。
「リリカル流剣技……」
「グワァァアアアア!」
アリスが技を繰り出そうとした瞬間、ケルベロスは超反応で急旋回。
彼女が斬りつけるより速く、アレックスやブロックを無視してアリスに襲い掛かった。
異常な反応速度。さすがはAランクと言うべきか。
「……そう。その絵まで見えていた」
ハヤトが呟く。
その刹那、アリスはケルベロスの視界から消えた。
「……こっちよ」
技を仕掛ける殺気はフェイク。
アリスはケルベロスが超反応を見せるより一瞬速く、空高くへとジャンプしていた。
フルートの高くしなやかなメロディと共に……
「リリカル流剣技“円天舞”!」
空中で猫のように身体をひねったアリスは、重力落下を利用しながら回転。
そのまま一気にケルベロスの頭を、2つ同時に切り落とした。
頭を失った胴体は遅れてゆっくりと倒れ、Aランクの魔物は絶命した。
戦場に訪れる、一瞬の静寂。
「……戦闘終了」
ハヤトはそうつぶやくと、静かに腕を降ろした。
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