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第三話 異界の指揮者

「……手だけ見てろって、貴方は何を言っているんですか?」


 エミリーが怪訝な表情で尋ねてくる。


「言葉通りの意味だ。オレが指揮者をする。戦況を見ながら指揮を執るから、エミリーはオレの手を見ながら演奏をしてくれ」


 エミリーの表情はますます曇る。

 そして、申し訳なさげに告げた。


「すみません……()()()()()()()()()()()


「なんだって!?」


 薄々感づいていた。

 地球のどこを探しても、火を吹く三つ首のオオカミなんているはずがない。

 自分は元居たのとは違う世界……”異世界”に迷い込んでしまったのだ。


 しかし、剣と魔法が飛び交う中で、1つだけ見慣れたものがあった。

 それは……楽器(フルート)の存在。

 日々向き合ってきた音楽が存在するという要素は、異常な状況下にあっても、冷静さを保させてくれるものだった。


 ところが、自分のアイデンティティでもある“指揮者”が存在しない。

 この事実は少なからずオレを動揺させた。


「指揮者が存在しないなんて……それなら、どうやって大勢の演奏をまとめて、曲を仕上げるんだ? オーケストラは!?」


「……え、えっと、()()()()()()()()()()()()()()()()() 私は自分1人でしか演奏をしたことがないですし、誰かと一緒に楽器を演奏するなんて聞いたことありません」


「……他の演奏を聴いたことは?」


「すみません、そもそも()()()()()()()()()はとても少ないんです。私は私以外の楽器に選ばれた人間を見たことがないですし、複数人で演奏するなんて聞いたことがありません」


 貴方はそんなことも知らないのですか?

 エミリーにそう思われているような気がした。


 ──楽器に選ばれるだと……彼女こそ何を言っているんだ?


 訳が分からないことばかりだ。

 叫びたくなる気持ちをグッとこらえたものの、オレはぶつけようのない怒りに震えていた。


 もしかすると、この世界には重奏……いわゆる“アンサンブル”という概念が存在しないのではないか?

 だから指揮の必要性がなく、指揮者も存在しないのだとしたら……


 音楽という文化が荒廃した異世界。

 神様がいるなら、なぜわざわざオレを、音楽が未発展なこの世界に連れてきたのだろう。


「まだか!? もうスキルが持たない!」


 大盾の男が悲鳴をあげる。

 ここ数分、彼がほぼ1人ですべての攻撃を防いできたが、スキルは限界に近いようだ。


 ──今は忘れよう。この世界の真実も、音楽も……ここを生き残った先にある


「変なことを聞いてすまなかった」


 オレは改めてエミリーに語り掛けた。


「信じられないかもしれないけど、オレのいた世界では、たくさんの演奏家がいて、世界中で音楽が愛されていた。楽器も音楽も特別なものじゃない。フルート以外にも様々な楽器があって、何十人もの演奏家が1つの音楽を創り上げるんだ。エミリーにも想像できるかい?」


「”オレのいた世界”って……ハヤトさん、アナタはどこから来たんですか?」


 オレは答えられなかった。

 それでも目で、真剣さは伝えたつもりだ。


「……信じられません。でも、もし本当なら、きっと楽しい世界なのでしょうね」


「ああ、そうだな。仲間と心を1つにしたときの感動は何ものにも代えがたい。オレはそこで、仲間たちの”意思”をまとめる仕事をしていたんだ」


 言葉に力がこもる。エミリーの表情もこわばりが解け、笑みが浮かんだ。


「音楽をやろう、エミリー。オレが君と仲間たちを繋いでみせる」


 そう言って伸ばした手を、エミリーは力強く握り返した。


「ええ。……私はフルート(この子)に選ばれてから、戦えない、使えない人間のレッテルを貼られて、家族にも見放されてしまったの。それでも私はフルートが好き。そんな私を唯一受け入れてくれたパーティーのみんなも大好きなの! 絶対に助けたい!!」


 エミリーの目に力強い決意の色が浮かんだ。


「貴方のことはまだよく知らないけれど、音楽を愛する貴方の心を、私は信じることにするわ」



 *



 女剣士・アリスは焦っていた。


 ──まだなの? あの男、策があると言っていたけど、もう時間切れだわ


 スキル“制限解除”は文字通り武器と使用者のリミッターを外すスキル。このおかげでケルベロスの猛攻をしのげてはいるけれど、精神力を大幅に削る。大盾を操るブロックはもう限界のはず。

 しかも、スキルが切れたらブロックはしばらく動けない。それはパーティーの守備が崩壊することと同義だわ。


 ──ここまでなの? 私にはまだやりたいことがあるのに


 それにしてもあの男、失礼にも程がある。アタシが()()()()()()()()()使()()()()()()()、アンタみたいな男には一生分からないのでしょうね。

 出会ったばかりの男に、なぜこんなに腹を立てているのか、アリスは自分でも分からなかった。


「……待たせたな!」


 振り返ると、記憶喪失の男はエミリーと立ち上がっていた。

 彼は何やら決意に満ちた表情をしている。

 あら? あんな顔もできるんじゃない。

 これは期待してもいいのかしら?


 ──アタシ好みのイケメンではないけど


 心の内では半ば諦めながら、でもどこか期待しながら男の様子を見守っていると、男は右手を天高く掲げた。


「さぁ、反撃といこうじゃないか……開演の時間だ」



 *



 オレが右手を降ろすと同時に、エミリーのフルートがメロディを奏でる。

 この世界の演奏家には、”楽譜”の概念がないらしい。

 楽器に誘われるように、スキルを行使しながら演奏するというのだ。

 そのため当然、オレの知っている曲ではなかった。


 ──でも関係ない


 エミリーの演奏は不思議と自然に、心の奥底まで入り込んできた。

 先ほどより力が抜けたからか、フルート特有のやわらかさが音に戻ってきた。


「さっきよりバフが弱い! これがお前さんの言う秘策なのか!?」


 先ほどエミリーからメンバー構成を聞いた。

 この心配性が斧の使い手・アレックス、このパーティーのリーダー格らしい。

 “制限解除”で奮闘している大盾がブロック。

 女剣士・アリスの名前は本人から直接聞いた通りだ。


「まだこれからだ。オレを信じて戦ってくれ。それから……敵だけじゃなく、オレからも目を離すなよ?」


 アレックスの怪訝な表情を視界の端に追いやり、オレは戦況を見つめ直していた。



 *



「ガキィン!」


 ケルベロスの爪での攻撃を跳ね返すと同時に、大盾は輝きを失った。

 攻撃による衝撃とスキル切れの反動で、後ろによろけ、無防備になるブロック。


 優秀なハンターであるケルベロスは、その瞬間を見逃さなかった。

 着地と同時に、左右の頭が炎と水の魔法を炸裂させたのだ。


 ──終わった。奴め、こんな隠し玉を持っていたのか。今まで2つの頭が同時に魔法攻撃をしかけてきたことなんてなかったのに。スキルの切れた今の状態では、2つは受けきれない。


 ブロックの視界がスローモーションになる。

 これがいわゆる走馬灯というものらしい。


 ──アレックス、アリス、エミリー、あとは頼んだよ……


 ケルベロスが放った炎と水2色の魔法は、左右から美しい弧を描くようにブロックに迫っていた。

 ブロックが自身の最期を悟ったその瞬間……


「……ハァアアアア!」


 体勢を崩していたはずのアレックスとエミリーが、ブロックの両側から現れ、魔法を防いだ。


 しかも、()()()()()


 一瞬、ブロックは何が起こったか分からなかった。

 しかしそれは、ガードしたアレックスとエミリーも同様だった。


 ──いったい何が起きた? なぜオレたちは今の攻撃を止められたんだ!?


 斧使いの自分はともかく、防御力の低いエミリーに今の攻撃が止められるとは到底思えなかった。

 そもそも、2属性の魔法の同時使用なんて、聞いたことがない。

 おそらく、ケルベロスにとってもあの技は”切り札”のはず。

 それを初見で、何の取り決めもなく2人同時に、こんなに完璧に止められるはずがない。


 困惑しながらも、アリスはすでに次の行動へ移っていた。

 矢のように駆け、一直線にケルベロスへ肉薄する。


 ──まただわ。()()()()()()()


 先ほどアレックスと魔法を防御したときも、気がつくと身体が動いていた。

 何かの意志に導かれるように。

 そしてこの反撃の一手も、アリスの技量では、ここまでスムーズにはいかないはずだった。


 切り札が完全に止められ困惑していたケルベロス。

 すぐさま反撃にあうとは想像もしてなかったようだ。

 自慢のスピードを披露する間もなく、アリスの剣戟の餌食となった。


「食らいなさい! リリカル流剣技“光速連刃”!」


「ギャウゥゥゥ!」


 ケルベロスが苦しそうにうめき声をあげる。

 アリスが繰り出した連続斬りによって、ケルベロスは身体中から血を流す。


 ──おかしい。なぜケルベロスの固い毛皮に刃が通ったの? さっきまではびくともしなかったのに


 そしてアリスが剣技を終えるや否や、アレックスの斧が猛威を振るう。


「スキル発動。“エアクラッシュ”!」


 いつの間にかケルベロスの背後にまわっていたアレックス。

 風の加護を受けた斧はまっすぐとケルベロスの頭に振り下ろされた。

 奇襲の連続に逃げ場を失ったケルベロスは、頭を1つ犠牲にするしかなかった。


 ──なぜ足の遅いオレが、ケルベロスの背後をとれた?


 疑問に感じながらも、不思議な高揚感を覚えるアレックス。


 ──そもそもオレとエミリーは、()()()()()()()()()()()()()()


 思わず目を合わせるアレックスとエミリー。

 そして2人が後ろを振り返ると……



 そこには、不敵に笑う、指揮者・ハヤトの姿があった。


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